熱愛発覚
『感謝の気持ちを、伝えましょう』
5月10日は何の日でしょう。と聞かれて俺の頭の中に浮かんだのは、「誰かの誕生日?」だった。
一応頭の中で家族や友人達の誕生日を思い浮かべてみたけれど、その日に該当する人物は記憶の限り居ない。はて、ならば何の日だろう?そんな考えが分かったのだろう。目の前の男はむふふと笑うと背後にまわしていた手を俺へと差し出した。
「母の日おめでとう!」
「……は?」
満面の笑みと、難解な言葉、そしてとどめとばかりに差し出されたのは、
「カーネーション……?」
そう。カーネーションなのだ。それはそれは綺麗なピンク色のカーネーションが一本だけビニールにつつまれていた。それも可愛らしいリボンつきで。
なんで?なんでカーネーション?
なかなか飲み込めない事態にこぼした言葉に、男はあぁ、と頷いてそれはもう眩しい笑顔で答えてくれた。
「母の日の定番だろ?」
「え?いや、まぁ、たしかにそうだけど」
だから、なんで俺に母の日に渡すカーネーションを贈ってくるのだ。
もしかしてあれか?俺を使って母の日の練習でもしているのか?それにしたっていきなりすぎじゃあないだろうか。現に俺は何が何だか分からなくて目が点になってるからね。そこの所ちゃんと分かってます?
「ショウちゃんにはいつも世話になってるからな。せめてもの感謝の気持ちを伝えようと思って」
「…あぁ、ね」
「何贈ればいいのかめっちゃ迷ったけど、やっぱり基本にのっとってカーネーションにしてみた」
「…そっか」
「あ、あと手紙も書いたんだぜ」
「手紙?!」
なんてこった!練習とかじゃなくてなんかガチだこれ!ガチっぽいんだけどこれ!手紙の封筒に『ショウちゃんへ。いつもありがとう』とか書いてあるんだけど!
目ん玉をひん剥いて驚く俺に男は「こういうのって、改めて書くと照れるんだな」なんて照れ笑いを浮かべている。そりゃ男友達に手紙書くのは照れ臭いだろうよ。じゃなくて!だから!その流れが!理解出来ないんだよ!
「待て待て待て待て待て!なんでそうなる?!なんでそうなった?!」
「どうしたショウちゃん?」
「どうした?じゃなくて!なんで母の日なんだよ!お前の母ちゃんは他に居るだろうが!ていうかそもそも俺はお前を産んだ覚えはない!」
「え、だっていつもお世話してくれてるし…」
「してるけどさ!」
「? ならなにも問題ないだろ?」
「おーまいごっど!」
純粋無垢に首を傾げられてしまった俺は頭を抱えた。
そりゃ確かに幼馴染という立場から、幼い頃よりどこかぬけまくっているこの幼馴染の面倒を見てきたが、よもやその世話焼きが彼の中で母親と同じ地位にまで達していようとは…。予想外だ。というかこんな世話のかかる息子なんて俺はいりません!
小さい頃から散々俺に面倒をかけよって。俺がどれだけお前のしでかした事の後始末に奔走したと思っている。その度「ごめんなショウちゃん」と笑うお前に何度拳骨を落としてきた事か。昔からのあれやこれを思い出し本当に大変だったなと憤る反面、そんなあいつがかなりズレているが感謝の気持ちを表してきた事に驚きとほんのちょぴっとの喜びも感じている俺もいた。
あぁもう嫌だ嫌だ。俺いつの間にこんなに母性に目覚めちゃってたんだろう。でも良かった、ちゃんと人に感謝出来る人間に育って。
まるっきり母親のような事を思いながら、頭を抱える俺を不思議そうに見てくる男に向き直る。目が合えば嬉しそうに笑う男に俺も複雑な心境で微笑み返す。そうすればもっともっと男の笑みは嬉しそうになり、本当に真っ直ぐに育って良かった。と涙ぐんでしまう。
「ショウちゃん!」
受け取って!と言わんばかりに名前を呼んでくる男に俺も笑みを深めて、差し出されたカーネーションと手紙を手に取った。
なんだか色々とおかしいような気はするが、感謝されるのは悪い気がしないので良しとしよう。
「ありがとな、大事にする」
「おう!」
そう心の中でぼやく俺とは反対に、返された声と表情は溢れんばかりの喜びに満たされていた。
そしてこの後手紙の内容を読んでまたしても「おーまいごっど!」と叫び頭を抱える羽目になる事を、この時の俺はまだ知らない。
『ショウちゃんへ。いつもありがとう。いつもいつも俺のお世話をしてくれるショウちゃんが世界で一番大好きです。だからそろそろ俺のお母さんじゃなくて、俺のお嫁さんになってくれたらいいなと思います。絶対大切にするから、どうか俺のお嫁さんになってください。誰よりも愛しています。ノボルより』
END
戻る