拳を握り唇を噛み締めた。ジェノスは何も出来ない。彼女に触れることも出来ない。
彼女を襲う悶えるような心の苦しみ、悲しみから開放してあげたい気持ちはある。
だが泣いている背中をさすってやることも出来ない。
ジェノスは何も出来ない。彼女に触れることが出来ない。
この鉄の腕では、物理的にしか救いの手を差し伸べられないことをジェノスは痛いほどわかっていた。
たとえそれが、大切に想っている人であっても。

ジェノスは迷っていた。
俺が彼女にできる事は、なにもないのか
彼女をこの苦しみから救えないのか

彼女はひとりの女性だ。
その意識が、ジェノスの頭を駆け巡る。
もしここで彼女に寄り添ってその涙に触れたなら、
認めざるを得ない気持ちに、ジェノスは向き合わなければならない。



ジェノスは自分の人間である部分の大まかな欲求は、サイボーグになって完全に失ったと思っていた。
食欲、睡眠欲、そして性欲。

彼女といくつか時を過ごしていてわかったことは、己は過去、確かに人間で、人であった事だった。
そしてその事実は、身体がサイボーグになった今でも決して変わる事のない普遍の運命であった。



俺はもう彼女の苦しむ声を聞きたくない。
いま、俺は貴女の苦しみながら求める欲求を知っている。
それは過去、俺が人間であったからだ。

そして今も
肌が装甲であっても、関節が鉄であっても。


人間の思考と求める欲求を理解できるほどに、悲しいほどジェノスの脳と心は人そのままだったのだ。

同情とは違う、むしろ好都合だと思った自分の人間性をジェノスは嫌でも実感せざるを得なかった。


「すまない
もう、我慢できそうに、ない・・・」


苦し紛れに囁いた愛しい彼女の名前は驚くほど震えていて、その勢いのままジェノスは彼女を強く抱きしめた





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