彼女と会うのは二ヶ月振りだ。そのはずだった。仕事がまた伸びて会えないというかなり切羽詰まった声の連絡が約束の30分前に来るまでは。そもそも彼女が霊幻の住む町まで来るのに新幹線で二時間弱かかる。なんで30分前に連絡を入れるのか。少なくとも会えないのは一時間半前にはわかってたじゃねえかよ、と心で悪態をつく。が、まだ立ち上げたばかりの小さなイカサマ事務所には、デカい広告代理店に務める彼女のように期限ギリギリまで切り詰めるような仕事がない。自分の数倍稼いでいるのにこんな文句を言えた立場ではない、と霊幻はひとり夜の街で肩を落とした。



二人で過ごすため空けていた夜の時間を持て余し、霊幻はささくれ立った心の癒しを求めてフラフラとアダルトビデオを取り扱うであろう、派手な店へ光に寄る虫の如く吸い込まれた。彼女に会うのを二ヶ月も我慢が出来たのは、この日会えると一ヶ月前から散々楽しみにしていたからだ。客層も内装も窮屈で陰鬱で、男の抗えない欲求が渦巻く雰囲気の店内に希望の光を失った霊幻は静かに溶け込む。陳列棚に死んだ魚のような眼を滑らしているが、なかなかひとりの霊幻を優しく慰めてくれるようなものは見当たらない。
しかし陳列棚の下段の端に、非常によく似た、…その差は太陽に対して豆電球のような頼りないものだが、男霊幻新隆の瞳に小さな光が差した。



2980円でドタキャン彼女のそっくりさんに慰めてもらえるなんて世の中便利になったもんだなァと上機嫌だった霊幻は、自宅のテレビの前で愕然とした。
たまたま見つけて、そっくりなんて芸能人以外でもいるもんなんだなと思っていたが、口の形と骨格が特に似ているからか、声までそっくりだったのだ。これは逆に切ない上に、見るに耐えない。なんだよこの仕打ち。くそ、俺だって触りたい!画面の中の男優にそこ変われ!と掴みかかりたいのを歯を食いしばりながらテレビのリモコンを取ると、折り畳み式テーブル上の携帯が光って着信を知らせた。彼女だ。

慌ててテレビを消して電話に出る。
「新隆!ごめんね、急いで仕事切り上げて一時間半の新幹線に乗ったから、もうすぐ着く!」
「はあ!?お前、今日は来れないって」
「でも私昨日から全然寝てなくて明日朝始発の次で帰るから!悪いけど今夜はすぐに寝かせて!」

おい!それってナニも出来ないって事かよ!と抗議しかけたが、自分の名前を呼ぶ愛しい彼女の顔を見れる喜びの方が霊幻の心を柔らかく満たした。二ヶ月振りに、会えるのだ。
「ったく、風呂沸かして待ってるぜ」とため息混じりに笑って通話を切った。




翌朝、霊幻が目覚めると既に彼女は仕事に出たようだった。変わらない部屋だが、覚えのない近所のレンタルDVD屋の袋がテーブルに置いてある。なんだよこれ、忘れ物か?と手を伸ばすとその下に昨日買った2980円のそっくりさんがいた。
ヤバい!バレてる!袋の中身を慌てて確認すると、そっくりさんと同じ名前の女優のビデオが数本出てきた。
俺がこの女優が好きだと、多分勘違いされてる!!
昨晩久しぶりに会ったのに何も出来なかったから、という彼女なり心遣いであると朝から霊幻は希望の光の恩恵を受けるのだったが、この豆電球にはそれは及ばないんだよなぁ…とまたひとり肩を落とした。


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遠光は近光に勝り

企画:夢主と仲睦まじい霊幻
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