「聞えないのか!この店の店主を呼べって言ってるんだ!!」
「お客さん困りますそう大声出されちゃ」

「黙れ!お前たちうちの後輩によくも怪我をさせたな!」

事の始まりは、町に買い物に出てきている所だった。勘右衛門は実家に帰っており、三郎と雷蔵は学園長先生のお使いで外出中。八左ヱ門は委員会の仕事があるといって、今日という休日を過ごす相手がいなかったので、一人で町に出た。しばらく来ない間に店が何店舗か変わっているところがあるのに気が付いた。こんなところにこんな店ができたのか、なんて思いながら道を進んでいると、聞きなれた声が耳に届いた。だけど近くじゃない。まるでこもっているような声。いや、泣き声だ。声を頼りに駆け出したどり着いたのは並ぶ店の裏通り。詰また木箱の前で膝を抱えて泣くのが一人、それを慰める子が一人。

「庄左ヱ門、それに、…伊助?」
「く、久々知先輩、」
「どうしてここに…」

「お前たちの泣き声が聞こえたから…どうした?怪我でもしたか?」
「い、いいえ……」
「実は…その……」
「なんだ?どうした?」

庄左ヱ門は頬が腫れていて、伊助は膝をすりむいていた。転んだのかと思い腰に付けていた水筒で泣いている伊助の膝をゆすぐと、庄左ヱ門が口を開いた。

ついさっきまで、茶屋でアルバイトをしていたのだそうだ。そのアルバイトは伊助がアルバイトというものをしてみたいと言ったのをきっかけにアルバイト募集の貼り札を見て行ったらしい。そして午前中から今の今まで働いていた。のだが、約束の時間になって片づけをすますと、店主の顔は一変。「使えないクソガキ」「役立たず」「足を引っ張りやがって」と罵詈雑言を吐き出されたのだという。

「自分たちで言うのもなんですけど、仕事はきちんとできました…」
「…お客さんにも、ありがとうって、言って、もらえました…っ!」

約束されていた給料がもらえなかったという事よりも、馬鹿にされ暴言を吐かれたことが何よりも悲しかったという。約束が違いますと詰め寄った伊助は突き飛ばされ、横にいた庄左ヱ門も頬をぶたれたのだという。

最近、よく耳にすることがある。そうやってアルバイトの札を見てきて働かせてほしいという人間を騙し、暴力で脅し、給料を払わないという悪い奴らが。恐らく人件費を払わずに金儲けをする汚い連中。大体の奴らは山賊やら盗賊やらの連中が店の連中を追い出し己の店を構え、金儲け目的でやっている店だ。確かにこの店は前は別の暖簾がかかっていたはず。暴力に屈し追い出されたか、あるいは。

庄左ヱ門と伊助は運悪くこの汚い連中が経営をしている店に当たってしまったようで、このありさま。可哀相だと思う前に、大事な後輩がこんな目にあっているという事実が許せなかった。


「二人は此処に居ろ、お前らの給料は必ず俺が貰ってくる」

「久々知先輩!?」


そして店に乗り込んだ。


「店主は誰だ!先ほど此処で働いていた二人の給料、きっちり支払ってもらうぞ!」
「誰なんだい兄ちゃんは、客じゃねぇならとっとと出ていきな」
「ふざけるな!子供二人を騙しておいてよくも平気な顔をしていられるな!」
「お前も十分子供じゃねぇか。怪我しないうちにとっとと帰れ」

そして予想は的中。茶屋の働き手が腰に懐に刃物を身に着けているだなんておかしな話しすぎる。こいつらは山賊、あるいは盗賊だ。かすかにだが臭うし、店の奥からも何か金属のような音もする。武器か、金か。奥に三人、店の中に四人。最悪俺一人で片づけられるだろうか。いや、やらねばならない。後輩二人が泣いて悔しがっていた。それの仇すら打てずに何が先輩だ。

店の中にいる客は突然怒鳴り込んできた俺に目を点にさせ驚いているが、働き手が「頭のおかしい客が…」なんて説明して回っているから困ったもんだ。全員出て行けば今すぐにでも寸鉄構えて一戦二戦できるとでもいうのに。それより店主を出せと言っているのにそいつすらもでてこない。頭が出てこないなら話にもならない。

「俺の用件は二つだ。さっき此処で働いていた子供二人に約束分の給料を払い、暴言を吐いたことを頭を下げて謝罪しろ」

「お給料はお支払しましたんですがねぇ…」
「貰っていないと言っている」
「暴言なんて滅相もない。ねぇお客さん?」
「店の裏で泣いていた。店の裏でやったとなれば、そりゃぁもちろんお客さんは見えていないだろうな」

「おいクソガキ、いい加減にしないと痛い目みるぞ。子供に給料を払っていない?暴言を吐かれた?何処にそんな証拠がある?子供がもう給料を使っちまったかもしれねぇぞ?暴言なんて嘘かもしれねぇぞ?」

「黙れ!あいつらが嘘なんかつくものか!!」

庄左ヱ門の顔は本当に悔しそうだった。伊助の涙だって、嘘泣きのものじゃない。あの二人が、悲しんでいるのは事実だ。


「いい加減に…!」


「兵助、何してるの。店の外まで聞こえるだなんて行儀悪いわよ」


「…名前先輩?」
「すいませんお茶をいただけるかしら。できるだけ熱いのがいいわ」

店の暖簾をくぐったのは、学級委員会の委員長。名前先輩。三郎がいつもイタズラしては首根っこを掴んで五年長屋まで連行してくる、名前先輩だ。

とびきり美人の来店に、さっきまで言い合いをしていた店の人間も鼻の下を伸ばして「いらっしゃいませ」と言って、奥にいたもう一人が厨房へ足を運んで行った。あぁその顔。一般人がいなければすぐにでも斬り捨ててやりたい。

「どうしたの?この店に苦情?豆腐不味かった?兵助の舌ならそう感じても仕方ないわよ?」
「いいえ、そうではありません」
「じゃぁなぁに?兵助が大声あげるなんて珍しいわね?豆腐?豆腐絡み?」

「庄左ヱ門と伊助が、この店にアルバイトに来たと言っていました。だがしかし役立たずと罵詈雑言を吐かれ暴力を振るわれ店を追い出され、挙句の果てに給料を払われていないと言ったんです。それで俺は…」

「えっ」

「あ、名前先輩!」
「名前先輩?」

「しょ、庄ちゃん、伊助…ちゃん?」

伊助に肩を貸して、庄左ヱ門と伊助が入口の暖簾をくぐってきた。簪を揺らして振り向いた名前先輩は顔色を変え二人を見つめる。名前先輩は学級委員。大事な後輩が怪我をしているのを見て、さぞ驚いているのだろう。庄左ヱ門が怪我をするなんて滅多にないだろうし、それも顔だなんて。

「お姉さん、お茶お持ちしやした。ささ、奥のお席にどうぞ」

でれでれと鼻の下を伸ばした男が茶を持ち名前先輩を肩を掴んだ、その時、



「ごめんなさい」

名前先輩は湯呑を掴み



「うっかり、」

その茶を男の顔面にかけ



「ギャァァアッ熱ゥウウ!?!?」

「手が!!」



腕を引っ掴み


「滑ったわぁぁああ!!」


男の身体を、背負い投げた。


「今店主を出せ!!うちの後輩二人に手を挙げておいて生きていられると思うなよ!!二人の給料雁首揃えてきっちり払ってもらうぞ!!」


「テ、テメェ…!何しやがる!!」
「うるせぇ!!兵助怒らせてんじゃねぇよ!!大体テメェら裏々山の元山賊だろ!顔は割れてんだ!今更見苦しいんだよ!殺されたくなきゃ今すぐ謝罪して給料払えぇええええ!!!」


名前先輩の態度が、言葉使いが、一変した。懐に入れておいたであろう短刀を二本構えて店員に飛びかかり斬りかかった。男が一人吹っ飛ばされたということで客もただ事ではないと判断したのか、店の中にいた客は全員叫びながら外へ飛び出していった。だが一方名前先輩はそんな客には目もくれず、後輩二人に傷がつけられたという事実に理性を失ったのか、店員を片っぱしから斬りつけていった。証拠はと言われてもそんなこと考えてもいない。相手が何人であろうと、関係ない。女だろうと男だろうと、曲がったことはきちっと正す。


「大事な後輩が涙を流しているんだ!!黙って引き下がると思ったら大間違いだ!!」


刀を振り回し飛びかかる男は蹴り飛ばす。ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していくうちに、店の中は大惨事になっていた。騒ぎを駆けつけて奥から出てきた大男。恐らくあれが頭であり店主だろうか。如何考えても茶屋にあるはずのない大きさの武器を手にして店の奥から出てきたその男を見て、名前先輩は一瞬手を止めたが、その瞬間、

何故か着物の帯を緩めて髪を解き、そのまま店の外に飛び出した。



「誰か!!誰か助けてください!!この店の男の方が…!ら、乱暴を!!!」

















「……いやぁ、まさか名前先輩にお助けされるとは」
「いいのよ、二人のため、怒ってる兵助のためだわ」

「ありがとうございました名前先輩」
「気にしないで庄ちゃん、早く怪我治ると良いわね」

伊助は俺の背中に掴まり、いつの間にか眠ってしまっているみたいだ。庄左ヱ門は名前先輩と手を繋ぎながら嬉しそうな顔で夕日を眺めていた。

結局あの後、騒ぎを聞き駆けつけたお上が御用だ御用だと店に突撃。名前先輩は正直違うんですとまた顔色を変え、事の流れを全て説明した。子供を騙して働かせていたこと。暴力をふるったこと。そして元山賊だという事。店の連中は伸びていた奴から奥にいたお頭まで全員お縄となり何処かへ連れて行かれた。やはり前の店の店主はあの山賊達に追い出されたらしく、偶然そこを見ていて、俺と名前先輩にありがとうございましたと涙を流して頭を下げていた。

「それにしても、良いお土産貰っちゃったわね」
「えぇ、帰ったらみんなで食べましょう。勘右衛門たち呼びますから、名前先輩もご一緒にどうです?」
「いいわね、じゃぁ庄ちゃんにお茶入れてもらおうかしら」
「お任せください!」

名前先輩の空いている手には大きな包み。中身はその元店主特製の大福だった。

名前先輩はあの時、奥から出てきたやつらには敵わないと判断したからあのような方法に出たのではなく、もっと話の分からなさそうな奴が出てきたと思ったから、あのような行動に出たのだと言った。確かに、あいつはもっと頭がおかしそうなやつだった。店主を出せと言われてあれが出てきたら、正直俺も戸惑ったかもしれない。結果、あっという間に事件は解決したし、店も元通り。良かった良かった。

「ただ、給料を貰えなかったのは…」
「いいんです久々知先輩。僕ら、お二人が僕らのために戦ってくれたってだけで嬉しいですから」

そう、それだけが心残りだった。二人の給料を払って貰えなかったことだけが非常に心苦しかった。あそこまで意気込んでおいて、結果貰えたのは(お上の強制的な)土下座と謝罪の言葉のみ。肝心の現金が受け取れていない。今日一日二人の時間が無駄になってしまったと考えると、なんだかもやもやが晴れない。


「ちょっとお待ち」
「名前先輩?」

「誰がお給料を受け取れてないですって?」


歩くのを止めた名前先輩は、一度包を地に置き懐へ手を入れた。懐から出てきたのは、銭さしが二本。

「私がそれを持って帰ってきてないとでも思って?」

「どうやって…!?」
「お上に連中が連れて行かれている間にちょこっと失敬しただけよ。本当は危険だから、学園まで秘密にしておきたかったのだけれど」

はい、と庄左ヱ門の手に乗せたそれは、明らかに今日一日で貰えるような金額ではなかった。あまりにも多い銭さしの量に庄左ヱ門は目を白黒させて驚いていた。

「も、もらえませんこんなに沢山!」
「あら庄ちゃん、これは妥当な金額よ?今日一日のお給料、怪我の治療費、合わせてこれぐらいはもらわなきゃ」
「で、でも!」

「受け取っておきなさい庄ちゃん。そうじゃないと、あなたのために怒った兵助が報われないわ」

おそらく俺の名前を出したのは名前先輩のイタズラ心だろう。庄左ヱ門は、自分が受け取らないと自分のために怒ってくれた先輩の顔がたたないなんて言われて、引き下がるような奴じゃない。名前先輩が庄左ヱ門の頭をなでると、庄左ヱ門は「ありがとうございます」と、嬉しそうにそのお金を受け取った。

「伊助の分は伊助が起きたら渡しましょう。さぁ、学園に戻りましょうね」
「はい!」

再び手を繋いで、名前先輩は学園を目指し歩き出した。


「…なんていうべきか、敵いませんね」
「ん?」
「名前先輩には」
「あら、どうしたの急に」

「俺はどっちかっていうと考えてから行動するタイプなんです。今日だって敵の数とかお客の数とか考えて武器は取らずに口だけで攻撃してました。でも名前先輩はその場で判断してそのまま攻撃を仕掛けた。俺とは真逆で、それでいて頼もしい。そのおかげで事件は解決、後輩も無事助かり、目標以上の結果を残しています」

「でも、兵助の行動の起こし方も間違いじゃないって事だけは解ってね」
「名前先輩?」

「私の様に突っ込んでいくタイプは無駄死にするタイプだけど、戦闘の場では必要不可欠な存在よ。でも貴方みたいに状況を把握してから行動に移す策略タイプも、時忍に必要な存在だもの。私みたいな忍がいてもいい。兵助みたいな忍がいてもいい。何も間違えている事なんてないんだからね」
「…」


「ま、この一年の差は大きいわよ。最上級生になる前に、この考えを理解できないようじゃ、いつまでたっても兵助は子供のままだからね」


あの男たちにも言われた。お前もまだ子供だろう、と。
庄左ヱ門と伊助を子供扱いしている俺も、名前先輩からすればまだまだ子供。まだまだ、越えられない壁はいくらもある。早く、この壁を全て壊して



「いつか、名前先輩を守れるような男になりますよ」
「まぁ、生意気」



その横に並べるぐらいの力を身に着けたい。










日給百文
貴女を越えるための壁も壊して







「名前先輩、久々知先輩、僕ら考えたんです」
「なぁに?」
「どうした伊助」

「この間のお金で、お二人におうどん御馳走したいです!」
「一緒にお出かけしましょう!」

「あら嬉しい!じゃぁ遠慮なく行きましょう兵助」
「そうですね。よし、今日は二人に御馳走になろうかな」

「「やったー!」」



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