羽毛彼氏

 『ただ一つの、ぬくもりを』









 俺は布団が大好きだ。
 いや、布団を愛している。
 彼女だけがいつも俺に優しく接してくれる。冬は最初の方は冷たくされるが時間が経てばその暖かさで俺をつつみこんでくれるし、夏だって冷房をガンガンにつけてその重みで俺をくるんでくれるし。
 そう。だから俺は決めたんだ。
 彼女を俺の一生の伴侶にするって。
 いつも俺に優しくしてくれるのは彼女だけだから。そんな彼女を選ばずにいるなんて男の風上にも置けないだろ?
 こんなに俺のことを思ってくれているんだから、俺も彼女の気持ちに応えなければいけない。だってそれが男というものだって、父ちゃんが昔言っていた。
 だから、
 
 「俺はお前の気持ちには答えられないんだ。だって一生涯の伴侶がいるから」

 きっぱりすっぱり男らしく言い放つ。
 少しでもひるんだら駄目だと父ちゃんに言われたことをしっかり守って言い渡した言葉に、けれど俺を見下ろす男の表情は変わらない。整いすぎて無機物のような冷たさを持った顔でじっと俺を静かに見下ろしてくる。
 普段からあまり口数が多くない男であるが、もう少しなにか反応を返してくれてもいいじゃないか。と思うが、まぁこいつだから仕方ないかと思い直す。それよりも、だ。

 「それよりもさ、なんで俺押し倒されてるの?」

 「……」

 はい。まただんまり。
 俺の質問に返されたのは、言葉なき言葉でした。つまりは無言でした。
 なんなのこの子。いつにも増してだんまりちゃんなんだけど。
 いつもならあーだの、うーだのうめき声みたいな反応が返ってくるけど今日はそれもない。ただひたすら無機物フェイスで黙りこくっている相手にちょっとだけ気圧される。お前ってなにも喋らないと蝋人形みたいで怖いんだからな。

 「うー。はーなーせー」

 「……」

 「うー。…ふんぬっ」

 「……」

 「くそ!この馬鹿力め!」

 両腕を押さえる男の手をどかそうともがくが、驚くことにびくともしない。まるで縫い付けられてしまったかのように、男の手は俺の手首から離れない。それどころか逃れようともがいたせいかより拘束の力が強くなってしまった。ぎりぎりと手首が締め付けられる。あれ?人体ってそんな音がしても良かったんだっけ?みたいな音を立てる手首は痛いけど、俺は気丈に男を見据えた。負けてなるものかと頑張ってみるが、ただ俺の息があがるばかりで男の手は全く緩んでくれない。
 蝋人形かと思ったけど実はお前あれだろ、人型アンドロイドだろ。じゃなきゃ改造人間!ぽんぽんと頭に浮かぶのはそんなバカな考えばかりで自分が自分で嫌になっちゃうぜ。俺がどれだけクールにしようとしても、この本物のクールを前にすればそんな俺の努力は全くの無意味で意味をなさいものになる。砂でつくったお城よりもあっけない。無意味だけど、クールな男に憧れる俺のこの複雑な心をわかってもらえたらとても嬉しいです。

 「……天谷」

 頑強な檻をなんとか壊そうと躍起になる俺の耳に、静かな低音が滑り込んでくる。
 その低音が囁いたのは俺の名前で、条件反射のように動きを止めて「…なんだよ」と名前を呼んだ本人を見上げた。だって人に名前を呼ばれたらちゃんと返事してその人の目を見ろって昔父ちゃんに言われたんだもん。いや、これはおじいちゃんだったか。いや、おばあちゃんだったか。いや、母ちゃんか?だから、それは今どうでもいいんだってば俺。

 「お前の伴侶は、この布団なのか」

 美貌の男から発せられたのは、どこかお間抜けな雰囲気の漂うセリフだった。思わずぽかんと間抜け面をさらしてしまった俺は悪くないと思う。むしろ悪いのは俺ではなくこの男のほうだろう。だって伴侶って、布団って。
 いや、確かにそう言ったのは俺なんだけどさ、他人の口から聞くとなんていうか「この人大丈夫かな」って思ってしまうセリフだよね。うん。自分で言ったことなんだけどさ。
 そんな人の振り見て我がふり直せ。により自分の発言の恥ずかしさに言葉をなくす俺に構わず低音は続く。

 「俺はお前の伴侶にはなれないのか」

 「……はい?」

 いつもは涼やかな表情を浮かべている顔を辛そうに歪めて言う男に俺の目はまん丸になる。「ねむそうだね」と定評のある俺の目がこんなに丸くなるのはめずらしい。おかげで目の表面が乾いてしかたがなかった。世の中のおめめぱっちりさんたちはこんな乾燥と戦っていたのかと、感心してしまう。男も二重でぱっちりおめめだけど切れ長の瞳だからそこまで乾燥には困ってなさそうだ。
 おっと。思考が違う方へいってしまった。とりあえず目が乾燥しちゃったのでまんまるおめめを通常の開き加減にもどしてなんども瞬きを繰り返す。高速瞬きでみる男は、まるでぱらぱら漫画みたいで面白かった。

 「布団だとどこにも連れて歩けないぞ」

 「えっと…張家(はりや)くん?」

 「そのてん俺はどこにだって行けるし、どこにだって駆けつけてお前のことを抱きしめてやれる」

 「はぁ…」

 なぜか苦しそうな顔をして布団と張り合ってくる男あらため張家に俺の頭の上にははてなが舞う。
 はてなが舞いすぎて気の抜けた返ししかできなかったし、目の乾燥はなくなったのにぱちぱちと高速瞬きがやめられない。目の前で高速瞬きされたらそのおもしろさに吹き出しそうなものなのに、張家の表情は苦しそうなまま変わらなかった。すごいな、張家。俺なら一発で吹き出しちゃうよ。

 「それに布団とは言葉をかわせない。お前を包み込んでくれるかもしれないけれど、それだけだ。お前の言葉をきいて、それに返すことは決してできない」

 「で、でも、彼女だけなんだもん俺に優しくしてくれるの」

 「俺がいるだろ」

 弱々しくなってしまう俺の言葉に重ねるように力強い声で張家が言う。
 あまりにも力強く言うものだから俺の目がまたまん丸になる。張家のその発言は完璧に予想外だった。俺に優しくしてくれる人が彼女以外にいるかもしれないとかそんなこと考えたこともなかった。べつに学校でいじめられているとか両親からも愛されていないとかそういうわけではない。ただ『俺だけに優しくしてくれる』という特殊な優しさを求めると彼女しかいなかったのだ。
 みんな優しくしてくれるけれど、俺にだけというのが重要なんです。と心の中で力説してみる。

 「俺だってお前に優しくできる」

 「で、でも、俺が一番じゃないとやなんだもん」

 こう見えても俺は我が儘で欲深い人間なんだ。
 誰かの次じゃ絶対に嫌だ。
 むしろ俺以外の誰かがいることじたいが嫌だ。
 誰でもない、俺にだけ与えられるものじゃないと安心なんてできなかった。
 だから俺は彼女を生涯の伴侶と決めたんだ。
 他の誰でもない俺だけをそのぬくもりと柔らかさで包み込んでくれる彼女を。

 「天谷が一番がいいと言うのなら俺はなによりもお前に優しくする」

 「じ、じつは一番というか、俺にだけ優しくしてほしかったりしたりしなかったり…」

 「それなら俺は天谷にしか優しくしない。というか、普段の俺の行動を見たら天谷にしか優しくしてないって分かるだろうが」

 「……あれ?そうだっけ?」

 「…これからは我慢しないことにしよう」

 普段の張家を思い出してもクールな表情とクールな行動をとる彼しか思い出せなくて首をかしげたら、これみよがしにため息をつかれた。上に乗っかられて見下ろされているから、張家のため息が顔にかかってなんだか背中がぞわぞわする。よくわからない感覚に戸惑っていれば張家の顔が近づいてきて『ちゅ』と音をたてておでこにキスされた。
 なにごと?!と目を見開く俺の視界に、いつものクールな表情をとっぱらい代わりに甘やかな表情を浮かべた張家の笑が飛び込んでくる。それにまたなにごと?!と驚きおののく俺。張家のこんな表情、はじめてみた。普段とちがう表情にびっくりして心臓がばくばくと煩い音を立てだすし、なんだか顔も熱くなってきたような気がするし。
 いったいぜんたいどういうことだ。
 驚きすぎて餌を求める鯉のように口をぱくぱくさせるしかない俺に笑って、張家は表情同様甘い声で囁いた。






 「結婚しよう。天谷」






 男同士はこの区じゃパートナーにもなれないよ。


 なんて野暮な言葉は重なった張家の口の中に食べられてしまったのでした。

 ちゃん、ちゃん。






 END




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