望むは君の巡廻死 1

 死ににきた男と、そんな男を見つけた男。












 太陽ののぼる時間が長くなった。18時を過ぎても、俺の後ろには長い影法師がつきまとう。昼間の熱を孕んだアスファルトの上でゆらゆら揺れるそれを見て、季節がかわるのだと思った。春ともちがう、秋ともちがう、冬ともちがう鮮明な青が俺の眼球を焼く。

 若葉もゆる下にかくれても、後を追ってくる陽射しに目を細める。キラキラと、葉っぱの隙間から差し込む光の線が、俺を囲む檻のように、降り注いで、どうしてか、どうしようもなく、逃げ出したくなった。キラキラとしたそれは何よりも先に逃げ出しという感情を俺に抱かせる。逃げたいのに、逃れられない。輝く光が俺を嫌なところに雁字搦めにしようとしている。そんな気がして俺はとても落ち着なく、頼りない気分になってしまう。

 そうだ。夏がくる。

 短命に求愛を鳴き叫ぶ声はまだ聞こえないけれど、もうしばらくすればあの青をつんざくような音の波がやってくるだろう。鼓膜を打ち破る、音の反響。埋もれてしまう俺とは違って、なりふりかまわず死ぬその間際まで声をあげる。うるさいと眉をしかめる人間のことなど知ったことかと熱気をさく。近い未来、熱しられたアスファルトの上で腹をむけて生き絶えるとも知らずに。

 瞼を閉じる。

 閉じた瞼の裏で鮮やかな青と緑が入り乱れ、まだ聞こえるはずのない音が反響する。

 ーーーあぁ。今年も、夏がきた。






 生き甲斐のない人生だ。

 俺自身の人生を振り返ったとき、浮かぶのはそんな言葉だろう。

 べつに自分のこれまでを卑下しているわけでもなく、もっともな感想として俺は口にするだろう。『まったくもって生き甲斐のない人生だった』と。俺の人生というキャンパスには代わり映えのない色ばかり塗りつけられ、可もなく不可もなく時間を過ごしてきた。何かに夢中になったわけでも、歴史に名を残す偉人たちのように何かを残したわけでもなく、何かを目標に生きたわけでもなく、人の真似をして生きていただけだった。

 だからといって、俺はその『何か』を求めたことはない。昔は探していたのかも知れないけれど、俺の覚えている今の記憶の中では、そんな過去は見つからなかった。

 夢中になれるほど俺の感情は強くなく、何かを残せるほど俺の手は何も作れなくて、何かを目標にすえるほど俺は自分に絶望してしまう。俺はなにも成し遂げることができないんだと、心にぽっかりと穴があいてしまうのだ。

 ひゅうひゅうと、胸の奥で鳴る音を聞くたび俺はその穴へと少しずつ吸い込まれていく。くらい暗い穴の奥、囁く声はひどく嗄れて俺を嗤う。嘲笑い、罵り、楽になってしまえと吹き抜ける音に紛れて思考を揺らす。

 俺は、『何か』を探すことなく生きてきた。

 遠い昔には必死になって探していたのかもしれないけれど、今の俺にそんな激情を帯びたものはない。流されるように時間を見送るばかりだ。
 どうしてみんなは生きているんだろう。どうして、俺は生きているんだろう。厨二病だと言われるから誰かの前で口に出したことはないけれど、その疑問はつきまとう。

 何かの道徳の教科書に、命は尊いとかいていたからか。命は尊くて、一つしかなくて、終わったらもう、終わりで、始まらなくて、大切にしなさいとかかれていたからだろうか。

 誰ともしれないその言葉に、俺の命は握られているとでもいうのだろうか。

 でももしそうだとしたらなんて罪深いことをしてくれたのだろうと俺は憤慨する。尊いのだと吐き出すてるだけ言葉を吐き置いて、その後を生きる俺たちのなにかを保証し、与えてくれるわけでもない。なんて無責任だろう。この世界はいつだってそうだ。大切だの、駄目だの頭ごなしに言うだけで、それがどう大切でどう駄目なのかという説明をしてくれない。その一言で察して納得しろとでも言うように押し付けて、戸惑う者たちは容赦なく切り捨てられていくのだ。

 馬鹿らしい。なんて馬鹿らしいんだろう。

 そしてなんて、可哀想なんだろう。

 俺は俺のことを可哀想だとは思わないけれど、そんな世界で生きなければいけない人たちは可哀想で可哀想で仕方がなくなってしまう。それと同時に、それでも生きている人たちにとてつもなく感銘を受ける。ただ生きるだけの俺とは違い、生き抜こうと琢磨する姿は高尚で、侵し難いものだ。

 だから俺は決めたのだ。

 だから俺は思ったのだ。

 熱いアスファルトの上で粉々になってしまった蝉の亡骸をみて、元気にはしゃぐ子供たちをみて、どこかに行こうと計画を立てる人たちをみて、子供に帽子をかぶせる親をみて、あおあおとしげる木々をみて。

 (しのう)

 それは、使命感にも似た決意だった。




 




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