「ファーストキスはレモンの味」

ふいに俺が口にした言葉に、彼女は少しだけ視線を上げた。

「夢がある言葉だよねそれ」
「名前はなんだった?」
「煙草」
「いやお父さんはノーカンだよ」
「あぁそっか」

部活の日誌を書く名前の横でケータイをいじりながら、名前の作業が終わるのを待った。

必死にアタックして必死に告白して、必死で彼女にしがみついているわけである。名前を好きになったのは本当に物凄く最近の事で、教室では物静かな女の子だと思ってたのに、気まぐれに覗いた体育館でビブスを揺らしてバスケットボールを投げている姿に衝撃を覚え、銜えていた棒付キャンディーを落としてしまった。所謂ギャップというやつにやられて次の日から猛アタック。昨日恰好よかった、アドレス教えて、今度遊びに行こう、俺と付き合ってください。スピード的にはこれぐらいの出来事。

名前は俺の事を知っていたけど恋愛対象として見ていなかったみたいで、お試し期間という事で一週間の交際をスタート。全力で俺のプレゼンをして、ようやく正式な彼氏というポジションに立てた。

そんな名前の、過去の恋の話を聞いてみたかった。だからファーストキスの話なんて投げかけたわけだけど、まさかのテンプレ。お父さんはカウントしない。常識の範囲内でしょうが。可愛いなぁ本当に。

「で?なんだった?」

ケータイから目線を上げて名前を見つめると、名前はピタリとシャーペンの動きを止めた。止めたかと思いきや恨めしそうに俺を睨み付けて

「………したこと、ないです」

そう、呟いたのだ。

「……あれ、もしかして名前の初彼氏って…」
「えぇ、勘ちゃんですけど」

年齢イコール彼氏いない歴だよド畜生!と日誌を机に叩きつけて、名前はおいおいと泣く真似をした。聞けば、男と付き合ったというのが俺で初めてだったらしい。そんなバカな。名前がバスケやってる姿なんて見たらどんな男だって虜になること間違いなしだろう。あのドリブルあのシュート。男がみたって憧れるほどの切れの良さ。俺が一目惚れしたんだから、他の男が放っておくはずないと思っていたのに。

そもそも俺だって名前に告白する時は「彼氏がいるから」という理由で断られることを覚悟の上で当たっていったようなもんだ。あのカッコよさで彼氏がいないわけがない、とふんで。だが返事は「お試し期間有りということで」という返事だった。

理由としては俺を恋愛対象としてみていなかったということはもちろん、名前が、彼氏という存在を受け入れることができるかどうか不安だったという理由もあったらしい。

目の前でポツリポツリと本当の事を呟いているが、今はもう名前と正式に付き合えたし、本当理由なんてどうだっていいんだけど。今一番驚いてるのはそこじゃない。名前に過去彼氏が一人もいなかったという事だ。


「まじか。俺名前には彼氏の一人や二人いると思ってたよ」
「ついでに言うと告白されたのも勘ちゃんが初めて」
「本当?」

「中学こそバスケしに学校行ってたようなもんだったし、青春謳歌している暇なかったから。バスケ強いとこだったの」
「あぁー、そりゃぁ彼氏なんて作ってるバヤイじゃないわな」

「それに兄貴いるから。少女漫画じゃなくて少年漫画で育ってたしね」


だから恋愛ごとには興味がなかったんだと日誌に再び目を向けた。もう少しで終わるからという名前の言葉に時計を覗いて飲み物を買ってくるねと教室を出た。

きっと、名前に彼氏がいなかったのは高嶺の花だったからなんだろうなと俺は自己解決することにした。今まで話したことなかったから興味ないという分類にあった名前だけど、付き合ってみればこれがなかなかいい女なんだという事に気が付かされるわけでありまして。今まで付き合ってきた女とは違って清潔感があるし化粧もそこそこ。ぎゃんぎゃん煩くしゃべりかけてくるわけでもなければ身体を求めてくるわけでもない。後者に至ってはそりゃぁ初彼氏ならそうかと納得できるし、前者に至っては確実に彼女フィルターがかかっているからそう見えるんだろうけど、名前は俺が今まで付き合ってきた中でも特上ともいえる女だ。

そんな名前の初めてを奪ってしまった。いやこんな言い方すると語弊があるかもしれないけど、まだ体的な意味で手を出したわけじゃない。告白されたのが初めてって言うのは、初めてのときめきも俺だったのだろうか。くそ!何だこの胸の高鳴りは!いままでこんなきゅんきゅんしたことなかっただろうが!

「勘ちゃん、愛しの彼女が教室で待ってるよ」
「待たせられてんのはこっちだよ。兵助は?部活終わった?」
「終わった終わった。忘れ物したから教室戻ったら苗字さんいたから、挨拶して来ただけ。手は出してないよ」

「いくら兵助でも名前に手ぇだしたら殺すかもしれないわ」
「そういう惚気は本人の前だけにしてくれ。俺を巻き込むな」
「あぁ悪い」

俺が変な事を言った仕返しにか、兵助は俺が自販機に金を入れた瞬間、素早く目的の物とは違うボタンを押して「お幸せに」と言って玄関から去って行ってしまった。出てきたのは………。

「…おっ、」












「勘ちゃん日誌終わったよ」



夕日を背負った彼女の手を引けば

身体は俺の方へと傾いた。




「名前」

「なぁっ、」




重なる唇でパチパチはじける炭酸は、

離れれば名残惜しく感覚だけを残して消えてしまった。





「どう?ファーストキスのご感想は?」





名前は俺が手に持つ黄色いペットボトルを見つけて


「…馬鹿じゃないの」


と、微笑んだ。










ファーストキスはレモンの味

おかわりなんて如何ですか


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ふみこ様へ!!!!!!!!!
全身全霊の愛を込めて!!!!!!!!
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