…無い。ポケットに入れていた筈のハンカチが無い。どこかに落としたのだろうか?
仕方なく、水道で洗った手を自然乾燥させながら教室へ戻る。
教室にはほとんどクラスメートがいない。部活に行った人や帰宅した人など様々だ。私もそろそろ帰ろう。

バッグを手にした途端、自分を呼ぶ声がして振り返る。そこにはニコニコ笑顔の基山がいた。たしかサッカー部キャプテンだった筈だ。部活に行かなくても大丈夫なのだろうか。

「何?基山くん」

「手が濡れてるね。どうしたの?」

「ああ。さっき、マジックが手についちゃって…」

「ハンカチ貸そうか?」

耳を疑った。あの基山がハンカチを私に?何かの間違いではないのか。でも、凄く助かる。水に濡れたままだなんてちょっと気持ち悪い。しかし、だからといって異性の…しかも基山のハンカチを借りるのは気が引ける。

「大丈夫。汚れてないよ?」

いや、そういう問題ではなくて。汚れていても嫌だけれども。
そんなことをしている内に手が段々乾いてきた。もうハンカチは必要ないかな。

「せっかくだけど悪いから。…ありがとう基山くん」

最後のお礼が付け足しのように言ってしまったが、問題はないだろう。基山に愛想悪く振る舞ったらクラス中、いや学年中に悪く言われるかもしれない。綺麗な顔して恐ろしい奴だ。ただ単に私の被害妄想に過ぎないかもしれないが。

「そう。じゃあ、これは貰うね」

「えっ?」

基山が自身のポケットから出したのは紛れもなく…私のハンカチだった。
おかしい。何故、基山が持っているんだ。ちゃんとポケットに入れていた筈なのに。何かの拍子に落ちたとか。そう、例えば…例えが見つからない。

「それ…誰のハンカチ?」

「君のだよ?」

当たり前のように答える基山。こいつちょっとおかしいんじゃないか。…あ。あのハンカチで汗拭いてたんだった!これは不味い。早く取り返さなければ…。

「返してくれる…?」

「何で?くれるんだよね?」

「何でだよ。良いから早く返せ」

「あはは、絶対いや」

語尾にハートマークが付くような感じで返された。…腹立つな。人のハンカチもらって何か良いことがあるのだろうか。

「返して」
「やだ」
「返して」
「やだ」
「…返せ」
「嫌だ」
「返せ」
「嫌だ」

その後、基山は優しく微笑んで私のハンカチをポケットにしまい、スポーツバッグを肩から下げて、私に手を軽く振り、走って廊下へ飛び出し、階段へと消えた。
その姿が無駄に格好良く見えたのは目の錯覚かもしれない。

とりあえず、クラスメートにハンカチを盗まれました。



(100925)