忍術学園というところに入って数日が経った。忍者の家の生まれじゃない僕だから、これから先たくさん学ぶことがあるのだろうと緊張しながら暮らしている。父さんと母さんから離れて生活するのも初めてだし、同じ年齢の友達ができたのも初めてだ。同室の庄左ヱ門はとってもいい子だったし、入った委員会の先輩はとっても優しい人だった。久々知先輩だけ。三郎次先輩はちょっぴり意地悪だけど。

「じゃぁ伊助、それ庄左ヱ門に渡しておいてくれ」
「はい!解りました!」

山田先生は僕にプリントを渡してどこかへ歩いて行ってしまった。これから委員会だけど、庄左ヱ門の処に寄り道するぐらいの余裕はあるだろうと思い、僕は火薬倉庫に行く前に庄左ヱ門を探すことにした。途中であったは組の連中に庄左ヱ門の居場所を聞いたが、見ていないと言っていた。早くみつけないと、委員会に遅れちゃうのに。

廊下を走ると怒られるけど、今は仕方ない。少し駆け足で長屋を走っていると

「おっ、」
「うわっ、す、すいません!」
「ごめんね大丈夫?」
「は、はい!大丈夫です!」

曲がり角から出てきた桃色装束の先輩に衝突してしまった。その衝撃で持っていたプリントをまき散らしてしまい、僕は慌ててそれをかき集める様に拾った。だけど、桃色の先輩はそのまま何処かへ歩いて行ってしまった。身長の大きいくのいち。なんだかお花の匂いがした。先輩かなぁ。足音もなく歩いて行ってしまったけど、僕はちょっとだけむっとしてしまった。確かにぶつかったのは僕だし、散らかしてしまったプリントは僕のだけど、そのまま放置して行ってしまうことはないんじゃないかな。感じ悪い、なんて、先輩に対して思っちゃいけないんだけど。

プリントを集め終え再び庄左ヱ門を探し始めた。これから委員会だったのか、庄左ヱ門は五年生の先輩二人に囲まれていた。山田先生からと庄左ヱ門にプリントを渡して、五年生の先輩二人に御挨拶すると、「あぁ兵助のとこの」と笑顔で頭を撫でられてしまった。ちょっぴり恥ずかしい。ギリギリ委員会に間に合って、僕は担当の棚の火薬のツボの数を数えはじめた。棚を見ながらカニ歩きをしていると久々知先輩にお尻がぶつかっちゃって、すいませんと頭を下げると、久々知先輩は僕の膝についていた泥をはらってくれた。


「どうした?転んだのか?」
「え?あ、えっと、さっきプリント落としちゃって…」
「……いじめ、じゃないよな…?」
「い!いいえ違います!くのいちの先輩にぶつかっちゃって…!」
「あぁ、そうだったのか」


膝が汚れていただなんて気が付かなかった。そうだ、さっき膝をついていたからか。一旦火薬倉庫から出て膝をパンパンと叩いて再び倉庫の中に戻ると、久々知先輩はどんな先輩だった?と聞きながら、僕の在庫表を手渡してくれた。


「えーっと、赤毛で、背が高くて、なんだか解らないけど、花の匂いがしました」

「あぁ、それ名前先輩だよ。くのいちの六年」
「六年生でしたか」

「…話、したのか?」
「いいえ、そのままどっか行っちゃって…。でもそのままどっか行っちゃって、ちょっと感じ悪いなぁと思っちゃいました」

「この忍術学園に感じが悪い先輩なんているもんか」
「三郎次先輩は静かにしていてください」


特徴を言うと久々知先輩はすぐ正体が解ったようで、生物委員の委員長だと教えてくださった。六年生の先輩で、生物委員長なんだ。じゃぁ虎若と三治郎に聞いたらどんな人か知ってるかなぁ。初めて逢った先輩だった。でも感じ悪かったし、次に逢っても、絡んだりはしないんだろうな。

「…あのな伊助」
「はい?」
「あー…悪く思わないでくれ。…名前先輩があぁいう態度なのには理由があってな」
「は、はい…」

「…俺が説明するよりもう一回逢えば解るだろう。悪いが、お使い頼まれてくれないか?」

委員会は早退していいぞと僕から火薬の在庫表を受け取った久々知先輩は、懐から一本の綺麗な簪を取り出した。これを、その名前先輩という人に届けてほしいと久々知先輩は仰った。簪なんて久々知先輩がいつつかったんだと疑問に思ったけど、先輩からの頼みを断るわけにも行かず、僕はそのお使いを受けることにした。

「名前先輩って、どこにいらっしゃるんですか?」
「今日は生物委員も委員会だって八左ヱ門が行ってたから…恐らくあそこだ。沈丁花の咲いている場所」

まだ学園の内部を全部把握しているわけではないので、久々知先輩が仰られる場所は僕には解らなかった。久々知先輩はいらなくなった紙の裏に筆でさらさらと簡単な地図を描いてくれて、僕は火薬倉庫を出てその地図通りに歩き始めた。たどり着いたのは第一グラウンドの側にある沈丁花の木の側。久々知先輩が仰ったとおり、木の下で目を瞑って眠っている先輩の横顔が目に入った。あれは、さっきぶつかってしまった、名前先輩という方だ。

僕が少し近寄ると、名前先輩は気配に気づいてしまったのか、パチッと目を開いて、でも僕の方は向かずそのまま真っ直ぐ遠くを見つめていた。

「……あ、あのっ」
「…その声は、さっき長屋でぶつかった子かしら?」
「は、はい!く、久々知先輩からお使いで、か、簪を届けに参りました!」

綺麗な声が耳に届いて、思わず背筋を伸ばしてしまった。名前先輩は、「あぁ、兵助から」と言ってふわりと微笑み、掌を体の前に出した。

「ここにくれる?」
「は、はい」

名前先輩の正面にまわり、掌に簪を乗せると、名前先輩は「ありがとう」とふんわり微笑んで、簪を懐にしまわれた。


「…あっ、あの、先ほどはすいませんでした。ぶつかっちゃって…」
「いいのいいの。私もプリント拾うの手伝えなくてごめんなさいね」
「いいえ。…あの、僕、二郭伊助っていいます。一年は組の、火薬委員です」
「苗字よ。苗字名前。生物委員会の委員長をしているの。よろしくね」


差し出された手に優しく触れると、名前先輩はしっかりと握手をしてくださった。してくださったのだが、名前先輩はそのまま、ぐいと僕の身体を引っ張って、座る名前先輩の膝の上に乗るような形になってしまった。なんだなんだと思っている間、名前先輩は、僕の顔を両手で包んで、ぺたぺたと、鼻やら、目やらと確認するように、僕の顔に優しくふれ始めた。




「伊助は可愛い目をしているのね。小さくて可愛いわ。鼻もちっちゃくて、とっても可愛い。髪はふわふわで優しい触り心地ね。とても手触りがいいわ」




名前先輩は、僕の目を見ることはない。ただ遠くを見つめたまま、僕の顔をずっと触っていた。



…まるで、


「…名前先輩」


視界は暗闇で



「もしかして、目」



手探りで、何かを探しているように。




「…見えないんですか…?」




ふわりと微笑んだ名前先輩は僕の手の匂いをかいで「染料の匂いが微かにするわ」と仰った。

「伊助の御実家は、染物屋さんかしら」
「…はい」
「そう!それはそれはたくさんの色に囲まれているのね!」

羨ましいわと名前先輩は、僕の頭を優しく撫でた。



「伊助、今日の空は何色かしら」



僕はいろんな色に囲まれて生きてきたのに







「…真っ青です」


「そう!それはとても良いお天気の時の色ね!小平太が教えてくれたわ!」








この人には、『黒』一色しか、見えていないんだろうか。











一色
僕がいろんな色、教えてあげますね!





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伊助中編か、は組でシリーズにしたいと
突発的に思いついたどうしようもないあれ
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