「あっ、な、中在家先輩!」
「…名前か…」

桶に水を汲んで花壇に向かうと、もう既に深緑色の制服がそこに座り込んでいた。中在家先輩だ。

中在家先輩が生物委員会で管轄している庭園でひっそり花を育っていることを知っているのはごく限られた人間しか知らないらしい。それもそのはず。男が花を育てるなんてと思われてしまうからに決まっているだろう。そして私もその少数の人間に含まれているという事実はとても光栄なことだと思った。そりゃぁ私は別に中在家先輩が所属されている委員会の後輩じゃないし、特別な関わりがないと言えば関わりはないのだが、中在家先輩とお知り合いになったのは私が本を読むようになってからだ。最初はただ薬の調合を調べようとして図書室へ向かった程度の軽い気持ちだった。毎日本を読んでいるからとかそういう理由じゃない。むしろ、この時初めてくのたま生活初の図書室入室だったかもしれない。五年も何をしていたのかと言われればそりゃぁ本が必要だったら友達が行くついでに借りてきてもらったって感じだったし。つまり、この時までは中在家先輩とは関わりなんてなかったって事ですわ。

「ねぇ不破くん、こういう名前の薬の調合法が書いてる本、御存じ無いかな」
「やぁ苗字さん。……う…うーん…?」
「解らないならいいの、自分で探すから」
「あ、………ちょ、ちょっと待ってね、委員長に聞いてみるよ」

友人が書いた薬の名前は聞いたことのない名前だった。どうやら眠り薬として使うものらしい。同い年で良く実習でペアを組む不破くんの姿が目に入ったのでにその薬の名前が書かれた紙を見せたのだが、不破くんも聞いたことがないのか首をかしげて難しそうな顔をした。聞いたことがないのか、はたまた友人の字が汚くても文字が読めなかったか。いずれにせよ不破くんは自分は力になれないとでも言いたそうな顔をして、代わりにと私に手招きして貸出カウンターに連れて行ってくれた。

「すみません中在家先輩、少々お時間よろしいでしょうか」
「…もそ……」

六年ろ組の、中在家長次先輩。名前は知っている。あの暴君の手綱を握れる唯一の六年生だとか。不破くんは小さい声で事情を説明して、私が手に持つ紙を指差した。

「……こっちだ…」
「あ、す、すいません」
「…雷蔵、受付を代わってくれ…」
「はい!」

さっきまで中在家先輩が座っていた場所に不破くんが座って、私の方に向かって可愛い笑顔でひらひらと手を振った。私は大人しく中在家先輩の背中について行ったのだが、どうやら私はさっきまで見当違いの場所を探していたらしい。さっきまで本を漁っていた場所とは違うところへ、中在家先輩は私を連れて行ってくれた。中在家先輩が少し背を伸ばすようにしてとった本はとても古い本だったのだが、ぱらりとめくって見えた中身はとても高度な薬の調合の仕方が書かれた本だった。そして中在家先輩が指差した目次のページ。先輩の人差し指の先に、私が求めていた薬の名前が書かれていた。

「す、すごい…!これです!この名前!こういう本、よく読まれるのですか?」
「…いや、製薬は伊作の担当分野だ…」
「……ではなぜ場所を?」
「…此処にある本の内容は…全て頭に入っている……」

中在家先輩のそのかっこよすぎる一言で、私のハートは撃ち抜かれた。撃ち抜かれたという言い方はおかしいだろうか。惚れたというより、尊敬に値する人となったという言い方の方が正しいのかもしれない。中在家先輩はその一言を残して私に背を向けカウンターの方へ戻っていかれてしまった。凄い。こんなにたくさん量のある本を全て頭に入れているだなんて。あの人が首席かな。いや、我が立花先輩も負けてはいないだろうけど。

中在家先輩の背について行き其処にいた不破くんに貸出を御願いすると「力になれなくてごめんね」と眉をさげた。

「いいの、こっちこそ委員会中に話しかけてごめんね」
「あ、いいからいいから。そんなの気にしないで。えーっと、じゃぁ貸し出しは一週間後までね。返却忘れないで」
「はーい」

「で、どんな薬を作ろうとしてたの?」

不破くんもその薬について知らなかったようで、どれどれ?と身を乗り出して私が持っている本を覗き込んだ。さっき中在家先輩が指差したページにとんでみせると、不破くんは少し難しそうな顔で視線を滑らせていた。

「へぇ、なんか難しそう。こんなに材料使うんだね」
「でもちょっとこれは無理かもしれない」
「どうして?」
「この名前の花、くのたま長屋の花壇に咲いてないんだもの。町まで買いに行かなきゃいけないと思うと…」

面倒、という言葉をつづける前に、中在家先輩が私と不破くんの会話に反応して本を覗き込んでこう言った。


「……その花なら、私が育てている」


思わず私は私語厳禁の図書室で「え!?」と大声を上げてしまった。不破くんがシーッ!と口元に指を当てているが今はそれどころじゃない。この一見堅物そうに見える中在家先輩が花を育っている?なんの冗談か。中在家先輩は読みかけであろう本を持ったままおいでおいでと手招きした。ほいほいついていった私はあれよあれよというまに図書室を出て、学園を出て、生物委員会が管轄しているという薬草園にたどり着いた。

「…これであっているはず…」
「あーっ!これですこれこれ!凄い!本当に中在家先輩お花育てていたんですね!あ、あの、これお譲りしていただくことは…!」
「……好きに持っていっていい…」

これが、中在家農園を知った理由である。中在家農園の広さはそれほど広い物ではなったが、色とりどりの綺麗な花が咲いていた。中在家先輩は私が欲していた花をクナイで何本か切り私に譲ってくださった。ありがたく頂戴しますと頭を下げて、私は中在家先輩から頂いた花を頭巾で包んで懐にしまった。

「中在家先輩はお花が好きなんですか?」
「…心安らぐ……」
「えぇ、そうですよね。私もお花好きですよ。でも枯れる時が来るととても心苦しくて」

私がそう言って眉を下げると、中在家先輩は何か思いついたように手に持っていた本を開いた。

「…もそ…」
「うわ、凄い綺麗…!」

中在家先輩が私に差し出したのは綺麗な白い花が張り付けられたしおりだった。

「鈴掛の花ですね!とても綺麗!」
「……それをやろう…」
「えっ、いいんですか…?こ、こんな綺麗なしおりを」


「………鈴掛の花言葉は、『努力』…。調合頑張れ…」


中在家先輩はそれを言い残し私の頭をわしわし撫でて、中在家農園から遠ざかっていった。

「か、かっこいい……!!」

私はさっき、中在家先輩は尊敬に値すると言ったが、その発言は撤回するとしよう。此れは恋だ。紛れもない恋。あまりにも中在家先輩がかっこよかったため、私はあの時中在家先輩に、間違いなく恋に落ちた。



「で、その運命のしおりがこれってわけね」
「本当にっ…!中在家先輩かっこよかったの…!」

場所は図書室。本を読んでいたはずなのに本から視線をそらしぼーっとしている私を心配してか、不破くんが顔を覗き込むようにして私の正面に座ってきた。私の視線の先はこのしおりだったらしくて、不破くんはそれを不思議そうに摘まんでは「これ中在家先輩のじゃないの?」と私に言った。私がかくかくしかじかでと説明すると、一瞬驚いたような顔をしたが、なるほどねとしおりを返してくれた。

「中在家先輩、よく図書室を利用する人にプレゼントしていたりするんだよ。あそこの薬草園で育てた花で作ったしおり。僕も貰ったことあるもの」
「でもさぁ…!花言葉言ってあたま撫でて去っていくとかさぁ…!かっこよすぎると思わない!?」
「…苗字さんはそれで心持ってかれちゃったってわけだ」
「もー…!本当に無理…!心が苦しい…!!」

今は図書室を利用している人がいないからどれだけ喋っていても私と不破くんの声しか聞こえない。いくら喋ってもいいとはいえ少々興奮しすぎだろうか。

「男の人で花言葉を添えて花を送ってくれるとか…!平安貴族かって…!もう無理心が苦しい…!」
「はいはい、解った解った」

不破くんは興奮して机に伏せる私の頭を優しく撫でてくれた。そして何か思い立ったように私の正面から立ち上がり本棚の方へ向かって行った。そう!そうなの!中在家先輩も!そうやってね!

「ねぇ、苗字さん」
「なぁに不破くん」
「僕さぁ、苗字さんのこと好きだったんだ」
「そっか。ありが…………」

再び私の正面に座った不破くんは、突如として思いもよらない爆弾を直下してきた。私の耳は正常なのか。今確かに、不破くんは私の事を、好きだったと…。

「えっ…!えっ!?」
「一昨年かな?実習で初めてペア組んでから、ずっと苗字さんの事好きでね、でも気持ち伝えたらもう一緒に遊んだり話したりできなくなるんじゃないのかなって思ってて言い出せなかったんだ」
「ちょ、ふ、不破く…」
「でも苗字さんにはちゃんと伝えたくて、ずっとどうやって伝えればいいんだろうって考えてたんだ。悩みすぎちゃったね。まさかライバルが同じ委員会の委員長にあるとは思ってもいなかったけど…。ほら、僕は特別成績がいいわけでもないし、顔もかっこいいわけでもないしさ、どうやって勝負しようか迷ってたんだ」
「ちょ、あ、あの、」

不破くんの顔は平然を装っているようにも見えるが、今は私と不破くんの二人きりの図書室。聞える心臓の音は、私の心臓か、不破くんの心臓か。

「やっぱり君を口説き落とすためには、花言葉の一つでも覚えておいてから勝負に出るべきだったね」
「ふ、ふわく」


「ねぇ苗字さん、どうか僕にチャンスをちょうだい?中在家先輩よりも、もっと、ずっと綺麗な花と、ずっとずっと苗字さんがときめくような気持ちの伝え方を探すから」


本当に目の前にいるのは、不破くんか。こんな真剣な表情、見たことない。不破くんの手に握られていたのは『花全集』と書かれた本。あの中に、おそらく心ときめくような花言葉がいっぱいかかれているんだろう。不破くんは、本気で、そんなことを。

「え、あ、あの、」
「どうかそれまで、僕の気持ちも、このしおりと同じくらい大事にしてください」

いつも通りの可愛い笑顔で、不破くんは私の前から姿を消した。


残されたしおりの花だけが

『努力如きでどうにかなる問題だと思うなよ』

と私に語りかける様に寝そべっていた。









君だけに送る透かし百合

どうか私だけを見て





「さ゛ぶ゛ろ゛お゛お゛お゛お゛」
「な、なんだどうした雷蔵!?!?」
「記憶力が上がる方法教えてぇぇえええ!!」
「はぁ!?」


「シナ先生ええええええええ」
「ど、どうしたの名前さん!?」
「片想いしてたら伏兵が現れた時の対処法教えてくださいいいいいいい」
「……あらまぁ」


#忍たま真夜中の夢小説60分一本勝負
お題【不破雷蔵「やっぱり君を口説き落とすためには、花言葉の一つでも覚えておいてから勝負に出るべきだったね」】
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