クリスマスの過ごしかた
聖なる夜の出逢いのお話し(クリスマス小説)
はじめてのおつかい!
ならぬ、はじめてのぼっちクリスマス!を迎えるにあたって俺の胸に去来したのはなんとも言葉にし難い寂寞感であった。綺麗に飾られたクリスマスツリーも、いつもより贅沢な食事も、サンタはまだかと騒ぐ弟達の声もなにもない空間のなんと寂しいことか。クリスマス特集に精を出すテレビも一人でみるとなんだか煩わしくてつけていないので、本当に静かな部屋の中で俺は一人膝を抱えて座っていた。
なぜこんな孤独感に苛まれているのか…。その答えは実に単純明快だ。
今年から県外にある大学に通うようになるため一人暮らしをはじめた。
という、ただそれだけの理由である。
地元の空港から約二時間程フライトした県にある大学をなぜ選んでしまったのか…今でも時々そんな考えが頭をよぎるが、学びたいことがこの大学にあったのだから仕方ないと決まって同じ答えに着地する。まぁ、その進路もなかば運任せみたいな方法で決めたようなものなのだが、そこはあえて見ないふりをしておこう。(いくつかの大学をピックアップしてあみだくじで決めただなんて母親にバレたら大きな雷を落とされてしまうからな)
そんなこんなで遠く親元を離れ、俺の一人暮らしがスタートした。
したのだが。
一人暮らしってとっても面倒臭いということを初めて知った。
たしかに親から小言を言われずにすむし、好きなことをしまくれるのはいいと思う。門限も自由だし。だけど今まで母親がしてくれていた部屋の掃除や洗濯やご飯作りまで自分でしなければいけないのはとても、とても、面倒臭かった。ご飯はまだ買えばいいが、洗濯や掃除はちゃんとしなければ汚れ物は溜まるし部屋が汚くなってしまうから手を抜けない。こう見えても綺麗好きだったりするので汚れた服を着るのも、部屋が埃だらけになるのも耐えられないのだ。
あぁ、こんなとてつもなく面倒なことを毎日してくれていた母さんの偉大さが今なら分かるよ…。
なんて母の偉大さを噛み締め初めての一人暮らしに四苦八苦しながら、新しい環境に馴染むためあくせくしながら生きていれば季節は移り変わりいつのまにか春から冬になっていた。
行く月、逃げる月、去る月を光の速さで駆け抜けて、いつの間にか一年の終わり、走る月の時代がきていた。
あぁ、年の瀬の早いことよ。
こうしてあっという間に時は過ぎ、また新たな一年が始まるのか。でもさ、もっとさ、ゆっくりめでもさ、いいと思うんだよね。俺はもっと一年を噛み締めたかったよ。と嘆いてみても遅く、もうすぐ今年は終わる。そして忙しさにかまけて年末実家に帰るためのチケットをとっていなかった事に気がついてより深い孤独感に苛まれることとなった。
さすがに今から航空券を買ってもすでに満席になっているだろうし、なにより年末料金で倍以上に値段が膨れ上がっているのでお金のない学生には痛すぎる出費だ。ならばこの孤独感を胸に今日という日を乗り越え年を過ごすしかない。
「…母ちゃんのケーキ、食べたいなぁ」
思わず。といった風にこぼれてきた言葉に、いやいや待て待てと心の中で待ったをかける。
おいおい。マザコンか俺は。はじめてのぼっちクリスマスだからってちょっと気弱になりすぎやしないか俺。
「…ダメだ。なんかこのまま家に居たらダメな気がする」
なんだか神様が外に出て隣人を愛せ。って言っているような気がする。パンを分け与えよ。って言っているような気がするんだ。そんな神の啓示を受けとった俺は抱えていた膝を解放して布団のうえから勢いよく立ち上がる。かたよった食生活のせいで発症してしまった立ちくらみに耐えながらひったぐるようにしてコートとマフラーを手にとって装着。そして携帯と財布をお尻のポケットに押し込んで準備万端だ。
「…あ、カイロも持って行こう」
かくして俺は神の啓示のままに、戦場へと赴いたのであった。
「…カップルしかおらん」
隣人を愛せ。というお言葉のもと外へと赴いた俺を待っていてのは、いちゃいちゃらぶらぶしまくっているカップル達でしたーーー。
綺麗に飾られたイルミネーションの下でいちゃいちゃちゅっちゅっ。ちゅっちゅっいちゃいちゃ。
せわしなくくっついてちゅっちゅっしているカップル達に包囲されてしまった。なんだ、なんだ、なんなんだ。ここはいつからちゅっちゅっ村になったんだ?通行料は人目を幅かからないちゅっちゅっ行為です。なんて言われてしまいそうなほどのカップル達で溢れかえる噴水広場に立ち尽くす俺。
あかん。
なんだかよく分からないノリで外に出てきてしまったが、完璧に間違ってしまったアレだ、これは。
そもそも隣人を愛せるほどの器量もないくせに、どうして一瞬でも隣人を愛せるなんて思ったんだ数分前の俺よ。なんて今更激しい後悔に襲われても来てしまったものは仕方がないので、ここは開き直って奇跡的に空いていたベンチへしれっと座る。冷えたベンチの感触がお尻から伝わって、寒気が背筋を走っていく。外側から染み込んでくる寒さにやはり家に帰ったほうがいいのではないかと思わなくもないが、一度腰を落としてしまうと寒くても動くのが億劫になってしまうのが人間というもので。
「うー。さびぃ」
もうしばらくちゅっちゅっ村にとどまることにした俺はここに来る前に自販機で買っておいた温かいおしるこをコートのポケットから取り出して暖を取る。かじかみだした指先でなんとかプルタブを開けて冷えた体に温かいおしるこを流し込む。
ズッズッ。ズッズッ。
今ここに母さんが居たら「汚い飲み方しないの!」と言われそうな音を立てながらおしるこを飲み干していく。ごめんね母さん。こうしないと缶の中の小豆まで食べることができないんだ。念のため心の中で母さんに言い訳をして心置き無く小豆回収に勤しむ。小さな缶の底に残る小豆をなんとしてでも食べ切ろうと励む俺の姿は残念極まりないだろうけど大丈夫!だって今日はクリスマス!このちゅっちゅっ村に俺の奇行を気にする人達は居ないのさ!だってみんなお互いに夢中だからね!
…やっぱりもう帰ろうかな。
頑張ってテンションをあげてみたけど虚しくてたまらない。無理にテンションを上げるだけブーメランのように虚しさが自分に返ってくる。くっ。なんという諸刃の剣だ。飲みかけのおしるこでは防ぎきれない切れ味だぜ。
…ズッズッ。ズッズッ。
だいたい俺自分の事を愛するだけでも必死なのになんで隣人まで愛そうとしちゃったんだろ。そもそも俺角部屋だし、お隣さん無人だし。
ズッズッ。ズッズッ。
あーあ。こんなことならちゃんと先得割引でチケット取っておくんだった。でもさ、だってさ、本当に忙しかったんだよ。新しい環境に馴染むのめっちゃ苦手だから胃に穴があきそうなほどのストレスを抱えて大変だったんだよ。
ズッズッ。ズッズッ。
やっと環境にも慣れてきたなぁと思ったら一年が終わりそうになっててびっくりだし。クリスマスを一緒に過ごしてくれる彼女も出来るわけもなく、なんとか出来た友人達もバイトやら用事やらで忙しいときた。俺も本当はバイトを入れる予定だったのになぁ。オーナーがホワイトクリスマスしてくる!って店を閉めて新潟に旅立たなければ俺も今頃バイトに勤しんでたのになぁ。
ズッズッ。ズッズッ。
…ていうかさっきからズッズッ。ズッズッ。煩いけど俺まだおしるこ飲んでたっけ?
なにやらBGMのように聞こえてくる音に自分の手元を確認してみるが、さっき飲み干したおしるこの缶は空っぽだった。では、この音は一体何だ。音の原因が分からなくて首を傾げる。おしるこをすする音でないなら、寒さによって出てきた鼻水をすする音だろうか。とそこまで考えてはたと気がつく。
ていうかこの音、隣から聞こえてね…?
いやいやいやいや。このちゅっちゅっ村で一人ベンチに座る俺の隣にくる人間なんて居るわけないだろ。そんな都合よくぼっち仲間が居るわけ…
「うっ、うぇ…ッ。グスッ」
居たぁーーーーーーーーー?!
なんかいつの間にか隣に誰か居たぁーーーーーーー?!
ていうかめっちゃ号泣してるんだけどどうしたのこの人ぉーーーーー?!
チラリと覗き見たお隣には、目汁鼻汁を垂れ流して号泣している男が居ました。
俺よりも上背がありそうな背中をちんまく丸めてグスグスと泣いている。その様子から察するに、さっきからBGMとなっていた音の正体は隣の謎の男が鼻水をすすり上げる音だったようだ。ーーーなんて、冷静に分析している場合じゃないだろ俺。いくらトリップしていたからってこんな号泣男が隣に座った事に気がつかないなんて阿呆すぎる。自分のアンテナの鈍さに自分でもびっくりだよ!お陰で完璧に逃げるタイミングを失ってしまった。気づいた時にはもう遅い。
今さら立ち上がってどこかにいくのもあからさま過ぎるような気がして右にも左にも動けない。…くっ、これが噂の背水の陣というやつなのか。
「うー、うー、…ヒックッ」
わー!とっても泣いていらっしゃる!
頑張って声を押し殺そうとしているみたいだけど全く押し殺せていない。泣き慣れていないのだろう、詰まるようなしゃっくり音を聞いていると可哀想になってくる。弟もよくこんな泣き方をしていたなと思い出して、俺の中の兄魂に火が灯る。
号泣する男の姿が弟に重なりいてもたってもいられなくなるのは長兄の性か。
「……」
「ヒックッ、ヒ…ッ」
でもやはりチキンな俺。
見ず知らずの人に声を掛けるのには多大なる勇気が必要となる。気さくに誰彼構わず話しかけられる性格ではないので、どうにかしてあげなければという使命感を胸に燃やしつつ中々その一歩を踏めない自分が居る。
真っ正面を向いたまま固まる俺と、そんな俺の横で変わらず号泣を続ける謎の男。
あらためて考えてみるとなんてシュールな絵面だろうか。今はまだみんなそれぞれのいちゃいちゃに夢中だからいいが、ふと皆が周りをみた時にこの状況を目にしたら驚くだろうな。俺だったらギョッとする。聖なるクリスマスに真っ正面の向いたまま固まっている男の横で男が号泣していれば誰だっていちゃらぶを忘れて驚くだろう。
なんて考えを巡らせている間にも隣のBGMは止まることを知らない。それどころか段々と音量が上がっているような気がする。…これはそろそろ腹をくくれということだろうか。そういうことなのか。ならば俺も男だ。そこまで言うなら男の意地というものを見せてやろうじゃないか!
「あ、あの、どうちっ…どうしたんですか?」
噛んだーーーーーーーー!!!
緊張のあまり噛んじゃったよ!!
なにこれ恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。今すぐこの場からダッシュして逃げ出したいくらい恥ずかしい!男の意地とか格好つけてた分余計恥ずかしい!!
「うぇっ…?」
「?!」
恥ずかしさに悶える俺を新たな衝撃が襲う。
俺の呼びかけに俯いて泣いていた男が顔をあげこちらを向いた。のだが、その顔を見た瞬間ドガガーンと衝撃が走り抜けた。思わず言葉をなくしその顔を不躾なまでにガン見してしまう。
(い、イケメンだと…?!)
そう。俺の隣で号泣していた謎の男は、とてつもない整った顔をしていた。切れ長の目は泣いたせいか目尻が赤く染まり、鼻筋の通った鼻のてっぺんは寒さに赤く染まり、懸命に噛み締めていたらしい薄めの唇も赤く染まり、ついでほっぺたも赤く染まっているが、それでもなおブレないイケメンが、そこに居た。
(鼻水を垂らしてなおイケメンなんてズルすぎる…!)
「あ、えっと、あの…」
「…?」
「ど、ドントマインド!」
その瞬間、時が止まった。
もちろんロマンチックな方の時が止まったじゃない。やらかしてしまった時の方の、時が止まっただ。
なんだドントマインドって。ドントマインドなのは俺の方だよ。予想外のイケメン具合に気圧されるのは分かるが、もっとかける言葉があったはずだよね。それがどうしてドントマインドになった。三十文字以内で答えよ。
「…ズッ。あ、ありがとうっ、ございっ、ます」
内心冷や汗ダラダラな俺をよそに涙を流しながらもそう言ってへにゃりと笑うイケメンさんになんだかもらい泣きしそうになる。まるでドラマのワンシーンみたいに泣きながら笑うイケメンさんは今度は困ったような表情を浮かべた。
「 すみませっ、うるさかったっ、ですよねっ」
「い、いえ!全く!」
しゃっくりの合間に謝ってくるイケメンさんにとんでもないと首を振る。俺なんかの為にイケメンさんが謝る必要なんてどこにもないから、そんな心底申し訳なさそうな顔しないでください。あなた程のイケメンにそんな顔されると申し訳なさ度が半端ないんです。とても悪いことをしてしまったような気になってしまう俺の心って本当にチキン。
「それで、その…何があったんですか?あ、良ければこれ使ってください」
「ありがとっ、ございます。…実は、今日、大好きな人にフられちゃって…」
「…告白したの?」
「ん…。そしたらっ、友達としてか見られないって。俺の気持ちはっ、気持ち悪いってッ…うぅーっ」
その時の感情を思い出したのか少し落ち着きを取り戻していたイケメンさんの目に新たな涙が浮かぶ。俺の渡したティッシュがあっという間にその雫を吸い込むが、それ以上の量の涙が溢れ出す。
ポロポロ。ぽろぽろ。
次から次へと彼の頬を伝い落ちていくそれに、悲しみの深さを見る。
いちゃいちゃちゅっちゅっに励む人々の中で一人涙を流して悲しみに耐える姿はこの聖なる夜には似合わない。いや、こんな風に悲痛を溶かした涙自体彼には似合わない。出来ることならそんな悲しそうな泣き顔じゃなくて、楽しそうに嬉しそうに笑う顔が見てみたい。と、何故かそんな思いが胸を占める。
彼には涙じゃなくて、とびっきりの笑顔を浮かべて欲しい。そう、思った。
「とっても好きだったんだな、その人のこと」
「うん…っ。ずっと、ずっと好きだったッ。本当はっ、言うつもり、なかったんだっ」
「うん」
「でもっ、やっぱり好きで、好きだから…ッ」
「告白したのか」
俺のその言葉に彼は声もなく苦しげに頷く。
告白してしまった後悔を深く刻んだ表情は見ているこちらまで苦しくなってしまう。この様子から察するに、もっと色んなことを告白をしたというその人物から言われたのではないのだろうか。彼をここまで泣かせる程の、何かを。まぁこれはあくまでも俺の推測にすぎないが、あながち間違いでもないだろう。なんて初対面の俺が偉そうに言えることではないので胸の内にとどめておく。
「こんなことなら、告白なんてしなければ良かった」
…もうやだ。どっかに行きたい。
小さな掠れた声で続けられた言葉。
ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの小さな音をしかとキャッチした俺は静かに決意する。
今から俺が言おうとしていることは普段の自分だったら考えられない内容だし、今の世の中でそれをするのは不用心だろう。だがしかし、今夜は聖なる日。悪人だって善人に衣替えするはずだ。それに神様は言った。隣人を愛せと。だから俺は今夜だけでもこの涙鼻水を垂れ流し哀しみに暮れる隣人を愛そうと決めたのだ。
「…じゃあ、俺の家に来る?」
ピタリ。隣の彼の動きが止まる。けれどもそれは一瞬で、ガバリと顔をあげた彼がこちらを凝視してくる。見開かれた切れ長の瞳が表すのは驚きで、まぁそうだろうなと他人事のように考える。
「えっと、あの、ここ寒いし、それに俺の家すぐ近くだし、でも一人で帰るのはなんていうか、あれなので」
それでも言葉がいちいち言い訳がましくなってしまうのは仕方がないだろう。俺には隣人を愛せという使命があるからいいけれど、彼からすれば俺はただの不審者だ。たまたま隣に居合わせた赤の他人にいきなりウチくる?なんて言われたら驚くし警戒するに決まっている。それに彼ほどのイケメンだったらそういう被害はたくさん受けているだろうし…。おぉ、そう考えると今の俺ってホントにただの変態不審者じゃないか。どうしよう。変態が居ますって通報されたら。
お縄をちょうだいされている自分の姿を想像してガタブル俺と、そんな俺を凝視したまま固まってしまった彼とのにらめっこが幕を上げる。
そしてそのにらめっこはへにゃりと垂れ下がった彼の目尻と眉毛で幕を閉じた。
「…行く」
まさか応と返ってくるとは…予想外の返答に固まりそうになりながら「そ、それでは」とベンチから腰を上げる。隣では同じく彼も立ち上がっていて、その身長のデカさに驚いた。で、デカい。背中を丸めて座っていたから気がつかなかったが、180以上あるんじゃないか?ぐんと上になってしまった顔をガン見しながらそんな予想を立てていたら、はるか頭上から声が降ってきた。
「俺の事はリクって呼んで」
そう言えば自己紹介もまだだったなと思い出して、名前も知らないのに家に連れて帰ろうとしていたのかと思うとなんだか可笑しくて、見上げたままふはっと笑う。
「俺はケン。よろしくなリク」
かくしてイケメンさんをお持ち帰ることとなった俺は一人クリスマスを逃れ、イケメン改めケンさんと二人でちゅっちゅっ村を後にしたのだった。
そしてその後隣人愛が恋人愛に姿を変えるのだが、それはまた別のお話しである。
END
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