フラれた。


あの人に恋をしたのは中学のとき。同じクラスで、新学期の一番最初の隣の席になったのがあの人だった。最初は別になんとも思わなかったのに、忘れた教科書見せてくれたり、たまに話したりするたびに、ちょっとずつあの人が好きになっていった。それで、気づいたら、大好きになってた。



そして高校2年の夏、私はその人に思いを告げた。


でもね、友達のままで、このままの状態でいたいんだって。



中学とき、彼は好きな女性のタイプで、何個か項目を挙げたが、その中に"腰までの長い髪"と言っていたのを、私はずっと覚えていた。私は帰宅部で、運動部に所属していて髪が邪魔、ということはなく、勉強中は前髪をピンで上げる位のことをしていた。なんとなく邪魔だから首元まで切っていた。彼がそういうならと、私は今の今まで髪の毛を伸ばし続けた。腰までいったら、彼に思いを伝えようと、そう考えていたのだ。


そしてその結果がこれ。今までなんのために伸ばしてきたのか、全く解らない。夏場の、夕日の射す教室で風になびかれる私の髪は、彼のために伸ばしていた髪。あぁ、無意味。せっかくここまで伸ばしてみたんだけどな。

「女は失恋したらバッサリ髪を切る」なんてよく言われるけど、まさに今がそのとき。

私はゴミ箱の前に立って、髪を一つ結びにして、結び目にハサミを近づけた。もうバイバイ。こんな長い髪、いらないの。彼が認めてくれないなら、いらないの。

チョリ、と少し切れたと思ったら、私の手首を誰かが掴んだ。


「ねぇちょっと!何してんの!?」


あれ、この人、隣のクラスの、


「斉藤、さん?」


なんか帰国子女で編入生の。確か、二個上だった気がする。

「なんで髪切ろうとしてるの!?しかもこんな文房具用のやつなんかで!」

確か彼は美容師の腕を磨くため留学をしに海外へ行っていたという話を聞いたことがある。
あぁ、いかにも、って格好してるわ。金髪だし。


「えーっと、立花仙蔵くんの妹の、名前ちゃんだっけ?」
「え、」
「知ってるよー。髪の毛、サラサラのふわふわだもん。一回触ってみたかったんだぁ」

名前ちゃんでいい?タカ丸でいいよー。と言う彼は、ふわりと私の手から鋏を奪い結んでいたシュシュもとった。はらりと髪が落ちて風になびいた。


「教室で髪なんか…。え、よくみたら目もはれてるじゃん。どうしたの?イメチェン?」
「んーん。失恋しちゃったの」
「あ…」
「目は多分、泣いてたから。気にしないで。もう終わったことだから。けじめをつけようと思って切ろうとしてたの」
「…切っちゃうの?もったいなくない?」
「だって…」


あの人のために、伸ばしていたんだもの。



「んー。ね!この後暇?」
「ん?」
「その髪、僕に切らせて!」
「え?」

返事もしていないのに、バッグを持たされ下駄箱へ腕を引かれて走る。綾部くんに「僕のクラスメイトを誘拐ですかタカ丸さん」と声をかけられて「そうなんだー」という間の抜けた会話が聞こえ、ちょっと笑ってしまった。

あれよあれよというまにタカ丸さんの自転車の後ろに乗せられ、自転車をこがれること20分。

学校からさほど遠くない場所にあるであろう、び、美容室?

「ここ僕の家!」

あぁなるほど。美容師の留学していたといっていたもんね。

さぁ入ってと扉をあけられると中は凄く広い。「ありゃタカ丸、早かったな」と声をかけるのは、タカ丸さんのお父様だろうか。

「父さん、ちょっと奥の部屋借りていい?」
「構わんよ。お友達かい?」
「は、初めまして」
「いらっしゃい」

「名前ちゃん!こっちこっち!」

カーテンで仕切られた別室ともいえる広い空間。シャンデリアのようなライトが、ワックスとか、スプレーとか、いろんな薬品を照らし出していた。芸能人のメイクルームって、こんなんだろうかと思うほどの豪華な部屋だった。

「ここに座って。髪の毛切るなら文房具の鋏なんかじゃなくて、ちゃんと髪の毛専用の鋏で切ろうよ」

手に渡されたのは、さっき教室で使おうとしていた文房具用の緑色のハサミ。そこ座ってて、と、一つしかない椅子を指差してタカ丸さんはカーテンの向こうに行ってしまった。私はバッグを足元において椅子に座った。

目の前にあるのは天井まである大きな鏡。そこに映っているのは、さっき泣いたせいか、ほっぺも目も赤くした私。見てらんない。私は思わず下を向いてしまった。

「こらー!いつまで落ち込んでるのさ!」

ぐいっ!と頭を上げられ、また鏡に映る自分とご対面。底そこにはジーパンに黒いTシャツというラフな格好になったタカ丸さんがいた。

「ここまで長いと切りがいがあるねぇ。どんな感じにしたい?」
「え、えっと」
「まぁ、急に言われても困るよねぇ。ね、僕に全部任せてみない?」
「え!」

肩に手を置き、鏡越しに私と目を合わせた。



「僕が、名前ちゃんがまた新しい恋できるような魔法、かけてあげるよ」



首にタオルを巻き、その上から全身を覆うカバーのようなものを掛けられて、タカ丸さんは準備に取り掛かった。さっき自転車でスピード出しちゃったからかなあ、と、私の髪は素直に櫛を通してくれないらしい。

「あの、タカ丸さん」
「んー?」
「タカ丸さんの髪って、地毛なんですか?」
「んーん、元々は茶色だったんだけど、自分で染めたんだ」
「綺麗ですね」
「やだなぁ、タメ口でいいよー」

ジョキっと音がして、パサッと小さい音が鳴った。ここまで切ったよと、タカ丸さんは二の腕らへんをつついた。あぁ、私の3年間の頑張りが、こんな簡単に終わりを告げるのか。


「もったいないねぇ。こーんな綺麗な髪の毛してるのに、名前ちゃんをフった男の子は何を考えているんだろうね?」

シャキシャキなる音が心地いい。作業順調に進めていくタカ丸さん。ちょっと足元に視線を向けるともう大量の髪の毛が落ちていた。タカ丸さんが前に回って、前髪を切られた。急に視界が明るくなる。


「私ね、中学生の時から、あの人のために髪を伸ばしてたの。長い髪の女の子がタイプだって言うから、私頑張ったのよ。ずっと伸ばして、鬱陶しくなっても、振り向いて欲しくて、ずっと伸ばしてたの。だけど…フラれちゃった。あのときタカ丸さんに止められてなかったら、私絶対あの場でバッサリ切ってたと思う…。何のために伸ばしてたのか、全然わかんなくなっちゃったから。3年間、無意味なことしてたな…。」

ドライヤーをかけて切った毛を払う。見えるだけでも胸まで来てる。すごい短くなった。


「それは、ちょっと違うんじゃない?」

「え、」

クリーム状のようなものを手袋をはめた手にのせ、髪に塗りこんでいく。

「結果はどうであれ、名前ちゃんは3年間その子のために頑張ったんじゃない。誰かのために一生懸命になれるっていうのはいいことじゃない!たとえちっちゃーいことでも、名前ちゃんはどっかしら成長する。今回は、…まぁ、フラれちゃったけど、恋が出来たじゃん!一生懸命になれるような相手がいたんでしょ?その期間は楽しかったんじゃないの?」

「うん、楽しかった…。」

「ならいいじゃない。後悔する様なことはないよ。無意味なことなんて、なーんもないよ」

「そう、かな…」
「おーとも。名前ちゃんはいい女だよ。僕が保証する」
「…ふふ、ありがとう」


タカ丸さんはまた笑った。

さっき泣いたからかな。まぶたが重い。それに察したのか、タカ丸さんは「出来たら起こすよ」と肩を叩いて、カーテンの向こうへ行ってしまった。私はそのまま眠気に身を任せた。頭が軽い。









・・・―ん、名前ちゃーん!」

「!」

「起きた?ほーら、出来たよ!」

「あ、ありが、…とぉ!?」


やれやれと後ろのカーテンから出て行くタカ丸さん。起きてすぐ眼に入る鏡。そこに映る私の姿を信じられなかった。眠っている間に何があったのか、私には理解が出来ない。

腰まであった髪の毛は胸の上まで。緩くウェーブのかかった毛先。長かった前髪もパッツンとまではいかないが、以前に比べれば断然短い。

それより何より、私が一番驚いたのは、髪の色が、茶色に染められていたこと。
人生初だ。人生初のカラーリング。眠っている間に、何が起こったというのだ。

「嘘…」
「どう?バッサリ切るついでに毛先のふわふわ利用して思い切ってカラーリングとパーマもしてみたんだけど?ちょっと痛んじゃったけど、結構名前ちゃん毛強いみたいだし」

前髪を上げて、タカ丸さんはポンパドールを手際よく作った。


言葉にならなかった。凄く、凄く、……………可愛い。

自分だと思えない、可愛い。




「………って、名前ちゃん?」

あ、気に入らなかった!?とわたわたし始めるタカ丸さんはごめんねー!!と手を合わせてくるが、



「…凄い、素敵…!スゴすぎ!タカ丸さんすごいよ!本当に魔法みたい!!」
「お、怒ってない?」
「怒るわけないじゃない!凄い…!本当に、別人みたい…!」

家に帰ってお兄ちゃんに怒られないかとか、友達にどういう反応を取られるかとか、一瞬でいろんなことが頭をめぐったけど、そんなのどうでもいいと思えるほど、魔法に掛けられた気分になっていた。

本当に凄い。それしか言葉が出てこない。









「ごめんなさい。家まで送ってもらっちゃって」
「気にしないで。元々は僕が拉致したのが問題なんだから」

そういうとタカ丸さんはヘルメットをかぶってバイクにまたがった。

「今前髪とめてる蝶々のピンはおまけであげる。お近づきのしるしに!」
「うん、本当にありがとう」
「うん!また明日ね!」

手を振って、バイクが発車した。

あぁ、本当に魔法にかけられた。

明日は前髪を下ろしていこう。


ポンパドールはちょっと恥ずかしい。







金髪とポンパドール





「おかえ…な!名前!?」
「お兄ちゃんただいま」
「お前、その頭どうした!!とうとうグレたか!!」
「え」
「斉藤か!斉藤にやられたのか!!」
「お兄ちゃん?」
「あいつめ私の髪を狙うだけでは飽き足らず妹にまで手を出したか!」
「お兄ちゃん!?」
「万死に値する!」
「お兄ちゃんんん!?!?」

なんだこれ全然短編じゃない。
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