泣き虫ぼうや
泣き虫×包容系
ほかの人から見て僕は俗に言う『泣き虫』らしい。
なんでかと言うと、大きくなるにつれてみんなが表に出さなくなる哀しみの感情を惜しみなくさらけ出すから。
でも、それは仕方がないことだと思うんだ。
なんでみんなが哀しみの感情を出さなくなってしまうのかは分からないけど、僕は何かに感動したり哀しかったりすると自然に涙が出てきてしまう。
よく頑張ったね。って僕の声が届かないと分かっていても囁いて、頭をなでなでしてあげたくなるんだ。
まぁその度に、隣にいる君に呆れられてしまうのだけれど。
僕の大好きな彼は僕が泣くと呆れたような、けれどどこか困ったような表情を浮かべる。どうしてそんな表情をするのかと聞いても彼は「お前はそのままでいい」と言うばかりで、曖昧に笑って僕をごまかすんだ。その表情の意味を読み取ってあげられるほど僕の頭は賢くできていないので、僕はもやもやしながら「わかった」と毎回返事をするので手一杯だった。
でも毎回僕が泣くたびに彼がそんな顔をするものだから、彼の困った顔を見たくない僕は何度も泣くのをやめようとしたんだけど、結局はどうしたって泣いてしまうのだ。
感情を押し殺そうとする僕を嘲笑うみたいに溢れ出す涙を、僕はどうすることもできない。
あぁ。
こんなにも君の困った顔を見たくないと思っているのに。
神様はなんていじわるなんだろう。
僕のささいな(いや。僕にとってはかなり重大なんだけど)願いさえ叶えてくれないなんて。
泣く僕を目の前にして彼がどんな風に僕に接してくるか知らないんだろうな。きっと。
僕に触れていいのかためらう指先や、何かを紡ごうとしてでも紡げなくて震える唇や、苦しそうに何かに耐える姿を知らないから神様はきっとこんないじわるができるんだ。
でもね、だけどね。
だからと言ってこれはないんじゃないのかな、神様。
いくら温厚だと彼に言われる僕でさえ、怒りにまかせてあれこれかまわず殴りつけたい衝動に駆られちゃうよ。
だって。だってね。
「……っ」
目の前には、細い背中。
まるで僕を拒絶するかのように向けられている背中が、小刻みに揺れている。
顔をうつむかせているせいでのぞく白い項にいつもならごっくんって喉を鳴らすところだけど、今はそんな気にはなれなかった。
聞いてしまった。
……聞こえてしまった。
彼の。
「朔…?」
「…っ!」
押し殺した、泣き声を。
見てしまった。
「ないてる、の?」
君が流す透明な雫を。
まさか僕が来るとは思っていなかったんだろう。彼の驚きを表すように細い肩が揺れて、次いで通常よりも濡れた瞳が僕を映す。
いつも力強い光をたたえる瞳から、ただただ静かに涙が流れていた。
「どうしたの?どこか痛いの?」
静かに彼の頬を流れる涙を目にした瞬間、神様への怒りはふっとんで、かわりに僕が彼の傍へと吹っ飛んでいく。
我ながら幼稚なことを口走ってしまったと思うが、今は何よりも目の前で声を殺して泣いている彼が最優先だ。
だって泣いている。
あの彼が。人前では決して涙を見せない、あの彼が。
「朔?ねぇどうしたの?」
何も答えてくれない彼に、泣いているのは彼のはずなのになぜか自分の方まで泣きそうになってしまう。というかもうすでに目が潤んできていた。
なんで僕ってこんなにも泣き虫なんだろう。
これじゃあ、彼の涙を止めてあげる前に僕の涙が溢れてしまうじゃないか。
けれど悲しいかな。しょせんは『泣き虫』だと彼に笑われる僕の頬を無情にも冷たい何かが滑り落ちていった。
それが何なのかなんて痛いほどに分かりきっている。
今しがた伝い落ちたそれは…
「泣く、な…」
もう本当に、なんて情けないんだろう僕って。
泣き慣れていない掠れた声がしゃくりながら紡いだ言葉に益々自分が情けなくなって、新たな雫が頬を濡らす。
しまいには鼻水なんてものまで出てくるものだから、僕は悔しくて乱暴に自分の袖で顔を拭った。思いのほか強くこすりすぎて少し痛かったけど気にしない。
こんなの、彼が辛そうに泣いている姿を見る痛みに比べたら可愛いものだ。
「…泣くな」
もう一度同じセリフを彼の唇が奏でる。彼の白くて細い綺麗な指が伸びてきて、もう少しで触れるか触れないかの距離でさまよったあと、意を決したように優しく僕の頬をなぜた。
えぐえぐと彼を見やれば、僕とは違って静かに涙を流す彼と視線が絡まる。
キラキラとした彼の瞳から、キラキラとした雫が落ちていく。僕なんかとは違う、綺麗な綺麗な涙を流す彼。
そして彼は僕と視線が絡まると、濡れてきらめく瞳をふっと和ませて苦笑した。
「なんでお前が泣くんだよ…ばか」
「だって…」
だって君が、あまりにも綺麗に泣くから。
思わず僕も泣いちゃったんだ。
END
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