バスからユニフォームに身を包んだ選手達が降りてくる。
私はふと、選手達と共にバスから降りた長い髪のスタイルの良い女性に目を止めた。無表情でしっかりと背筋を伸ばし、綺麗に歩いている。

「あの女の人、誰?」

私は立向居に小声で聞いた。彼は私の言った人物を目で探し、見付けると、

「あの人はエイリア学園の監督ですよ。吉良瞳子さんっていうんです。一時期、雷門の監督やってましたよ?苗字先輩、知りませんでした?」

「なに…!?そう言えば一時期、円堂が助っ人に誘ってくれなかった時があったような気が…」

その時は吹雪とナンパばかりしていた覚えがある。
なるほど。そういうことだったのか。円堂が助っ人に呼ばなかったのは、女好きの私が吉良さんに言い寄るのを避ける為だったのか。正しいと言えば正しい。しかし私はなんだか後悔した気分だ。こんな美人が監督だっただなんて。呼ばれてなくてもサッカー部に行っておけば良かった。

「ごめん立向居、俺ちょっと顔洗ってくる!」

「えっ!?今から挨拶ですよ?」

「俺は助っ人だから大丈夫だよ!」

その場から逃げるように水道へ向かおうとする。待ってくださいと声を上げる立向居。そんな彼を風丸が制した。そしてこちらを睨む。まだ怒っているらしい。
私は顔の前で手を合わせ、風丸と立向居に謝った。そして少し離れたところにある水道へと駆け出した。



「くっそー、円堂め…あえて呼ばなかったんだな。あのドS鬼畜の腹黒!この試合が終わったら直ぐに声を掛けよう、そうしよう!」

ひとしきり一人言を言って蛇口を捻る。流れ出てくる冷たい水を手で掬い、顔に叩きつける。我ながら豪快な洗い方だと思う。
さっぱりとした気分になり、顔を拭こうと思った。…が、タオルを持ってきていなかった。自分の不十分さにため息を吐く。
仕方ないので、顔から水を滴らせたまま、吉良さんにどう声を掛けようか考えた。考え終わる頃にはきっと乾くだろう。



「水も滴る良い男…ってね」

突然、知らない声が聞こえた。声の方を見ると赤髪の綺麗な男が微笑みながらこちらを見ている。良い男とは私のことだろうか。それはとてもありがたい。本人はお世辞のつもりで言っているのだろうけど。

「…誰だ、お前」

「俺は基山ヒロト。君が苗字くんかな?立向居くんが君に渡してくれってさ」

そう言って基山と名乗る男はタオルを差し出した。立向居は選手よりマネージャーに向いているのかもしれない、と少し失礼なことを思いながら基山にお礼を言い、タオルを受け取る。

「基山はエイリア学園だよな?」

「ユニフォーム見れば分かるだろ。…苗字くんは部員じゃないよね?」

「ああ。…まぁ、助っ人みたいな」

「そうなんだ。サッカー部には入らないのかい?」

「気が向いたらな」

そうか、と基山は短く頷いてグラウンドの方へ歩き出した。私は顔を拭きながら基山の後ろ姿をぼんやりと見る。なんか、よく分からない奴だな…。そう言えば、吹雪が仲良い奴と言ってたあの基山なのだろうか。
そう思っていると、不意に基山が振り返った。

「風丸くん、だったっけ?…彼、今日は凄く機嫌悪いね」

そう言い残して基山は歩いて行ってしまった。
嗚呼、他校の奴に見抜かれる程だなんて一体、何をそんなに怒っているんだ。
私はタオルを首に掛けて立向居がいるベンチへと向かった。



(110107)