「京子たそ、仙蔵兄ちゃんもういない?」
「いないない帰った帰った」

「oh…よかった…」
「ただいま戻りました」

奈緒と教室に戻るとそこはなかなかに惨状だった。頭を抱えている連中はおそらく扉の下敷きになったやつら。扉は勘ちゃんの手によって直されているが、七松先輩の蹴り痕はくっきりと残っていた。……それはもう恐ろしい程にくっきりと。

「テメェへの恨みは一生忘れねぇからな八左ヱ門」
「俺もう…なんでもいいです……」

立花先輩が蹴り飛ばした教卓がダイレクトに直撃したからか、八左ヱ門は全身が痛むようで、大人しく俺の席の椅子に座っていた。っていうか早く教室戻れよ。まだHRじゃないけどとっとと戻れ。そして俺と奈緒の時間を大切にさせろ。

奈緒が浅水さんと戸塚さんと、昨日の出来事を喋っているようだったが、あまりしゃべられると今度は俺がテレてしまう。昨日の俺はちょっとやりすぎだったかと反省したぐらいだった。無遅刻無欠席に一つ泥を塗ったのというのは正直どうでもいい話だ。今更俺の内申が欠席一つ如きで悪くなるとは思えない。自分の事だけど、これだけは言い切れる。欠席一回がなんだというのだ。勘ちゃんだって遅刻と欠席は多いけどあんだけ成績良いんだし。どっこいどっこいの成績の俺が一回休んだから一気に株が暴落するわけでもなし。奈緒と一緒に居られるのなら欠席だって遅刻だってなんだってできる。と、舞い上がってた昨日の昼。ゲームをして漫画を読んで、調子に乗って絵なんか描いて貰っちゃったりして。それはそれは幸せな時間を過ごせた。そう、クラスメイトが文化祭の後片付けをしている間、俺はできたてほやほやの彼女といちゃこらしていたのだ。ふははは羨ましいかお前ら。俺の彼女は今年のミス大川だ。そして彼氏である俺は有志で優勝した勘ちゃんバンドのキーボードです。はい。これはもう来年の文化祭のベストカップル賞狙えるんじゃないのか。は?先の事見すぎって?別れる気なんてさらさらないですけどなにか?たとえ立花先輩が戦車に乗ってこようとも俺は…。いや、それは怖いな…。

「ドアもはまったし、なんとかなった!」
「ごめん勘ちゃん、やらせちゃって」
「いいっていいって。あとは木下先生が七松先輩に説教するの待ちかな」

冗談交じりにそういいながら、勘ちゃんが席につくと、まだ教室に戻らない三郎と雷蔵も俺たちの席の周りに来た。昨日の話を詳しく聞かせろだの、学校さぼってどこまでヤっただの、朝から最低な事を聞いてくる連中だ。とにかく昨日は本当に何もなかったとだけ伝えた。ゲームして、漫画読んで、お絵かき対決して、手作りの飯をごちそうになったという事だけ。みんななんだとがっかりしたような顔をしたけど、俺からしてみれば最高に楽しい時間だった。

今までずっと片想いだった人と付き合えることになったという事実だけでもご飯が食えるというのに、学校サボって一日一緒にいただなんて、何処の少女漫画だよって話じゃん?まぁ一番の大事件としては奈緒が立花先輩に喧嘩吹っかけた電話した時かな。さすがに俺の命は終わったと思ったぐらいだったし。

「兵助にしちゃ奥手だな。もっと攻めたかと思ったよ」
「俺は三郎と違って慎重に進みたい派なんだよ」

「でもやりたいことはいっぱいあるでしょう?」
「そりゃぁもちろんな」

「ヤりたい子とヤったもん勝ちだぞ」
「俺そこまで自分に正直な勘ちゃん嫌いじゃない」


「で?どうすんだよ立花先輩たちは。一筋縄じゃないかないだろ」
「……そこなんだよなぁ…」


腰を摩る八左ヱ門の言葉に、あぁそうだと思い返した。奈緒はなんとかするよとは言ってたものの、あの六人に認めてもらうにはどういった方法が一番効果的だろうか。あの先輩方が卒業するまで俺は日々ビクついて生活しなきゃならないのだろうか。七松先輩とか振り向きざまに刺してきそうだし、善法寺先輩には背を取られた瞬間クロロホルム吸わされそう。菓子折りの一つ持って行ったら許される、なんて甘ったれた考え持ってたら確実に捕って食われて殺される。なんとかして俺の誠意を見せつけて奈緒にふさわしい男なんだなと認めてもらうしかあるまい。


「兵助顔暗いよ」
「いや、立花先輩たちに奈緒との仲をどう認めさせてやろうと考えてた」
「いやいやいやwwwだから私が何とかするからwwww」
「そうはいかないよ俺だった男なんだから」

「そうだよ鶴谷さん。兵助これでも腹くくってるから応援してあげな」
「まじか。鉢屋くんも兵助の立場だったらどうしようってなる?」

「そりゃぁなるとも。ご両親とまではいかないけど、鶴谷さんを一番側で見ていた人から奪うことになるんだからね。ふさわしい男だと安心させるのは当然の事だろう?」


三郎がそういうと、奈緒もううんと腕を組んで悩んだ。そうだよ、俺は立花先輩から奈緒を奪う形になっているんだから。少なくともあの愛で方は冗談というわけではないだろう。本当に奈緒を大事に思っていたからこそ、立花先輩たちはドアを破壊してまで教室に乗り込んできた。俺が奈緒と付き合ったということが許せなかったのか、それとも許せなかったのか、あるいは許せなかったか。いやどう考えても許せなかったんだろう。こりゃぁ本当に、一筋縄ではいかないぞ。

「レポートでも提出したら?」
「何を?俺の推薦文?」
「そう。奈緒ちゃんが兵助のレポート書いてwww立花先輩にwwww提出wwwwww」
「不破くんバカスwwwwwwwwwwww」

それもいいかもとか思ったのは秘密にしておこう。


「いや、でも絶対、いつかはきちんと認めてもらうつもりではいるよ。立花先輩たちは本当に奈緒のこと大好きなわけだし、ぽっと出の俺がそんな奈緒を手に入れちゃったわけだから、怒るのも無理はないって」

「いやでも、」
「これだけは譲れない。大丈夫、別に乱闘するとかそういうことはありえないから。っていうか、勝ち目ないし」

冗談交じりにそういって笑ってみせると、腕を組んで難しそうな顔をしていた奈緒も思わずといった感じにつられて笑ってしまった。

卒業までにはなんとか認めて貰えればいいけど。怯えながら生活するのも、ちょっと嫌だからな。付き合っただけでこんなに反対され攻撃されるだなんて…。嫁にもらったらチェーンソーとか持ってきそうだな…。


よ、………嫁?!?!?!?!???!!!??!ごめん気が早まりすぎた!!!!!!!!


「忘れて!?!?」
「何を!?」
「あ、いやなんでもないごめん」


嫁か…。ちょっと先走りすぎた。落ち着け俺の俺。まだ高校生の分際で本当に俺というやつは。



長い時を経てようやくスピーカーからHR開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「おっ、HR始まる。ほらほら二組はとっとと教室戻れー」

「あっ、じゃぁ今日はみんなでお昼食べようよ!屋上の鍵借りてきてさ!」
「それは良い考えだ。鶴谷さんたちもね。じゃぁ昼にまたな」
「あー雷蔵三郎、肩かして……腰痛い…」

「情けないなハチ。ほらとっとと立て立て!」


「あららご飯ご一緒していいの?」
「いいんじゃない?あいつらがそう言うんだから」
「やったねたえちゃん!ねぇ京子真美今日はイケメンに囲まれて飯だよ!」

「やだイケメン怖い!!!!!!」
「クラスタに殺される!!!!!」


勘ちゃんに背中をバシバシ叩かれ、八左ヱ門は呻きながら立ち上がり、三人は一組の教室を出て行った。それと同時ぐらいに先生が前のドアから入ってきて、朝のHRが開始した。

ほいと前の席から勘ちゃんが無印のシャーペンを貸してくれて、木下先生の話を聞きながら俺は机の中から一時間目の準備を取り出した。教科書とノートを出し終え姿勢を正すと、ぽんとその上に小さいメモが飛ばされてきた。飛ばされてきた方向は、他の誰でもない奈緒から。何?と視線を向けると、あけてあけてとそのメモを指差した。

ノートのはしを切り取ったであろうそのメモは小さく折りたたまれていた。なんだろうかと思い開くと、其処には小さい字で




『お弁当を作ってまいりました』



という文字。自分でも顔に熱が集まったのが解るし、嬉しすぎて横を向くと、顔を教科書で覆い隠す奈緒の姿。恥ずかしがっている、のだろうか。

確かに良く見ると、お弁当の手提げがふたつ、奈緒の机の横にぶら下がっていた。






「…〜〜〜〜〜っ!!」



「お、久々知どうしたー」
「〜〜!なんでもないです…!」






こんな幸せでいいのだろうか。

俺は今間違いなく、この世で一番の幸せ者だと思えた。

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