片付けられない男

 自称サンタ×流されくん







 俺は昔から『片付ける』という行為が苦手だった。
 頑張って部屋を掃除しても次の日には散らかしてしまうし、物をなかなか捨てられない性格のせいで狭い部屋に物が溢れていくばかりで『え?片付けなにそれ?』みたいな惨状になってしまう。
けれど変なところでこだわりがあるため、人の目に触れない棚の中だったりクローゼットの中は完璧に整頓されていたりする。本棚に関しては作者あいうえお順で並べるこだわり具合だ。しかしオシャレに本棚を布切れで隠しているので、その俺の努力を知る奴は少ない。
 さすがに食べた物や食器をテーブルの上に置きっ放しということはないが、シンクの中には2、3日滞在してもらうことはよくある。(夏にこれをやると結構大変な事になるので要注意だ)
 脱いだ寝巻きはそのままだが、ベッドメイキングは毎日完璧だったりと変なところで顔をのぞかせるこだわりはあるのに、やはり全体を片付けるのは苦手だった。
 あきらかに収納スペースよりも多いマンガ本や、何ヶ月と溜まった漫画雑誌の山、あとはなんか要らないのに捨てられず置き場に困って雑然とそこらへんに置かれたその他諸々。
 かと言って足の踏み場がないわけではなく、生活動線はものの見事に綺麗な道を作っていた。正に花の一本道。ヴァージンロード(なんか違うな)。
 それが、今日バイトに行くまでの俺の部屋の有様だった。はずなのに、

 「これは一体どういうことだ?」

 俺は帰ってきてからの部屋の状態に、疲れも吹き飛ぶくらい驚いた。
 何時ものようにヘロヘロになって帰ってきて、誰も居ない部屋に『ただいま〜』と言って、三歩で終わるキッチンをすぎて部屋の電気を、つけたはずだ。俺の持っている鍵であいたんだから、俺の部屋に帰ってきたはずだ。けれども、待て。それならばなぜこんなにも踏み入れたこの部屋に違和感を抱いてしまうんだ。

 「いやいやいやいやいやいやいや。え?俺部屋間違えた?知らぬ間にピッキングなんていけないこと覚えて不法侵入しちゃったのか?」

 俺の部屋であるはずのその部屋は、そう思ってしまえるほど別人…いや、別部屋のように生まれ変わっていた。
 つまりは、

 「…めっちゃ片付いてる」

 モデルルームばりに綺麗になっていたのだ。
 物でごった返した俺の六畳部屋が、六畳のくせにモデルルームばりに綺麗になっていた。なにモデルルームっぽく気取ってんだよ俺の部屋のくせに。あれ?ていうかあの数ヶ月分の雑誌どこにいったよ?まさか捨てられたのか?!お気に入りの号あったのにまさかそれさえ捨てられたのか?!てかなんかベットカバーが高級感醸し出してるんだけど俺のせーゆーで買った飛行機柄のベットカバーはどこにいったんだよ、なんかテレビのサイズ大きくなってるんですけど、あとなんだよこのミニシャンデリア。あきらかに部屋の雰囲気にあってないだろ!でもこのガラスのテーブルはかっこいいな、頭突きして割らないようにしないと。うおー、このカーペット恐ろしいほどふわふわなんだがこれからの季節に最適…って、まじかよ電気カーペットつきじゃねぇか!やったね!

 「って、んなわけあるか!!!なにがやったね!だよ!たしかにやったねだけどおかしいだろこの状況?!まずはそこに突っ込めよ俺!馬鹿か?!馬鹿なのか?!まぁ、馬鹿なのは知ってたけどさ!!」

 俺、ご乱心。
 もうご乱心しなきゃやってられない。
だってこんなこと普通に考えてありえないだろ。普通に考えなくてもありえないだろ。どこからどうみても、満場一致でありえないだろう。
 もはやホラーだ、ホラー。
 俺がバイトに行っている数時間の間に一体何があったというんだ。知らぬ間に俺の部屋は異空間に繋がっていて、俺の部屋と誰かの部屋がトレースされたとでもいうのか。

 「だから!んなわけあるか!!!そんなトレース技術開発するよりどこでもドア開発しろよ!!!」

 もはや混乱しすぎて一体自分が何に対してツッコミを入れているのか分からなくなる俺である。

 「っと、やべぇ。混乱しすぎて議題がそれちまった…。落ち着け、落ち着け俺。冷静になるんだ。冷静に今の状況を…」

 澄まし顔のモデルルームみたいになった部屋、消えたジャ◯プの山、飛行機柄からなんか高級そうな奴に変わったベットカバー、でっかくなったテレビ、場違いなミニシャンデリア、イカしたガラステーブル、ふかふかのカーペット(電気カーペットつき)………。

 「…だめだ。一体何が起きてるのか全く理解できない」

 某シャーロックホームズみたいに名推理をしようとしてみたけど、ますます謎が深まるだけだった。というかさすがのシャーロックホームズもこの難事件にはお手上げだろう。

 これはもう、事件じゃない。変革だ。俺の部屋革命だ。

 「くそ。事態が飲み込めなさすぎてなんかもう逆にどうでもよくなってきちまったぞ」

 むしろこれが現実で、今までの事が夢だったとさえ思えてくる始末だった。きっと俺は長い長い夢を見ていたんだーーー。みたいな。
 …まぁ、これは一種の現実逃避のようなもので本当に夢だったとか思ってないからな。そこまで俺も馬鹿じゃないからな。

 「………寝るか」

 何はともあれ、俺はバイトで疲れてるんだ。クリスマスが近いからって浮き足立った奴らがフライングで飲み会宴会なんてものをするから、馬車馬のごとく働かされてヘロヘロなんだ。よく分からない状況も気にならんでもないが、それ以上に疲労感の方が上回っているので考えるのは明日に持ち越すことにしよう。だから今は、寝る。
 とそんな決意を口にした時だった。
ベランダの窓が何もしていないのに勢いよくあいて、垂れ下がっているカーテンがこれまた勢いよくシャッとひかれその奥から全身を真っ赤に包んだやたら美形な男が現れたのは。
 そして突然の真っ赤男の出現に俺が何かを突っ込むよりも先に謎の男は弾丸のようにこちらへと飛びかかってきた。

 「メリークリスマスぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

 「ほぐっ…!」

 「わー!わー!会いたかったよぉー!会いたかったよあっくんんんん!」

 「ぐ、ぐべ…っ」

 絞め殺さんばかりに抱きしめてくる真っ赤男に俺は三途の川をみたね。綺麗な川のむこうで一昨年死んだばあちゃんが『色男には気をつけなさいよ〜』ってお茶目に笑ってた。色男は色男でも真っ赤な服きた赤色男だけどね!なんて馬鹿なことを考えている間にも赤色男の力は増していく。いや、だから死んじゃうって俺が!!それと人の名前をバカップルみたいな呼び方するんじゃねぇ!!と言いたかったが、赤色男の絞殺せんばかりの抱擁圧に内臓が押されて思わず出ちゃった!みたいな無様な音しか出せなかった。
 きっと蛙がつぶれたような音ってこんな音なんだろうな。

 「やっと父さんに一人前って認めてもらえたから、一番にあっくんにプレゼントしたくてすっごく頑張ったんだよ!」

 「ぐえっ…」

 しまいにはめきゃめきゃと背骨が軋む音まで聞こえてきたが、興奮冷めやまぬと言った様子の赤色男は理解に苦しむそんなセリフを吐いて褒めて褒めてと俺の脳天に額を押し付けてきて、俺の背骨の悲鳴に気付く気配はなかった。ついでに言うと俺をその熱い抱擁から解放する気もまだないように見受けられた。

 「あー、長かったよぉ!ホントに長かったよぉ!あの日始めてあっくんに会った日から十年も経っちゃったけど、俺一時もあっくんのこと忘れたことなかったよ?あっくんのあの天使みたいな寝顔今でも鮮明に思い出せるからね!」

 なんて言って爽やかに笑ってる所悪いけど、俺はあなた様のような全身真っ赤な美形知りません。どっかのあっくんとお間違いじゃありませんか?あと、俺の寝顔が天使とか一度眼科に行ったほうがいいですよ。だって俺の寝顔は母親曰く『今日もあんたガッツリ白目剥いてたけど、目乾燥しないの?』な天使とは程遠いむしろお化けに近い寝顔なんだから。って言い返したいのに、やっぱり圧迫死しそうな俺の口からは怨念のような呻き声しか出てこなかった。

 「やっぱり本物のあっくんが一番だねぇー!うーん、いいにおーい」

 おい、人の匂いをかいでるひまがあるなら早く俺を解放してくれ。
 見知らぬ人間への恐怖よりも、見知らぬ人間に匂いを嗅がれる嫌悪よりも、このままこのよく分からない赤色男に抱き殺されてしまうのではないかという不安に駆られる俺。いくら肺活量に自信のある俺でも、さすがにこれ以上は危ないと未だ抱きついて離れない赤色男の背中を弱々しくけれど確かな意思を持って数度叩く。そうすればやっとこ俺の状態に気付いたのか、慌てたように赤色男の抱きしめてくる力が弱まる。でも抱きしめるのはやめないんですね!

 「わー!ごめんねぇあっくん!俺嬉しくてつい抱きしめすぎちゃった!ごめんね、ごめんよぉ!俺のこと嫌いにならないでぇっ」

 「げほっ、ごほっ、…くそ!この、真っ赤っかイケメンめ…っ!俺をっ、殺す気か?!」

 ようやく気管に送り込まれた新鮮な空気にむせながらなにやら難解な言葉をわめき散らしている赤色男に言えば、なぜか赤色男は顔を真っ青してブンブンと勢いよく頭を振ってまたしても難解な言葉を吐き出した。

 「違うんだよあっくーん!俺、あっくんをお嫁さんにする気はあるけど、殺す気はないんだ!トナカイに誓って嘘じゃないよ!」

 「あ?やっぱり殺す気…って、は?!嫁?!トナカイ?!は?!え!なにいってんのこの真っ赤っか?!」

 全くもって言っていることの全てが理解出来ないんだけど。嫁とかトナカイに誓うとか、この赤色男は頭が沸いてるのか?驚きすぎて面と向かって真っ赤っかとか言っちゃったじゃないか。まぁ、さっきも言ってたけど。

 「だから結婚しようね、あっくん!」

 「だからの意味が分かんねぇよ!なにもだからじゃねぇよ!てかお前誰だよ?!不法侵入にもほどがあんぞこの野郎!!」

 「誰ってみんなのアイドル、サンタクロースだよ?」

 「あぁ、サンタクロースね。………はい?」

 「? だから、みんなのア…」

 「ちょいまて、シャラップ」

 至極真面目に、かつそんなことも知らないのと言わんばかりに繰り返そうとする赤色男に待ったをかける。なんだか今、現実離れした単語が聞こえてきたような気がするのは俺の耳が聞き間違いをしただけかな。いくら全身真っ赤だからって、いとも簡単に三階のベランダから侵入してきたからって、

 「いやいやいやいやいやいや。サンタクロースはないだろサンタクロースは。つくならもっとましな嘘つけよお前」

 「えぇー!嘘じゃないよぉ!本当だよ?!俺はあっくんだけのサンタクロースになるため頑張ってサンタクロースになったんだから!」

 「……」

 あ。駄目だ。こいつ電波だ。俺の言語がまったく通用しない。
 俺のためにサンタクロースになったとかなにそれ意味わかんないんだけど。

 「あー、じゃああれか?俺の部屋がこんなにモデルルームみたいになったのも、自称サンタクロースのお前の仕業ってわけなのか?」

 「自称じゃないよ!あっくんだけのサンタクロースだよ!」

 突っ込む所はそこなのかよ!

 「…じゃあ、自称俺だけのサンタクロースさんに質問なんですけど」

 「うん!なんでも質問してね!」

 俺の言葉に自称俺だけのサンタクロースさんは元気のいい声でそう言って、さわさわと人の尻を撫でてくる。おい、なぜ人様の尻を撫でくりまわしてるんだサンタクロース様よ。

 「自称俺だけのサンタクロースさんは変態なんですか?」

 いきなり登場したかと思えば抱き締めて離さないし、お嫁さんにするとかほざいてるし、俺だけのとか言い出すし、尻撫で回してるし。もう変態としか言いようがない。
 そう結論づけて聞いてみたのだが、さすがの自称俺だけのサンタクロースさんも変態発言には不服だったらしく反論を、

 「うん!事あっくんに関してはよく変態だよなお前って言われるよ!だって俺あっくんのこと愛してるからね!ホクロの数から体臭も小さな癖もぜーんぶあっくんのことなら知りたいもん!」

 反論を……あれ?なんか反論するどころか潔く変態肯定されちゃったんだけど。ここまで潔いと逆に俺の方が変態じゃないのがいけないみたいな雰囲気になっちゃうんですけど。

 あれ?なんだろこの状況。

 「でも一人前になるまではあっくんに会いに行っちゃダメって言われてたから俺ホントに寂しくて死にそうだったんだよ?」

 「はぁ…」

 もうなんだか自称俺だけのサンタクロースさんワールド全開で、早い段階からキャパを超えていた俺の脳みそはまともな考えをすることが出来なくなっていた。というかこの異常な状況下に思考が麻痺していたと言った方がいいだろうか。まぁ、つまりはあまりにも現実離れしすぎた出来事に、脳が考えるのやめたのである。
 そんな思考停止状態の俺に、赤色をまとった色男はうっとりとした面持ちで続けた。

 「だけど我慢して正解だぁ。十年間ずっと見るだけしか出来なかったあっくんに触れて、その匂いをかげて、声をきけて、俺は今ーーー」

 俺の両頬を優しく包んで、真上から押し込むように覗き込む金色の瞳が煌めく。まるで闇夜で光る獣みたいに爛々と輝くそれは、確かに常人では持ち得ない虹彩かもしれない。…ていうか十年間見るだけしかできなかったとか言ってたけど、会えないのにどうやってお前は俺を見続けていたんだ。

 「さいっこーに幸せすぎて、興奮してる」

 でもそんな瑣末な思考は心底嬉しくてたまりませんといった赤色男の声と表情にデコピン食らわされてどこかへ飛んで行ってしまった。
 あぁ、さらば俺の思考回路。俺は今から緊急シャットダウンに入ろうと思います。
 だって目の前に、舌なめずりしながら俺を見てくる自称俺だけのサンタクロースがいるんだもん。

 「だからねー、だからねー、今からあっくんに一番のプレゼントをあげまーす!本日の大目玉でーす!」

 「大目玉…?」

 「そう!大目玉!なんとあっくんにはー…俺をあげちゃいます!」

 「うわっ?!」

 馬鹿みたいに明るい声でそう言って、赤色男は俺を抱き上げる。突然の浮遊感にあわてて赤色男にしがみつく俺に笑って、高級感溢れるベッドカバーに身を包むベッドへと俺を降ろした。そうして同じようにベッドに乗り上げた赤色男は、俺を囲うようにその長い腕を俺の顔の両脇に置き、妖艶に笑う。

 「俺の全てを、俺のこれからを、ぜんぶ、ぜーんぶ、あっくんにあげる」

 額と額をくっつけた至近距離で赤色男は言う。
 俺をのみこまんと金色がギラギラ輝いている。
 けれども、それでも、

 「いや、いらな…」

 「捨てるの?」

 見ず知らずの人の人生なんて貰えませんと断ろうとする俺の言葉を、弱い声が遮った。その、今までとはガラリと雰囲気が変わった声音に俺の二の句は封じられる。
 見つめた先で、ギラギラと輝いていた金色が、心細く揺れていた。

 「あっくんは、もらった物は捨てないのに、俺だったら捨てちゃうの?」

 うるうる。まるで一昔前一世を風靡した某チワワを彷彿させる瞳で俺を見る赤色男に、俺の否定は完璧に息の根を止められた。俺は昔から動物には弱いのだ。盲導犬の募金には必ず募金しちゃうくらい、動物には弱いのだ。

 「だったら俺の事も物だと思ってよ。そしたらあっくんは俺をどうしようかなとは思っても捨てないでそばに置いててくれるでしょ?」

 なおもうるうると言い募る赤色男に俺はついに心の中で白タオルを投げた。
 人と物を同じ壇上で語ってどうするとか。そもそも俺あんたのこと変態っていうことしか知らないし。自称俺だけのサンタクロースとか意味不明だし。三階なのに普通に不法侵入してくるけど。

 「はぁ…。分かった分かった。捨てないからその顔はやめてくれ自称俺だけのサンタクロースさん」

 そんな捨てられた子犬みたいな顔されるとダメなんだよ俺。

 「! 俺を貰ってくれるのあっくん?!」

 「なんか良くわかんねぇけど貰ってやんよ!あと!そのあっくんとかいうバカみたいな呼び方やめろ!」

 「うん!ごめんねあっくん!!!」

 「…いや、うん。もういいやあっくんで」

 まるで頭の弱い大型犬にじゃれられているような感覚に陥りながら、バイトで汗をかいて臭いであろう首筋に顔をうずめる赤色男の頭を撫でつつ俺は思うのであった。

 (あぁ、また捨てられないものが増えてしまった。)

 今まで捨てられずに取っておいた物はこの赤色男に捨てられてしまったようだが、きっとこの先俺が赤色男を捨てる日が来ることは無いだろう。先にも述べた通り、俺は片付けられない男なのだ。そしてその片付けられない理由は、物を捨てられない所にある。たとえ使わない物でも後生大事に抱え込んでしまうが故に、物が溜まって散らかってしまうのだ。けれどもこれからは、その取捨選択は全てこの赤色男が握る事になるような気がする。今回俺の部屋をモデルルームにしたみたいに。要るも要らないも、捨てるも捨てないも、きっとこれからそれを決めるのは俺ではなく赤色男になっていく。それは、直感にも似た予感だった。
 まぁ元来優柔不断がたたって物が捨てられない質なので、それは助かると言えば助かるからいいんだけどな。
 でも今はそんなことよりも、気になって仕方が無いことがあった。
 赤色男の言葉から察するに、この男はクリスマス故に俺の部屋をモデルルームに変えて、自分自身が一番のプレゼントとのたまっていたが、それはおかしいぞ赤色男よ。


 「…ていうかクリスマスは明日だっての」


 だって今日は23日だからね。イブさえ待てないとか、お前どんだけ俺に逢いたかったんだよ。

 そんな俺の呟きは、赤色男の荒い鼻息にかき消されていくのであった。



 END



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