桜が舞い散るそんな昼。口の中で飴を転がし学園内を歩いていると、体育館付近がざわついていることに気が付いた。

「文次郎ぉ」
「おう名前」
「あぁ、今日入学式だっけ」
「そうそう。ほらみろ、あんときの一年生が続々と入って来たぞ」

渡り廊下から体育館の方向を見つめている文次郎は、嬉しそうな顔をして、一筋涙を流していた。文次郎がこんなに頬を緩めているのは珍しいことだ。だけどその理由が、500年以上も前に遡る遠い昔に世話をした後輩たちの姿を見つけたから。これは、頬を緩まさずにはいられないだろう。

文次郎が委員長を務めていた会計委員には、五年生の後輩がいなかった。だけど自分たちが中等部二年に上がった時、あの時の一個下の後輩が入学して来たときは、委員会直属の後輩がいなくても涙を流して喜んだ。今まで情報があまりにもなさ過ぎた。もしかしたら、自分たちの世代以外はこの世には生まれ変わっていないのかもしれないとも思った。似たような顔を見たとは言っても、本人ではないかもしれない。見つけたとしても、向こうが覚えてないのでは意味がない。そう思っていた矢先の出来事だった。二年の廊下を駆け抜ける新入生。なんだなんだと顔を出せば、見覚えのある顔が、涙を流して飛びついてきた。

中高一貫。なんて素晴らしい制度か。二つ下、三つ下とあの時の後輩が、毎年入学してきては涙を流し、入学してきては抱き合って記憶を確認し、喜び合った。

そして今年も、無事に後輩たちが入学してきた。私たちが最高学年だった時の、一番下の後輩たち。問題ばかりを起こしていた一年生がついに入学してきた。

「あぁ〜…ほんとうちの後輩可愛いわぁ…庄ちゃんも彦にゃんも麗しい〜…」
「行ってやらねぇのか?」
「馬鹿だねーこれから入学式なのに今騒がしたら可哀相でしょう」
「あぁ、なるほどn「潮江先輩!?潮江先輩ですか!?」……あ!?」

これから入学式だから、挨拶は後でにしようと思っていたのも一瞬。その気遣いはあっという間に壊された。

笑顔で走りながら近寄ってくるのは、見覚えのある男前。あの時よりも2つ歳を取っただけとはいえ、男の子の10歳と12歳は成長期真っ盛り。あの時より成長も伸びてるし、声も若干低い。可愛い可愛い文次郎の委員会の後輩。


そして、あの時の私の旦那様。


「お久しぶりです潮江先輩!やはり潮江先輩もおられたんですね!」
「あぁ団蔵!久しぶりだな!大きくなったなお前!」
「わぁ!じゃぁ、神崎先輩も!田村先輩もいらっしゃいますか!?」
「あぁいるぞ!左吉もいるか!?」
「まだ逢えてないですけど、さっきクラス名簿一覧で名前確認しました!」
「そうかそうか!あぁ良かった!また逢えたな!」

文次郎と背合わせになるように、私は文次郎の後ろに隠れた。おそらく音的に動き的に文次郎は団蔵と抱き合って喜んでいる事だろう。男の再会はいつもこうだ。ここ何年も連続で見てきた。過去の記憶がない今世での友人たちは、それを驚きの表情で眺めていた。そして前世の記憶がある連中は毎年毎年慣れた表情で見つめていた。私もこれは慣れた光景だ。と、いうか、私も経験している身だからなのだけれど。女の私が女子の後輩とだけではなく、男子の後輩と抱き合っている姿。これだけでは言い方が悪いかもしれないけど、可愛い後輩たちが飛びついてくるものだから、私もそれを受け止めているだけ。向こうが覚えているというだけでも嬉しいのに、今世でもこうして慕ってくれていると言うのが、とても嬉しかった。

だけど、今回だけはそうはいかない。



「文次郎、そろそろ部活行くね?こちらは?文次郎の後輩?可愛いね!初めまして!」



団蔵は、私が文次郎の背から出てきたとき、さらに笑顔を輝かせた。だけど私の口から出た言葉に、一瞬にして笑顔を引っ込めた。団蔵はおそらく、これで私には記憶がないのだろうと思ったのだろう。悲しそうな、残念そうな顔をした。だけどまたすぐに笑顔を作って、

「はい!潮江先輩には昔からお世話になってるんです!加藤団蔵と言います!」
「そっか!私文次郎のクラスメイトの名前。苗字名前。いつも教室でお菓子食べてるから、いつでも来てね!」
「はい!名前先輩で、いいですか?」
「うん、じゃぁ私も団蔵って呼ばせてもらおうかな!」

昔とは何一つ変わらぬ笑顔で、団蔵は私の差し出す手を取った。恐らく今動揺を見せなかったのは、団蔵の周りでもおなじように最初は記憶がなかった人がいたんだろう。私の時もそうだった。仙蔵に記憶がないと解った時は驚いたもんだ。まぁ小平太のいけどんスパイクを目の前で見て記憶は取り戻せたのだけど。固く握手をした手が少し震えていた。心が態度に出るだなんて団蔵もまだまだだな。

バイバイと手を振って校舎の中に入った私を追ってきた文次郎。団蔵にも「じゃぁな」と言ってこっちに来たのだろうけど、私にかけた声は酷く焦っているっ様な声だった。


「おい名前!何だ今の態度!あいつを忘れたのか!?団蔵だぞ!?あの団蔵を忘れたのか!?団蔵を覚えてないのか!?」
「おいおい文次郎くん、何をそんなに焦るかね」
「名前…!?」

「私が愛する旦那様の顔を忘れるわけないじゃないか〜」


ガリッと口の中で噛み砕いた飴は、中から酸っぱいパウダーを出してきた。少し眉間に皺を寄せるが、其れすらも今は心地良い。


「団蔵はさぁ、私が六年の時にずっと好き好き言ってきたんだよ。でも歳の差あるしずっと受け流してたのね。でも団蔵が、昔私に何をしてきたと思う?卒業してから一切連絡手段がなかった私を、馬に乗って探しまわしたんだよ?それで城仕えしていた私を追っかけまわしてアピールし続けて来たんだよ?解る?良い城に仕えて良い給料貰ってる私に、小さい村の馬借の嫁になれって言ったんだよ?戦忍をやめて、嫁になるように言ってきたんだよ?いやぁ、忍軍の頭をしてた私がよくあれを了承したよねぇ」

「ま、まじか…」

「そうね、この辺文次郎に話してなかったものね。可愛い後輩がイケメンになって私の尻を追っかけまわして、揺らがない女なんていないよねぇ。血に餓えて人を殺し続けることしかしなかったくのいちが、馬借の旦那と、普通の恋をできるんだよ?忍が女に戻れるだなんて、魅力的な誘いだったからさ」


忘れるわけがない。私が愛しい旦那の顔を忘れるものか。逢えて嬉しかった。抱き着いて泣いて喜びたかった。また好きだよとあの時のように伝えたかった。

だけど私は、今世も彼と、『恋』を楽しみたかった。


「楽しみだよね〜!今世はどうやって私にアプローチしてくるのか!」


「……お前悪魔だな」
「馬鹿だなぁ、余裕があるって言ってよ」

「だからお前、告られたって言ってたのに付き合わなかったのか」
「だって私には団蔵がいるもの!今世でも絶対逢える自信あったんだから、あんな男たちと付き合わないのは当然でしょう?」


恐らく今、BGMが聞こえ始めたということは入学式が始まったのだろう。これからまた彼らと一緒に生活ができる。だけど共に居られるのは、あの時と同じ、1年間だけ。この一年間で、私はあの時の恋ができるのだろうか。昔の恋を、またこの世で繰り返す事ができるのだろうか。



「団蔵、名前先輩いた?」
「いたけど、記憶なかったみたい!」
「えっ…」
「いいんだ!俺絶対思い出させるから!」



「やほー!ねぇねぇ勘右衛門!団蔵みつけたよ!」
「まじすか!おめでとうございます!」
「先輩テンション高いから今からケーキ焼くわ!」
「では俺は味見役として全力を尽くしつつお茶を淹れます!」







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今日はいたるところで入学式と聞いたので!
新入生の皆様ご入学おめでとうございます!
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