あーあ。やっちまった。 目の前にある便器を見つめる。水が溜まっているそこには私の携帯。 落としてしまったのだ。幸い、データは全部メモリーカードに保存してあるので携帯が駄目になっていたとしてもメモリーカードが無事なら安心だ。そう思いながら急いで携帯を取る。用を足す前だったので簡単に取ることができた。 携帯のディスプレイを見ると、真っ黒。電源ボタンを押しても何の反応もない。壊れてしまった。 私は大きな溜め息を吐いて、トイレに来た目的を果たさずに個室を出た。 友人に携帯をトイレに落とした、とは言えずにその後、授業を受けた。勿論、携帯からはメモリーカードは抜いた。どうやら水にはやられてないようだ。 授業が終了し、昼食の時間。わいわいと賑やかになる教室。弁当を食べようと弁当箱を鞄から出したときだった。 いきなり、ドアが大きな音を立てて開いた。クラス全員の視線がドアに向けられる。そこにはどす黒いオーラを纏ったヒロトが立っていた。 「いるんだろ?」 クラス全員の視線が次は私へと移る。私はいたたまれなくなって弁当箱を持ったまま、ヒロトがいるドアの方へ走る。 何か用かと目で尋ねるとヒロトは、 「ちょっと話がある」 そう言って私の腕を掴み、廊下を歩きだした。 「メール返信なし。電話も出ない。どういうこと?」 携帯のことか。 と言うか、メールに返信がなかったら電話するのかこいつは。今度から気をつけよう。 どす黒いオーラは消えることはなく、ヒロトの周りでゆらゆら揺らめいている。 「あー、それはね…」 「俺のこと嫌いになった?」 理由を言おうと口を開いた途端、ヒロトが今にも泣きそうな声を発した。ぎょっとしてヒロトの顔を見ると、眉はハの字になっていて目は少し潤んでいた。 その表情は女の子より綺麗だった。 「何言ってるの?」 「…」 下を向くヒロトの顔を覗き込むと、ヒロトは笑っていた。心からの笑顔ではなく、顔だけが笑っていて目だけが冷たく私を見ていた。 肩を掴まれて壁に押し付けられる。じんじんと壁に当たった肩が痛む。 「俺を嫌いになるなんて許さないからね。君を放す気はない」 「…ヒロト、何か勘違いしてない?私の携帯壊れたんだよ」 ぴしり、と固まる。私の肩から手が離れた。ばっ、と勢いよく自分の口元を片手で覆うヒロト。顔がみるみる赤くなっていく。 「え、あ…。そう、だったんだ」 その場に頭を抱えながらしゃがみ込むヒロト。なにやらブツブツ呟いている。気になって私もしゃがんで耳をすませた。 「俺、てっきり嫌われたと…。でも君と別れるって考えたら頭が真っ白になって、それで…あんなこと言うなんて自分でも信じられないよ。嗚呼…!さっきのは聞かなかったことに…」 耳まで真っ赤にしているヒロト。それが可愛くて心臓がばくばくと激しく鳴る。 さて、これから女の子より可愛くて綺麗なこの男をどうしようか。 (100507) |