午後三時なんてこの季節じゃもう夕方だ。 あっという間に日が暮れて、午後七時。私と花沢くんはまだ慣れないお互いの手をつないで図書館を後にした。 「さむいね」 「うん」 吐く息が暗い夜風に流されていく。握られている手の内側だけ暖かくて、お互い指先は冷えきっている。 ふたりの時間が欲しくて、テスト勉強会を図書館で続けて必ず帰りは最寄り駅まで一緒に帰っていた。 あの人気者の花沢くんの彼女に告白してなれた時は嬉しくて嬉しくてそれだけで胸がいっぱいだったけど、私の熱を奪うように季節は葉を落とし日差しすらさらっていく。 花沢くんは優しい。誰にでも。 本当に隣にいるのが私でいいのかな、と思うほどに。 「花沢くんは、本当に私でいいの?」 「…え?」 い、言っちゃった、言っちゃったよ。 目の前はいつもここでまた明日、と言うお約束の駅前。 結構ひどい言葉を言ってしまった自覚があって、花沢くんの顔は見れない。 「僕は…」 少しの間、沈黙が悲しくなって思わず顔を上げたら繋がれた手をぐいっと引かれた。 「ちょっと来て!」 「え?!」 そのまま手を引かれ駅から離れたビルの影に連れられる。周りには誰も居ない。 「花沢くん…?」 一体どうしたの?と問いかけた同時に彼は繋いでいた手を解いて私を強く抱きしめた 「僕にしっかりつかまって!」 そんな恥ずかしいこといきなり言われても!って思ったけど彼の言葉のまま恐る恐る背中に手を回す。 「いくよ」 舌噛まないでね、と言われうっかり開いてた口をきゅっと閉じると私の足が地面から浮いた。 エレベーターよりも早く、強いていうなら逆バンジー ぐんっと頭から風が降って景色はビルの側面を伝って下に流れ、開けた星の薄い夜空が見える屋上で止まった。 すとん、とビルの屋上のふちに降ろされる。 彼の足元には何もなく、宙を浮いていた。 「驚かせてごめんね、花沢輝気はこんな男なんだ。」 少しだけ悲しそうに花沢くんは笑った。 「…は、花沢くんは、魔法使いなの?」 「かもね」 彼は笑って答えて、私の右手をまた握った。 「大丈夫?怖くはない?」 それは浮いてる花沢くんがなのか、あと一歩で飛び降りが出来そうなこの状況なのか どちらかは分からなかったけど、さっきよりも繋いだ手が暖かくて、私は大丈夫と言って笑ってみせた。 「こっちに来れる?」 「…行けるの?」 君がお望みなら、と花沢くんは繋いでない方の手を後ろから抱きしめるように私の肩に回した。花沢くんのきれいな顔が真横にある。 「僕は、超能力者なんだ。君は、こんな僕でも好きでいてくれる?」 優しく耳元で囁かれる。繋がれた手から暖かさと優しい気持ちが冷たかった指先まで流れ込んで、私の胸のつかえをほどいた。 やっぱり彼は魔法使いだ。 眼下に広がる街の夜景の上を一歩飛び出す。 星を渡るようにゆっくり秋の夜空を歩くこの時間が永遠に続けば良いと思っていたら、 花沢くんは君にしかこの夜景は見せないよ、と笑うのだ。 ああ、私はもう、彼の魔法にかかっているみたい。 |