つつ、と目を逸らすと彼女は首を傾げて僕の目を覗きこんだ。

「律、どうしたの」
「いや、なんでもない」
「そっちになにかあるの」
「いや」

ないって、とつぶやけど時既に遅し。
改札前の柱の影で1組の男女が何度もくちびるをくっつけている様子を目に捉えた彼女は、足を止めた。

「わーなるほど」
「・・・」
「おいりっちゃん、見たくないのわかるけどわたしもう電車来ちゃうから」
「ああ、じゃあまた」
「うん。これから覚醒ラボでもいくの?」
「今日はもう帰るよ。早く行きなよ」

電車来ちゃうんでしょ、と溜息混じりに言いかけたらこっち、と腕を引かれて改札前から3歩ほど離された。

「何、電車」
「うん。それより今日は送ってくれてありがとう、好きだよ」
「な」
一瞬で唇をかっさらわれた。
一瞬のうちになにが起こったか。人々は到着した電車から群れを成して改札を抜け、
駅前の鳩が一斉に飛び立ち、柱の影で1組の男女が飽きずにくちびるをくっつけ、
改札口の向こう側の彼女は歩きながら手を振り、僕はそれをただ唖然として見ていることしか出来なかった。

彼女の姿が見えなくなってからやっと呼吸の仕方を思い出す。
はあ・・・と一息ついた溜息の大きさが自分の耳に届いて、身体が動揺を隠そうと必死なのは分かった。
誰かに見られてたんじゃないかと周りを確認して、杞憂だと確信しもう一度息をつく。
脳裏に浮かんだのは彼女の唇のやわらかさでも髪のかおりでもなく、
「・・・イケメンすぎるだろ・・・」

未だ柱の影で何度もくちびるをくっつけている男女がいる駅を、なるべく足元だけ見て後にした。
明日はやり返そう、と心に決めてちょっとだけ前歯で唇を噛んだ。







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