「浦風藤内くぅん、君に面会人だよぉ」
「…へ?僕に?」

授業中のことだった。ひょっこり教室の扉から顔を出したのは事務の小松田さんで、僕を見つけるなりそう言った。僕に面会人なんて、今迄この学園で過ごしてきて初めてのことだ。実家は大型連休にならないと行けない様な距離だから、両親が来たわけじゃないだろう。っていうか、両親が呼び出しを食らうほどの問題を起こした記憶など無い。となると心当たりは一人としていない。先生が授業の途中退席を許可してくれたので、後で数馬にノートを見せてもらう約束をして、小松田さんの背について行った。

「今学園長先生の庵にもお客さんが来ているから、とりあえず浦風くんの長屋の部屋に通しちゃったんだけど、大丈夫だった?」
「はい、ありがとうございます…」

既に行動に起こした後で、大丈夫じゃないって言ったらどうするつもりだったんだろう。さすが授業中とあって廊下には誰一人としていなかった。三年長屋につき、小松田さんは此処からは一人でと言い残して事務室の方へ去っていってしまった。っていうか名前聞いておくべきだった。僕の部屋に誰かがいるのか。本当に、一体誰だろう。

「…しつれいしま……」

緊張しつつ部屋の中に入ったが、そこには誰もいなかった。おかしい。小松田さんの話では僕の部屋に招いたと言っていたのに。ん?じゃぁここは僕の部屋じゃない?いや名札には僕の名前が書かれている。いつもの部屋なのに、なんだろうこの違和感は。くるくると部屋の中を見回してみても誰に姿もない。壁をぽんぽんとたたいてみても何の感触もない。隠れ身の術を使っているわけじゃあなさそうだ。いやいやいや、お客さんが忍者って決まったわけじゃないのに僕は一体何をやっているんだ。

「!」

すると突然、背の方にある長屋の縁側で何かが転がったような音がした。振り返ってみると、なぜかそこには木の枝が。まずい!これは下着の術だ!

あ、と思った時にはもう遅く、僕の口は後ろから塞がれ首にはクナイが当てられていた。

「動くな。お前が浦風藤内だな」
「!!!!!」

耳元から聞こえる低い声にぞわっと背筋が凍り、血の気も引いた。誰だ。一体なんで。

「わけあってお前を殺しに来た。御命頂戴仕る」

涙が出るほど怖くて、全身が震えた。だけど、こんなところで見ず知らずのやつに殺される為に、三年間忍者の勉強をしてきたわけじゃない。クナイが勢いをつけて僕の首を狙うため少し離れたその瞬間を狙って、僕は真後ろの曲者に肘打ちを食らわせ懐の手裏剣をうった。だが案の定いとも簡単にそれは弾かれてしまった。ならば奥の手をと、緊急時用に持っていた煙幕弾を部屋の床に叩きつけ、一気に長屋から脱出した。

「っ、はぁ!はぁっ…!」

僕の部屋の中は白い煙幕でいっぱいで、曲者が何処にいるのかもわからない状態だった。心臓が喧しい。急いで職員室に行って、先生たちに伝えなきゃ。


「油断大敵火がボーボーってね」


だが逃走は、真後ろに移動していた曲者の手によって阻まれた。がっしりと後頭部を掴まれ身動きができたない状態。あぁもうだめだ。殺される。そう思って固く目を瞑った。だが一向に武器による痛みは襲ってこなかった。それどころか

「煙幕弾には貴重だが胡椒を混ぜるべきだ。敵がそれを吸い込んでくしゃみの一発でもかませば曲者の位置が解るし、唐辛子なんかを混ぜておけば効果は抜群!しばらく呼吸も辛いだろうよ」

まさかの煙幕弾へのアドバイス。


「相変わらずあと一歩の詰めが甘いな、藤内」

「…名前さん!?」


口元を覆っていた黒い頭巾を外した曲者は、見覚えのある女の人だった。にっこり笑って久しぶり!と僕を抱きしめたのは、僕の隣の家のお姉さん的存在である名前さんだった。

「名前さん!名前さん!お久しぶりです!」
「んー相変わらず可愛いなぁ藤内!このぷにぷにほっぺ!癒されるぅ!」

僕の顔を両手で包んで、名前さんは微笑んだ。

「な、何してるんですか!本物の曲者かと思いましたよ!」
「いやぁ、普通に座っているだけではもったいないと思ってちょっと仕掛けてみたよ。随分賢くなっているじゃないか!肘打ち効いたわ」
「殺されるかと思いました…!」

名前さんは僕より五つ年上で、此の学園の卒業生だ。だけど僕と名前さんはご近所なので、先輩と言うより知り合いのお姉さん。実家に帰る度に遊びに行っていたが、名前さんが学園を卒業してからは一度も逢えていなかった。お仕事が忙しいらしく、僕の連休と名前さんの休みが重なる事はなかった。でも今日は、どうやら僕に用事があったらしく態々会いに来てくださったんだと言う。

「それで、僕に御用ってなんですか?」
「久しぶりに実家に帰ったらお前の母君と父君から手紙を預かって来たんでね。安心しろ、中身は見てないぞ」

煙幕も消えた部屋に今一度名前さんを招き、座布団を出して座らせた。僕に用事は父と母からのお手紙配達らしい。名前さんは懐に入れていた封筒を取り出し、ほれと僕につきだした。両親から手紙なんて珍しい。一体何があったのか。

「……えっ!?」
「え!?どうした!?」

その中身は驚きだった。僕に、見合い話が来ているらしい。

「へぇ見合いかぁ。モテモテじゃないか藤内」
「い、いやですよこんな…!み、見ず知らずの人と結婚なんて!!」

一目僕を町で見て、気に入ったどこぞの百姓の娘がいるそうだ。是非話だけでもしに帰って来いという内容だった。普通の家の浦風家に百姓の娘が惚れたなんて、棚から牡丹餅、藪から棒。思ってもいない逆玉の輿だろう。が、僕は絶対に嫌だ。結婚なんてしたら、此の学園にはいられないことになるじゃないか。プロの忍者を目指して三年間も過ごして来たというのに、たった一人の一目惚れなんかのためにこの生活を投げ出す事なんてできない。それに一目惚れなんてありえない。僕の何が心に引っかかったというんだ。僕は絶対に嫌だ。結婚なんかするもんか。

「い、嫌です!絶対に帰らないと伝えてください!!」
「なんでだ。百姓の娘だぞ?きっと良い家だ。血にまみれていつ死ぬかもわからない様な生活じゃなくなるじゃないか」
「ででででも僕はプロの忍者になりたくてここにいるんです!結婚なんかしません!!」

話だけでもなんて嘘だ。一度帰れば絶対にそのまま結婚させられること間違いなし。逃げ場は無くなる。僕は急ぎ紙と筆を取り出して、「そんな話をするのなら二度と家には帰りません」と書いて名前さんにお届けしていただくように頼んだ。帰るもんか。百姓の人間なんかと結婚してたまるもんか。

「勿体ない。いい縁談なのになぁ」
「嫌ですよ!来週連休あるから顔出そうと思ってましたが、もう帰らないです!!」

「そうかそうか。それなら藤内、この私と結婚しないか?」

「…………は!?!?!??!!」

名前さんは僕から手紙を受け取り其れを懐にしまった。名前さんから出た言葉に目をぱちくりさせていると、名前さんはにっこり微笑んで僕を見つめていた。

「結婚までとは言わずとも、意地でも実家に帰らないというならご両親が諦めるまで私と一緒に暮らさないか?私も仕事が忙しくて旦那を貰い損ねているもんでね。藤内とだったら上手く暮らせるような気がするんだけど…どう?私の嫁に来ないか?」
「お、およめさん…!?名前さんのですか…!?」
「そう。今は此処からそう遠くない所の貸家に住んでるから登校にも不便じゃないと思うよ」

其れは思ってもいない話だった。名前さんのお嫁さんになる。嫁て。僕男なのに。名前さんの一人暮らし先にお世話になるなんて思ってもいない提案だった。連休家に帰るのは、ほとんどの生徒が休みは実家に帰るので、一人だけ残っていても寂しいからだ。でも今回ばかりは無が違う。家に帰れば見合いをさせられる。そんなの絶対に嫌だと思っていたところに、名前さんの家に御厄介になる提案がわいて出た。そんなの、冷静に考えれば答えは一つなわけで

「…お言葉に甘えたいです」

そう返すほかなかった。

「よしきた!じゃぁ来週迎えに来るよ。荷物まとめて校門で待ってて。じゃぁまたな」

そう言い残して名前さんは長屋から出て行って、塀の前で待ち構えていた小松田さんにサインを書き渡し、塀を飛び越え姿を消した。


…え?ちょっと待って?ってことはつまり、来週名前さんの家にお嫁にいくって事?僕が?名前さんと結婚?



やばい、花嫁修業なんてしてなかった。

今からでもまだ、間に合うだろうか。


授業終了までまだ時間がある。シナ先生にお願いして、来週までくのいち教室で過ごさせてもらえないかと頼むことにしよう。







「シナ先生!!僕を立派なお嫁さんにしてください!!」
「え?なんですって?」







だってお嫁さん
お嫁さんになる予習だってこなします!
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