「鬼道!」

「…苗字か」

私の姿を確認するとゴーグルの奥で目を細める。鬼道はいつも警戒の目付きで私を見ている気がする。被害妄想かもしれないが、明らかに他のメンバーに対する目付きと違う。
正式な部員ではない私がこうして試合に呼ばれるというのが気に入らないのだろう、被害妄想かもしれないが。

「この後、時間ある?」

「ああ。大丈夫だ」

「鬼道ー、苗字ー。皆で響監督のラーメン食いに行こうぜ!」

円堂が呼びかける。鬼道は苦笑して私に一緒に行くかと尋ねた。もちろん行くに決まっている。




「あっ!苗字先輩も行くんですか?」

鬼道と他愛もない話をしながら円堂に着いて行ってると春奈ちゃんが後ろから走ってきて嬉しそうに笑った。

「うん。春奈ちゃんも?」

「はい!」

「苗字…ウチの春奈に色目を使うな」

「すいませんでしたっ!」

隣から聞こえた低い声に鳥肌がたった。ゴーグル越しの瞳に怒気が読み取れる。これは本気で怒っている。春奈ちゃんはそんな鬼道にため息を吐き、先頭辺りにいる秋ちゃんの元へと走っていった。こんな兄をもって妹は大変だなあ、と思っていると。

「すまない。春奈のことになるとカッとなるんだ」

「大切な妹さんなんだな」

「嫁入り前だからな」

「何だよそれ」

「お前にもいつか理解できる日がくる」

「いや、妹いないし」

ひょっとすると鬼道はノリが良いのかもしれない。少しだけだが、会話が弾んでいる気がする。




「サッカー部には入らないのか?」

商店街に入り、しばらく歩いてから私に尋ねた。生返事をしながらどう答えようか言葉を探していたとき、

「お前は誰だ」

実に変な質問だ。しかも真顔で聞いてくるものだから妙に緊張する。誰だ、とはどういう意味なのだろうか。仲を深めるために一緒にいるというのにこれでは意味がない。私はとりあえず適当に答えた。

「苗字名前。ちなみに独身です」

「風丸と吹雪とは仲が良いらしいが」

「腐れ縁だけどな」

「女癖が悪いと聞く」

「童貞のひがみさ」

それきり沈黙が続く。さすがに童貞は言い過ぎかと思い、口を開くと鬼道が突然笑い出した。

「はははは!…そうかそうか。円堂がお前に目を付けたくなるのも分かるな」

「そんなに笑うところか?今の。あと円堂が何だって?」

「こんなに笑わせてもらったのは久々だ。ああ、もうすぐ着くぞ」

「ねぇ俺の話聞いてる!?」

店に入り、心底楽しそうにしている鬼道とそれが気にくわず眉間に皺を寄せている私を見て円堂が先ほどの鬼道以上に笑った。全く意味が分からない。



(110518)