純粋な愛が一番の狂気と彼は知らない

 ちょっと病んでる







 この身に宿るは君への愛か、それともその身ごと食べてしまわんとする悪魔だろうかーーー







 俺はいつも、どうしようもない想いを抱えている。
 時が経つに連れて薄れていく記憶とは違い、その想いは日毎年毎薄れるばかりかより苛烈に燃え上がり、鮮烈に色を増し、痛烈にこの身を苛む。
 抑え込もうとしても雑草のようにしぶとく頭を上げてくるものだから、そのど根性には自分の事ながら辟易してしまう。自分の感情であるはずなのに、自分の支配下からはみでた想いは凶悪さを纏わせ膨れ上がり大きくなっていく。
 そしてぱっくりと大きな口を開けて、真っ暗な世界の中に俺を飲み込もうと待ち構えるのだ。
 ーーーほらほらこちらへ来い。おもうがままにおもうことをしてしまえ
 まるでそんな声が大口開けた暗闇の中から聞こえてきそうだった。何も我慢することなく、本能のままに行動してしまえと。誘う言葉はどこまでも甘い。ともすればその言葉の通りしてしまいそうになる自分をなけなしの理性で押し留めて、大口開けるその口を真上から押し付けてやるのだ。
 煩い。黙れ。俺はまだ『お前』に喰われてやる訳にはいかない。だからお前はその暗闇の奥底で指でも咥えて見上げていろ。
 恨めしそうに見上げてくるそいつを踏みつけてなんどもなんども笑い見下してやった。そうすればそいつは心底悔しそうにどこまでも深い闇の中へ沈んでいって、俺の心は少しだけ軽くなる。
 でも、それでもどうしようもなくなってしまう時があった。押さえつけても踏みつけても中々そいつが沈んでくれない時が周期的に訪れるのだ。そうすると言葉にも行動にもできない俺の想いが出口を探して四六時中暴れまわるもんだからたまったもんじゃない。全く言うことをきかない強情さは一体誰に似たのか…考えるまでもなくその答えは出ているのだが、俺はあえて知らぬふりを通す。嫌なものに蓋をするのは古今東西の人間が得意とする逃避術である。
 まぁそんな余談はさて置き。そんな風にどうしても暴れまわって仕方が無い時は、大好きなあいつに暴れ馬を鎮めるのを手伝ってもらうことにしている。もちろん、あいつにはそうとは知られずさり気なく、だ。どうするかは簡単だ。ただ俺を喰い散らかしてあいつに近づきたいと暴れるそれに、少しだけあいつとの接点を作ってやるのだ。そうすればそいつは面白いほどあっさりと深い闇の中へと還っていく。けれど俺を恨めしそうに闇底から睨んでくるのは忘れないのだからその根性には笑ってしまう。
 あぁ、本当に面白い。愉快でしょうがない。
 俺“達”はあいつが大好きすぎてきっと何かが欠けてしまったのだ。それを暗闇の中に押し込むたびそんな事を思った。この胸に抱える想いも、この胸に巣食う『お前』も、たった一人の人間に支配され、染められ、翻弄され、比喩や冗談ではなくあいつを中心に世界は動いている。
 でもそれでいい。それがいい。
 俺にはそれ以外の世界なんて必要ない。
 俺に必要なのは、あいつがここに居るという事実だけだ。
 ここに存在して、触れられて、俺に触れるあいつが居る。
 それだけが俺に呼べる『世界』の全て。世界の真理。
 ーーーだから俺の『世界』さん。自分自身にさえ嫉妬してお前に触れたいと叫ぶ俺の醜い心を鎮めるための茶番に今日も付き合ってくれよな?
 なんて、そう長い独白の末結論を出して、俺は人のベットに我が物顔で寝転んで雑誌を読み漁る後頭部に心の一部を引きちぎって投げつける。

 「もし、俺がお前の子供を孕んだって言ったらどうする?」

 綺麗な放物線を描いて俺の言葉はあいつの後頭部に見事命中。我ながらその命中率にはドン引きである。というかどれだけ迷いなくあいつに吸い寄せられてるんだよ俺は。心の内、そんな己に対する苦言が浮かぶ。まぁ実際にはそんな事現実には起こり得ないのだが、俺の頭の中ではモヤモヤとした塊があいつの後頭部に綺麗に吸い込まれて行くビジョンがはっきりと浮かんでいた。と言ってもあくまでもそれは俺の妄想の中の産物であるのであいつの頭にぶつかる音もしないし、形もないし、色も匂いもしない。そんな俺の妄想をもろにくらわされたあいつはけれど数秒間は雑誌に顔をむけたままの状態で応えることなく固まり、そしてようやっと振り返ったその顔は、とてもとても渋い表情を浮かべていた。

 「……あー、なんだお前知らねえのか?男同士じゃセックスは出来ても子作りは出来ねぇんだぜ?」

 どうしようこの子。一から保健体育教えた方がいいのかな。と考えていることが丸わかりな表情を浮かべるあいつに零れるため息を禁じ得ない。そんなこと言われるまでもなく保健体育で習うよりも前に知っている。というか、何回もお前とそういうことをしているから実践込みで学習済みだし。一体お前は俺をどれだけおつむが弱い奴だと思っているんだ。そう思うと自然と俺の口からはそれはもうでっかいため息がこぼれていた。

 「はぁー。俺が言ってるのはそんなくそつまんない生態常識じゃなくて、もしもの架空の話しなの。も、し、も。なに糞真面目に答えてんの、ノリ悪すぎ。お前のそのチャラい格好は見掛け倒しか」

 「うるせぇ。格好は関係ねぇだろ。で?んな馬鹿げた仮想噺なんか持ち出して何が言いたいんだお前は?」

 そう言って渋い顔のままのそりとベットから起き上がり俺と向かい合うように座り直したあいつは俺の言葉を待つようにじっと瞳を据えてくる。寝乱れた髪の隙間からのぞくその瞳の強さにざわりと俺の中の感情が色めき立つ。だから、どんだけあいつが好きなんだっての。興奮するな少しは落ち着け俺のハート。そうなだめすかすも、高鳴るハートは止められない止まらない。…いや、でも、これは色気だだ漏れなこいつが悪いな。うん。そうだ。そうに違いない。襟元から見える鎖骨とかマジでやばい。エロすぎる。なんてけしからん鎖骨をしてるんだ。お前はあれか?歩く十八禁野郎なのか?同い年なのになんでこんなにこいつは無駄に色気があるんだろう。ちょっとはその色気を俺にも分けてくれないかな。そうすれば今よりも周りの奴らに嫉妬する回数も減って楽になるかもしれないのに。
 グダグダ考える時間は僅か数秒。
 何故かモテる恋人を持つのは辛いぜ。な心境になりつつ、俺はありもしない未来の話しを繰り返す。

 「なんかいまいちノリが悪いけど、まぁいいか。だーかーらー、もし俺がお前の子供を孕んだら、どうする?って聞いてるの。堕ろさせる?産ませる?それともーーー子供ごと俺を見捨てる?」

 たられば、もし。必ずもしもの例え話には発言者の強い願望が込められている。と俺は思っている。声を大にして叫びたいけれど、それが叶わないからもしもの未来にたとえて吐き出そうとしてしまうのだと。そして俺も然り。出来るだけ軽く冗談として流せるように問いかけながらも、その実俺は真剣そのものだった。冗談でも済むように、けれどその言葉には果てし無く俺の欲望が込められていた。隠す気なんかない、さりげないどころか防具を着けていないキャッチャーにコントロール不能な球を投げつけてしまうかのような暴投具合になってしまったが、どこか鈍ちんなきらいがあるこいつにはこの位が丁度いいだろう。と無理矢理結論づける。それにこいつは言葉の裏を勘ぐるほどの読解力も疑心も持ちあわせていないので、たとえさりげなく言おうと直入に言おうと大差なくただ純粋に言葉通り言葉を受け止めるだけなのだ。ただあるがままを受け入れて、真っ直ぐに言葉を返してくる。そんな所がまた愛しくて堪らないのだと俺達は揃いも揃ってあいつへの想いを深くしていく。まるで底なし沼のように愛しいと想う気持ちの底は未だ見えない。

 「最後のは却下だな。お前を見捨てるとかありえねぇ。…あー、まぁ、そう言う意味じゃやっぱり二番目なんじゃねーの?」

 「それはつまりどういうこと?」

 そうとは知らず、悩むそぶりも見せずに言い切ったあいつに身体中を歓喜が駆け巡った。もはや暴力にも近い強さで身を包む狂気にも似た喜びに、はやる気持ちを抑えながら俺はその真意をより明確にするため訊き返す。
 返して、返されて、交わされる会話に、解される心に、嬉しい嬉しいと泣くのは一体誰か。

 「産めよ、俺の子供。そのちっちぇえケツ穴からひり出せって言ってんだよ」

 真っ直ぐと、見据えられたまま告げられた言葉に、今度こそ息が止まってしまうかと思った。喜びが、荒れ狂う、荒れ狂う。狂喜で人は死ねるのかもしれない。そう思うほどあいつから齎された感情は凄まじいものであった。そしてあいつからその狂喜をもたらされる相手がこれから先も自分ただ一人だけであればいいのに、なんて馬鹿げた考えが血液に乗って体全身を駆け巡り支配していく。
 もしこの狂喜を自分以外の人間にもたらそうものなら、きっと俺はその誰かにひどいことをしてしまうだろう。理性なんて食い潰されて役にも立たない。だってあいつは俺にとっての世界だから、その世界が自分以外に齎すものなんて許せるはずがないのだ。人はいつだって欲深い生き物だから。それに世界に見放された人間がその後ものうのうと生きていけるわけがない。だけどあいつは、俺の世界は俺の願望を無下にするどころかありもしない未来を受け入れてくれた。醜い心を隠すため始めた茶番にしては欲望だだ漏れな俺の言葉に笑う事なく、その上望む答えを吐き出して。
 それに口角があがってしまうのは仕方が無いというもので、そんな俺を咎められる者はいないだろう。まぁ、居たとしても俺には全く関係のない事なのだが。
 だって俺の世界は言葉通りあいつを中心に回っているから、外野の言葉なんてあってないようなものなのだ。

 「…わぁーお。ひり出せとか下品極まりない言い方どこで覚えてくるんだか。あ、ちなみに男同士じゃ子供できないからな?」

 「…おい、ノリ云々はどうしたよ。言い出したお前の方が思いっきり現実ぶっこんできてんじゃねぇか」

 「まぁまぁ。そんな細かい事は気にしない気にしない。…んー、でもそうかそうか。お前は俺にひり出して欲しいのかー。そうかそうか。んふふー」

 にやける俺をあいつがベッドの上から手招く。ひらひら舞う手に誘われるように近寄れば、男らしい手に腕を引かれ反転する視界と背中に当たる柔らかい感触。別段驚く事なく見上げれば、妙に艶っぽい顔をしたあいつが俺を見下ろしていた。重力に従って垂れる少し伸びた髪に伸ばした俺の手に軽く口付けて、あいつは楽しくて仕方が無いといった様子で笑う。その笑みもやっぱりかっこ良くって、頬がほてっていくのが自分でもわかった。
 そんな俺の様子にあいつはますますその笑みを深くする。愛しいと、愉しいと、知らしめるみたいにあいつは笑う。

 「おー、ひり出せひり出せ。そんでヤらせろ」

 「きゃー、えっちー」

 「ハンッ。嬉しいくせによく言うぜ」

 そんな言葉の応酬をしている間にも服の裾から侵入を果たしたあいつの手が不埒にうごめく。散らばった俺の性感帯をなぞるように這う手に身をよじれば耳に捻じ込まれる声。と同時に耳朶を甘噛みされぞわりと腰の骨から背筋に震えが走った。甘い刺激を持って脳に届いた震えに、俺もあいつと同じように笑みを深くして、その首へと腕を絡ませる。見つめあって、互いだけをその瞳の中に映し合いながら俺達は言葉を交わし合う。
 くすくす。くすくす。
 笑い合う吐息でさえ愛おしい。
 あいつの瞳の中に俺が写っている。俺だけが、その瞳の中に存在、しているーーー。その幸福感といったら堪らない。あぁ、いっそのことその吐息ごと食んでしまえたらいいのに。そうすればもっと近くにお前を感じられて俺はもっと穏やかにお前の事だけを考えていられるようになるだろうか…。なんて、詮無い事だ。きっとそう出来た所で、この胸の奥に沈むものは変わらず産まれたであろうし、もしかしたら今よりももっと手に負えなくなっていたかもしれない。空腹は、満腹を知らないから耐え切れるものであって、一度でも満腹を知ってしまえば少しの空腹にも耐えきれなくなってしまう。裏を返せば、満腹を知らなければ俺はいつまでもこの飢餓に耐えきれるという訳だ。

 「返す言葉もございませーん。…だからたくさんえっちなことしてね?旦那さま。そんでたくさん俺の中に出して子作りしよ?」

 そう請う自分の姿はまるで娼婦のように映るだろう。目の前の男の愛を得るため惑わし誘惑しようと全細胞を使って躍起になって。その姿は端から見れば滑稽極まりないものだろうが、自己嫌悪している暇など俺にはなかった。一分一秒でもあいつの瞳に映るため、一分一秒でもあいつと一緒に生きるため、その為に邪魔になってしまうそれを深く深く沈めてしまわなければ。でなければこの『想い』が愛するお前に何をしてしまうかわからないから。
 俺のせいで世界が損なわれてしまうのは本意ではないのだ。

 「…たく。俺の奥さんは世話がかかってしゃーねーな」

 あいつが笑う。
 心がさわぐ。
 どうしてお前が笑うとこうも俺の心は落ち着かなくなるんだろうか。
 愛しいのに苦しくて、苦しいのに嬉しくて仕方が無い。

 「そんな俺が大好きなくせに」

 違う。
 セリフを吐きながら俺はその発言を直様否定する。
 だって、大好きなのはいつだって俺の方だ。
 俺の方がいつもいつも馬鹿みたいに焦がれている。

 「返す言葉もございませんな」

 そう言って笑うお前はやっぱり何よりも誰よりも格好いい。
 なぁ、馬鹿だとお前は言うだろうけど、本気で俺はお前のためなら死ねる。そう思うんだ。
 生きることも、死ぬことも、とうの昔に実権を握っているのは俺じゃなくてお前の方だって言ったらどんな顔するのかな。その時を想像するだけで楽しくてしょうがないんだ。俺の言葉一つであいつがどんな反応を返すのかを考えるだけで俺の胸は浅ましくも高鳴る。すでにいろいろと麻痺してしまった感情では、それが異常なのか異常じゃないのかさえもう分からないし、ただただ狂気にも似た恋慕が深く根付くばかりだ。

 「…じゃあさっそく子作りする?旦那さま」

 「途中でへばってもやめてやんねぇからな」

 「上等、」

 俺はどうしようもない想いを抱えている。
 それは色褪せることなく鮮明に、鮮烈に苛烈に俺の中で燃え上がり、痛烈にこの身を苛む。
 抑えようとも抑えられず、無くしたくとも無くならず、日々膨らんでいくばかりの、想い。
 いつか大きくなりすぎたこの想いがお前を喰らってしまうかもしれない。俺の支配を離れて、俺の世界をバリバリと壊してしまうかもしれない。でもそんなのは許さない。そんな未来は望まない。

 「干からびるくらい搾り取ってやるよ」

 「…まったく、俺の奥さんはとんだじゃじゃ馬ちゃんだな」

 「そんな俺が大好きなんだろ?旦那さま」

 「おう。返す言葉もねぇくらい愛してるぞ」

 「…俺もだよ、ばぁか」

 愛しい、愛しい、大好きだ。
 俺に触れてくれるその手の暖かさも、俺の名を呼ぶ低い声も、くしゃりと笑う顔も、お前を織りなす一つ一つの全てを愛してる。
 だから、今しばらくは産み落とせない命の代わりに、この想いを深く深く産み落として俺は世界を守ろう。お前を希求する心だって、その為なら我慢してみせる。お前を失うことに比べたら、こんな飢餓など取るに足らないものだから。きっとこの世のあらゆる絶望を集めてもお前を失う絶望には敵わない。
 そうして深く深く産み落とされた暗い底から見上げてくるそいつに「ざまぁみろ」と笑ってやるのだ。俺はまだまだ“そこ”には行ってやれないけれど、お前の分まであいつを愛してやるから安心してそこにいればいい。いつか耐え切れずに俺がその闇へと沈んでしまううその時まで、その場所で大人しくしていろ。



 「まぁ、俺の方がお前のこと愛してるけどな」

 「ばぁか、俺の方が愛してるっての」



 契るは愛の言葉、
 千切るは俺の心、
 千々に千切ってバラバラと、
 言葉を交わして、
 心を落として、
 ーー今日も世界を守れた、
 と、




 「一生愛してやるよ、旦那さま」



 俺は束の間の安堵に酔いしれる。















 この身に宿るは君への愛か、それともーーー




 END



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