「私が今言うと、問題発言にもなりかねんが……」
「はい?」
「……お前本当、べっぴんだなぁ…」


「そりゃぁ、第五学年のアイドルでしたから?」


ドヤ顔をかまして自慢の黒髪を靡かせれば、木下先生はあの時と一切変わらない笑顔で「そういうところも変わらんな」と、出席簿で私の頭をぽんと叩いた。なんて心地が良い言葉と声なのだろうか。この声に私は、何度心癒された事か。くのいちと忍たま長屋は別とはいえ、実技の教えを請いに木下先生の元へ行っていたのは今でも懐かしい。

「で、先生のクラスには今誰がいるんですか?」
「あの時とクラス編成は違うがな、私のクラスには不破と尾浜がいるぞ」
「じゃ、約束通り、その連中には私が記憶持ちじゃないって設定で、秘密にしておいてくださいね!」
「あぁあぁ、解ってる解ってる。じゃ、ここで待っていなさい」
「はーい!」

席に着けと言いながら、木下先生は二年四組と書かれた教室へ入っていった。あの時と何もかも違う。木下先生のクラスにいたのは勘右衛門と兵助だったはず。今回は一組じゃなくて四組で、しかも雷蔵と勘右衛門がクラスメイトなのね。大川学園という名前のここは忍術学園よりもちろん大きいし、人数だって現代的にかなり多い。それはそうか。ここは忍者の専門学校というわけじゃない。しかもここは理系特進クラスのはず。あの二人はどうみても文系だと思ったけど、なんだが意外だ。

教室の中からざわざわする声が聞こえ、おそらく木下先生が私という存在をついに説明したのだと理解した。ちょっと心臓がはねるけど、こんなの初忍務で人を殺した時に比べれば軽いものだ。念のために一度深呼吸して目を閉じて、「入りなさい」という木下先生の声に、私は意を決して教室の扉を開けた。

私という存在は自他共に認める美人だと思ってる。今まで何人にも告白されたし、女子に男子にもちやほやされていたぐらいだ。だからこそ、今この瞬間に教室の空気が変わったという事も、男子が私を見る目を変えたという事も一瞬のうちに理解した。

「じゃぁ苗字、自己紹介を」

「はい。隣県の第一東女学園から転校してきました苗字名前と申します!半端な時期での転校となり、皆様にはご迷惑おかけするかと思いますが、何卒!宜しくお願いします!」

私の口から出た名前が桁違いの名門女学園だと解った途端、女子は息を飲み男子は目を見開いた。そして完璧なこの姿勢。一瞬だけ見えたけど、このクラスの男子も女子もケバいのばっかり。黒髪なんて私だけ。大和撫子の地位は私が勝ち取ったも同然。決まった、私このクラスで今一番輝いている。もう少し印象付けておこうと思い顔を上げ、笑顔を作って

「これでも、好きな食べ物は豚骨ラーメンです」

と言うと、女子は吹き出し男子は拳を突き上げうおおおと吠えた。名門女学園の生徒とはいえ、好きな食べ物は妥協しない。私服に着替えて変装をして、近所のきったないラーメン屋さんに毎日の様に通っていたのは事実だ。「食堂の豚骨ラーメン美味しいよ!」とか「今度オススメのお店教えてあげるね!」とか、前列の席の人たちは身を乗り出してそう言ってくれたので、「どうもありがとう」と私は再び微笑んだ。

「じゃぁ苗字は、窓側一番後ろのあそこな。不破、面倒見てやってくれ」
「は、はい!」

「はい先生」

すれ違うクラスメイトによろしくと言いながら席につき、私は姿勢を立たして横を向いた。

「不破さん、よろしくおねがいします」
「っ!…よ、ろしく」

その目が曇った理由はただ一つ。私に、記憶がないと悟ったからだろう。雷蔵は正面を向いて、ただただ困惑したような表情で、教科書へ視線を落とした。それをみて察したのか、奥の方に座っていた勘右衛門も、崩れ落ちる様に机に顔を伏せた。


木下先生の話では、中高一貫のこの学園にいる、元忍術学園の生徒で、記憶を持っていない人間は一人もいないという話だった。下級生はもちろん、上級生全員。くのたまも、先生だって例外じゃない。みんなこの学園で成長している間、私はずっとロンドンで生活していた。母の仕事の都合で日本に旅行し、飛行機から降りこの国の土地を踏んだその瞬間、私の記憶は全て戻った。それから私は必死に駄々をこね、日本の学校で学びたいと嘘をつき、条件としてあげられた名門女学園への入学も難なくクリア。その後、学校からの帰り道、偶然出くわした仕事帰りの木下先生。出会った瞬間矢羽音を飛ばし記憶を確認した後、校則では禁じられていた「寄り道」をするため木下先生のご自宅にお邪魔した。懐かしいと過去を語り、今はこうだと周りを語り、全員、私の事を探しているという話を聞く事ができた。私という存在は忘れられていなかった。それが本当に嬉しかった。今はこの女学園の理系にいると木下先生に教えると、大川の方が理系に力を入れているという話を聞き母を説得しハイスピードで転校を決めた。私は成績がよかったため転校については色々言われるだろうとは思っていたが、誰かが、私が援助交際をしているという謎の密告を先生にしたため、そう難しい事ではなかった。それはきっと名門女学園がこんな時間にうろついていては危ないと察した先生が車で送ってくださったところを目撃されたのだろう。まぁ別に構いはしない。あそこでの思い出なんてクソほどもなかったのだから。ほいほいと転校に必要な書類をかき集め受験し直し。親は海の向こうにいるが学園長先生が私の事を覚えていたため保護者のうんぬんはなんとかしてくれた。受験は余裕で満点を叩き出し、私はこの秋、無事この学園の生徒となることができた。


「名前はなんであの女学園から転校してきたの?」
「元々ロンドンにいたんだけど、今興味があることを日本で学びたいと持ってたからこっちにきたの。で、あそこより大川の方が理系に強いって聞いて」

「お嬢様は前の学校で部活なにしてたの?」
「お嬢様なんてやめてよ!私わりと普通の女だし、部活は茶道部だったよ」


クラスメイトに囲まれ質問攻めにあっているむこうで、雷蔵と勘右衛門が深刻そうな顔をしているのが見えた。おそらく私が記憶を持っていないということを、他の連中にどう説明しようという相談だろう。だが大丈夫だ。その必要はもうじきなくなる。

「苗字さん、これ木下先生から預かって来たよ」
「えっ、何だろう、ありがとう」

めがねをかけた男子が私に折り畳まれたメモを渡してきた。一応誰にも見えないように開いてみると中には


『三年一組 善法寺伊作
 三年三組 七松小平太 潮江文次郎
 三年四組 食満留三郎 立花仙蔵 中在家長次』


そう、書かれていた。おそらく今回のクラス編成が違うから、木下先生は前もってこうして教えてくださったのだろう。あぁなんて素敵な先生!一生ついていきます!

「なんだったー?」
「ううん、なんか書類に記入漏れがあったらしいから、ちょっと行ってくるね」

メモをポケットにしまい立ち上がったが、まだあの女学園の制服をきているからか背筋は勝手に伸びてしまう。姿勢を正しくドアに向かう途中で、こっちに向かって歩いてきた勘右衛門に一礼して教室を出た。

あのお方は、あのお方は下の階におられる!教室も解った!記憶もあると教えてもらった!私はあの時と同じ完璧の女として生まれてきた!怖い物なんて何もない!

階段を降りながら、すれ違いざまに私をみつめる人に笑顔で一礼。見なさい私は完璧な女なんだから!っていうか!お前ら如きに微笑みかけるのなんて此れで最後だ!私の天使の微笑みを見逃すんじゃねぇぞ!此の微笑みはあの方だけに捧げていたんだから!!

第三学年の廊下にたどり着き、廊下を歩く名門女学園の制服に先輩方がみんな道をあけてくださるが、私が目的としている教室はただ一つ。「失礼いたします」と教室へ足を踏み入れ頭を下げる。ざわつき静まり返る教室のすみで、ガタッ!と椅子がひっくり返るような音が聞こえた。その音に目を向けると、其処にいたのはボロボロと涙を流す、


「潮江先輩…!!」

「名前…!?ほ、本当に、名前、か…!?」


愛しいあの方の姿があった。未だあの隈は健在で、いや、もっと濃くなっている気がする。そこから流れ落ちる涙が私のために落ちているのだと思うだけで、私の胸はいっぱいになれた。名門女学園の制服を着た生徒が、教室の男に抱き着いているというこの現状に、先輩方は唖然としたような顔で私たちを見つめていた。

「本当に名前か!?お前、い、いつここにきたんだ!?」
「本日付で転校してまいりました!ただあなたにお逢いしたくてこちらへ!!」

「おま、……あ!?これ東の制服じゃねぇのか!?こ、ここ捨てて来たのか!?」
「えぇ!潮江先輩がこちらにおられると聞いていてもたってもいられなくなって!」
「ば、馬鹿なのか!?」
「まぁなんて悪い口!潮江先輩は私に逢いたくなかったと言うのですか!?」

首に手を回しそう言うと、潮江先輩は驚いていたような顔をぐしゃっと崩し、何も言わずに、ただただ私を抱きしめ私の肩を濡らした。ようやくお逢いすることができた。契りを結ぶ前に死別なんて最悪の別れをしたけれど、今世は戦も戦争もない。平和な、とても平和な世で、私は今再びこの人とお逢いすることができた。

「名前ーーーーーーーーーーーッッ!!!」
「まぁ!その声は七松先輩ですね!?」
「この黒髪は名前だな!?やっぱりそうだ!」
「お久しぶりです七松先輩!!」

久しぶりだな!と抱きしめるのはおそらくこの学園でも暴君として名を馳せているであろう七松先輩その人。あぁなんて気分が良い!一つ上の学年のイケメン二人を占領できるなんて!これだから女はやめられない!みてるかこのクラスのブスども!女を忘れはしたなくスカートを折っているような馬鹿どもに釣り合うような二人じゃないですことよ!!

「名前はやっぱり美人だな!彼氏いるのか!?いてもいなくても私と付き合うか!?」
「んなっ、」
「いいえ間に合ってます!私には潮江先輩がいらっしゃいますから!」

「なんだよちくしょう!前は文次郎だったんだから次は私でもいいだろう?」
「今度こそ一生潮江先輩の御側にいるんです!ねぇ先輩?」
「バ、バカタレ!そういう恥ずかしい事を大声で…!」

もちろん私にはこうして記憶がある。ではなぜ五年の連中にはないふりをしていたのか。それはあの時代のあの時、失礼なことにギンギンに忍者をしている汗臭い潮江先輩に第五学年のアイドル的存在はもったいないと連中が揃いも揃って潮江先輩との逢引を邪魔してきていたからだ。告白は向こうから、惚れ込んだのは私から。どう考えても両想い。それを今世も邪魔されてはたまったもんじゃない。今度こそ邪魔なんてさせるもんか。記憶がないのなら付きまとう事もないだろうし、その事情諸々は木下先生もご存じでいてくれていたから協力してくださった。そして事情を話して、七松先輩たちにもご協力をお願いした。

「あぁそれにしても、今再び貴方様とこうして相見えようとは…!嬉しさで胸が張り裂けそうです!」
「だ、だからそういう恥ずかしい事を…!」

「しかし潮江先輩、私、あなたの横に恥ずべき女とはならぬよう日々努力をしてここまで上りつめたんですよ?」

スカートの端を持ちくるりとそれを靡かせながら


「この私に、言うべきことがあるんじゃありませんこと?」


悪戯っ子のように微笑みそう言うと、潮江先輩は真っ赤な顔から一変、私の手を取り微笑んで、

「お、俺と、付き合ってくれ」

あの時と同じ、優しい声でそう仰ってくださった。









私と彼は美女と野獣
私と出会って隈が薄くなっただなんて








「名前、帰るぞー。帰りにラーメン食ってくか」
「はい潮江先輩!どこまでもお供いたします!」

「…え!?あれ!?潮江先輩と、は!?名前もしかして覚えてるの!?」
「不破さんそこどいてくださる?」

「待て待て待て名前!お前これで記憶ないなんて言わせねえぞ!」
「尾浜さんまで邪魔ですよ?」

「僕ら君に記憶がないと思って…!!」

「……聞かれない質問に、どう答えろとおっしゃるの?」
「!?!??!?」
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