「言われなくても分かってるよ」

みょうじがため息混じりにそう言った。瞬間、私はハッとする。なんて愚かなんだ私は。別に嫌いな訳じゃない。けれど好きではない。
微塵もない、など言えるのだろうか。

「…言い過ぎたな」

「え?」

「別に」

眉を寄せているみょうじの手首を掴み、歩く。

「このくらいしとかないとバラまかれるぞ」

みょうじはこれでもか、という程に目を見開いた。やはり、こいつは面白い。





校舎に入れば向けられる無数の視線。隣にいるみょうじの顔は真っ青で、額に冷や汗を浮かべている。全く、一緒に登校しただけというのに何が珍しいんだ。これだから学校は嫌だ。虫酸が走る。

「涼野、私もう無理だ死ぬ。女子たちに刺されるの決定。くそ基山め、呪ってやる」

「何言ってるんだ」

ぶつぶつと呟き始めるみょうじ。確かに女子の視線は身体を貫くかのように冷たくて鋭い。本当にみょうじは刺されるかもしれない。そう思ったときだった。

「あ、ちゃんと約束守ってるんだ。感心、感心」

ヒロトがどこからともなく現れてニコニコしながら私達を見る。そしてその視線は私の手とみょうじの手に移される。そう言えばまだ掴んだままだった。…嗚呼、だからあんなにも視線が鋭かったのか。

「はは、青春だね君達。俺も混ぜてよ」

「馬鹿か」

ヒロトはまた笑うと「その調子で頑張ってね」と言って廊下歩きだす。その調子とはどの調子なんだ。隣のみょうじを見ると、私達に背を向けて遠ざかっていくヒロトを険しい顔で睨んでいた。気持ちは分からなくもない。





教室に入れば案の定、向けられる視線。みょうじは視線を浴びすぎておかしくなったのだろうか。目は虚ろだった。
席に着くと襲い掛かってくる睡魔。眠ろうと顔を伏せたとき、

「…帰りたい」

隣の席のみょうじから疲れたような声が聞こえた。しかし睡魔には勝てない。私はゆっくりと目を閉じた。



(100626)