名前先輩が御帰りになられた。その話は外の掃き掃除をしていた乱太郎から聞いた言葉だった。名前先輩が大きな籠に揺られて学園の近くまで来て、凛としたお姿で歩いてこられたと。

「まるで、本物のお姫様みたいだったよ」

うっとりとした顔でそう教えてくれた乱太郎。名前先輩は忍者服の時も忍者服じゃない時も、とっても美しい。でもそのお姿は乱太郎も知っているはず。それでもなおそんな反応なのならば、いつもとは違う格好で帰って来られたという事かな?尾浜先輩の話では一週間は帰って来ないだろうと仰られていたけど、名前先輩が忍務に出てから二週間と経っていた。どんな過酷な忍務なのかと思いきや、お姫様みたい?どういうことだろう。

「あ、あの、山本シナ先生」
「あら庄左ヱ門くん、こんにちは」
「こんにちは!あの、名前先輩がお帰りになられたと聞いたのですが」
「えぇ、今し方。部屋に戻っていったわよ」
「名前先輩に、御目通り願えませんか。久しぶりにお話したいんです」

くのいち教室に無断で立ち入るは死に値する。そう先輩方から教えられてきたから、僕はきちんと山本シナ先生に許可を頂くことにした。シナ先生は一瞬戸惑うような顔をしたが、僕が名前先輩が委員長である委員会の後輩であるからか、許可を出してくださった。

「でもね庄左ヱ門くん、気を付けなさい」
「へ?何をですか?」
「いまが昼とはいえあそこは夜の欲望の香りがするわ。貴方には少し早いかもしれないわね」

シナ先生はするりと僕の頬を撫ぜて、図書室の方へ歩いて行かれた。夜の欲望とは一体どういうことだろうか。僕は一旦食堂へ行き、食堂のおばちゃんにおむすびを二つ作ってもらうことにした。もし名前先輩がお腹を減らしていたら大変だ。その時はこれを食べてもらおう。笹の葉でつつんだおむすびを持って、僕はくのいち長屋へ足を運んだ。途中で出会ったユキちゃんに名前先輩のお部屋を教えてもらい、僕はその部屋の戸を控えめに小さく二回叩いた。

「あ、あの、名前先輩」
「あれ?その声は庄ちゃん?どうしたのここくのいち長屋だよ?」
「名前先輩がお帰りになられたと聞いて…」
「うんうん、あ、お出迎え?ありがとう嬉しい。入っておいでな」
「あ、は、はい。失礼します」

戸を開き、中にいた姿に、僕は息を飲みこんだ。其処にいた人があまりにも、美しかったから。

「ごめんねこんな格好で。適当に座っててくれる?」

名前先輩は凄く高そうなお着物を何枚も重ね着していて、一番上の深紅の着物なんて鶴が舞っている美しい模様だった。蝶々のように広がった髪は色とりどりの簪で飾られていているが、化粧は控えめ。そのお姿はまるで本物のお姫様。美しいとしか、表現できない程に。

「名前、先輩。あの、そのお姿は…」
「んー、説明してあげてもいいけど、庄ちゃんにはまだ早いかな」
「……夜の欲望って」
「あぁ、シナ先生から聞いたの?やだなぁシナ先生ったら庄ちゃんに変な言葉教えて」

正直、胸がとてもドキドキしている。だって名前先輩がとってもお綺麗だから。鏡を見つめながら一本一本簪を抜いていくお姿があまりにも綺麗で、僕は思わず見とれてしまっていた。部屋に入ってすぐの場所でぺたりと座り込んで名前先輩を見つめていると、ぐぅと小さく名前先輩のお腹が鳴いた。そこで僕はおむすびを持ってきていたことを思いだして、名前先輩に二つとも差し上げた。

「これ、もしお腹が減ってたらと思って…」
「お前はどんだけ気がきく良い子なんだろうか…。もらっていいの?」
「そのためにおばちゃんに作ってもらったんです。どうぞどうぞ」

名前先輩は僕が懐から取り出した笹の葉包のおむすびを受け取ると、鏡から僕の方へと向きを変え、一つ掴んで口に運んだ。やっぱりその仕草だけでもとても綺麗。でも、綺麗という言葉とはちょっと違うかなぁ。美しい。綺麗。……ううん、なんていうのが適切なんだろう。

「失礼します、名前先輩お湯を…」
「ありがとう恵々子。其処においておいて」

二つ目のおむすびを食べ終わった時に、僕の後ろの戸が開いた。湯気があがる桶をおいて恵々子ちゃんは部屋から出ていった。

「…名前先輩、そんな格好で何処へいっておられたのですか?」
「んー、西の島原っていえば解るかなぁ」

島原と言えば僕の地元の方じゃないか。

「そういえば、島原では名前先輩みたいな恰好をした綺麗な女性が、大きな門の向こうに入っていくのを見かけたことがあります。あそこは一体どういうところなのですか?」
「ふふふふ、庄ちゃんにはまだまだ早いよ」
「早いってどういうことなんですか?」
「そうだなぁ、三郎か勘右衛門に聞いてごらん。名前先輩はここ二週間、遊女の役をしていたそうですって」
「ゆうじょ?」

あまり意味が解らない単語だった。ゆうじょって一体なんだろう。名前先輩とっても綺麗だし、芸者さんって意味かなぁ。頭の中でふわふわと名前先輩が扇を持って踊っている所を想像していると、名前先輩はふふふと笑った。

「どういうことをされるんですか?」
「そうだなぁ、男の人と一緒に寝るのよ」
「え?それだけのお仕事ですか?」
「そ。それだけのお仕事。でもそれがとても疲れるんだよ。寝不足で寝不足で」

お湯に手を入れ顔を洗うと、名前先輩のお顔から化粧がとれていった。うん。お化粧とれても名前先輩はとっても美人だ。

「じゃぁ名前先輩!僕と一緒に寝ましょう!」
「え!?」
「僕寝相悪くない方です!僕と一緒に、委員会が始まるまでお昼寝しましょう!」

男の人と一緒に寝るのがとても疲れる。それってきっと一緒に寝た男の人が寝相が悪くて、名前先輩が寝られなかったからに違いない。僕は寝相は悪くない。いつだってお布団の中で目が覚める。だったら僕と一緒に寝てくれれば、きっと名前先輩はぐっすり眠れるはずだ。まだ委員会まで時間があるし、名前先輩にはゆっくり休んでもらおう。押入れから布団を取り出し床に敷き、枕も出して、はいどうぞ!と名前先輩の手を引いた。

「えぇ、本当にお昼寝していいの?でも私庄ちゃんの膝枕で寝たいなぁ」
「布団で寝るのが一番効率的だと思いますけど?」
「あはは流石冷静だねぇ。じゃぁお言葉に甘えて、ちょっとお昼寝しようかなぁ」

ううんと背伸びした名前先輩はするりするりと着物を引きずって、僕が敷いた布団の上で横になった。ほらおいでと僕の手を引いて、僕も名前先輩の方を向いて横になった。甘い香りがする。とってもいい匂い。名前先輩は細い指で僕の頭巾をするりととって、僕の身体を抱きしめる様に抱え、大きく息を吐いて目を閉じた。

「庄ちゃんはあったかいねぇ」
「名前先輩は良い香りがしますね」
「そう?ありがとう」
「苦しくないですか?眠れそうですか?」
「うん…、ありがとう、庄ちゃん」

やっぱり名前先輩はだいぶお疲れだったのか、これを言ってすぐ、規則正しい寝息を始めた。

そういえば、おかえりなさいと言うのを忘れていたと、今更、名前先輩の腕の中で反省する僕だった。





ファンタスティックパイライト
解った。「色っぽい」だ。





「名前先輩、委員会のお迎えに……」
「…ここなんて遊郭?」


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