「孫次郎、名前先輩見なかった…!?」

「え、名前先輩…?保健室にはおられないの?」
「いない。ずっと保健室で寝てたはずなのに、何処にもいない…!」

動けるような体じゃないはずなのに。ちょっと用事があって保健室を出ている隙に、名前先輩のお姿見当たらなくなっていた。できるだけ目は離さないでねって伊作先輩に言われていたのに、まさかそんな短時間の間に抜け出されるだなんて。

先輩は、昨夜重傷を負って忍務から戻られた。外見は傷が少しある程度の負傷傷だが、問題はその中だ。傷から入ったであろう毒が全身に回って帰って来たときには足取りもふらふらだった。丁度夜中目が覚めてトイレに起きたとき、塀に手をつきふらふらしながら保健室に向かっている名前先輩を僕が発見しなかったら、あの場で倒れて一晩過ごしていたかもしれない。そう考えるとぞっとする。こんな気温が低い季節に外で気を失うなんて。最悪命の危険もあっただろうに。まさにスリルとサスペンス…。見つけたときはびっくりした…。

「僕も探すの手伝うよ」
「ごめんねありがとう…!見つけたらすぐ保健室に連れて行って!」

孫次郎と別れ僕は駆け出した。背で孫次郎が誰かに「名前先輩知らない?」と聞いているのが聞こえたけれど、僕も急いで探さなきゃ。

「伏木蔵!」
「伊作先輩…!名前先輩が…!」
「大丈夫、僕も探すの手伝うから。さっきそこで逢った留三郎と竹谷にも捜索に協力してもらってる。落ち着いて、僕らも名前を探そう」
「はい…!はい…!」

僕の方に乗せた伊作先輩の手が熱い。伊作先輩も走り回っておられたのだろうか。向こうから食満先輩の呼ぶ声が聞こえて、伊作先輩はまた後で、と走り去って行ってしまった。どうやら食満先輩も他の先輩方に捜索を協力してもらっているらしい。

学園中が騒いでいるわけではない。今はちょうど昼休みだから、手の空いている先輩方がご協力してくださっているという感じなのだろうか。向こうでは渡り廊下で空に鷹を飛ばした竹谷先輩が、其処に居合わせた久々知先輩と尾浜先輩に事情を説明していた。尾浜先輩と久々知先輩は顔つきを変え、尾浜先輩は塀の向こうへ、久々知先輩はグラウンドの方へ消えてしまった。

「伏木蔵!名前先輩見つかった!?」
「ら、乱太郎、まだ…」

「伊作先輩から聞いたよ!私も探すの手伝うから、泣かないで?大丈夫!きっと見つかるよ!」
「うん…!」


乱太郎に言われて気付いた。顔を流れる一筋の涙。

泣いてたって仕方ない。泣いて名前先輩が見つかるわけがない。しっかりしなくちゃ。名前先輩を見つけて、ちゃんと治療してあげなきゃ。


名前先輩の名を呼んでは走り、名を呼んでは走った。何事かと聞いてきた先輩方に事情を説明すると、先輩方もご協力してくださり、あちらこちらへ消えてしまった。

どうしてこうも見つからないのか。名前先輩は一体何処へ行ってしまったのか。これほど探していないとなると、まさか、学園の外へ?


「伏木蔵、どうしたんだよそんなに慌てて。なんか探してんの?」
「き、きり丸!名前先輩見なかった?」

「名前先輩?名前先輩ならさっき学園の外に出ていかれたぜ?」

「なっ!?何処!?何処に行ったの!?」
「お、おいおいどうしたんだよそんなに血走った眼して…!」
「名前先輩の行き先知らない?」


「なんだかよくわかんねぇけど、此処のあたりで一番綺麗な花畑は何処?って聞いてきたから、教えてあげたんだ。いつも花売りのバイトで摘む、裏々山のてっぺんあたりにいいところがあるんスよーって言ったら………あれ?おい、伏木蔵?」


きり丸の話を聞いて、僕は外出届も出さずに忍者服のまま学園を飛び出した。きり丸の話では、裏々山の、頂上。僕が走るよりも、他の先輩方に伝えて先にいってもらった方が良かったかもしれない。もしもの時に備えて薬の一つでも持っていればよかったかもしれない。乗れもしないけど馬を借りて来ればよかったかもしれない。そっちの方が、絶対名前先輩のためになる。だけど、それよりも先に身体が動いていた。とにかく走って、走って、呼吸の乱れさえも気にしないぐらい全力で走った。

裏々山への近道は知ってる。暗くて涼しいトンネルがあって、其処を抜ければ裏々山だ。いつもなら山賊が出たらどうしよう〜とかみんなで冗談言い合ってるけど、今はそれどころじゃない。山賊が出たって幽霊が出たって、僕は急がなくちゃいけないから。そんなものに構ってる暇なんてない。薄暗いトンネルを怖いと思いながらも駆け抜け、裏々山へ。山頂への近道はこの道。急だけど足場はある。伊作先輩に教えてもらった秘密の道。薬草が生えているから使う道で、本来は危ないから使っちゃダメって言われてるけど、今はどうか許してほしい。蔦を掴んで上へ上へと急いで登り、あっちこっちに傷を負ったけど、ようやく山頂付近に到着した。

「名前先輩!名前先輩!!」

きり丸が言ってた花畑ってどのへんなんだろう。森の中かな。それとも、空が見える場所。





「……!名前先輩!!」





林が開けたその先は、一面の花畑。色とりどりの花が咲いている中にポツリと横たわる人影。あの髪の色、あの服の色、名前先輩だ。


「名前先輩!名前先輩…!」
「……あら、伏木蔵」

「名前先輩…!何処に行っていおられたのですか…!」

「…嗚呼、探してくれたのね、……心配かけて、ごめんなさい」


横に座り服を掴むと、名前先輩は閉じていた目を開き、僕の傷だらけの手を握ってくださった。腕の色も顔の色も白い。薬の副作用か、まだ毒が抜けきっていないのか。抜けきっていないのに此処まで歩いてきたのだとしたら、本当に危険だ。

「なんで…!」
「…どうせ、若い今死ねるなら、美しく生きる花の命になりたいと思ったのよ……」

名前先輩は仰った。毒が全身に回っているのを感じたときに、自分はきっとこのまま死ぬ運命なのだろうと思ったらしい。保健室で死んで他の生徒に嫌な思いをさせるぐらいなら、いっそ誰も見つけることのないような場所でひっそり死にたいと。それも、名前先輩が大好きな花に囲まれる、空の下で。

「どうして此処が解ったの…?」
「き、きり丸が……」
「…そうよね、きり丸に聞いたんだもの……ふふ、そりゃぁ、バレるわねぇ…」

名前先輩は薄らと笑みを作ったが、その笑顔も弱弱しい。



「このまま誰も来なかったら、私は此処で死のうと決めてたのに……伏木蔵に見つかるのなら…まだ、生きなきゃいけないのかもしれないわね……」



綺麗な花の中に横たわる綺麗な名前先輩。これじゃぁ、邪魔なのは僕の方だ。傷だらけ泥だらけで花の横に座り込むだなんて。僕は雑草。名前先輩の横に居ちゃいけない。太陽の光なんて、浴びちゃいけない。

だけど、


「名前、先輩…!」
「なぁに、伏木蔵」



薄暗い日陰を好む雑草だって、

僕にだって、守りたいと思える命はある。



「死なないでください……!」



雑草の横で花が死ぬなら、雑草は抜かれなきゃいけない。余計な栄養を取らないように、狩られなきゃいけない。
名前先輩が生きてくださるのなら、僕は遠くへ行くことになっても構わない。僕がこう言ったことで名前先輩が生きてくださるのなら、何度だって生きてほしいと口にする。




「…伏木蔵」
「名前、せんぱ、」






「ずっと、私の側に居て」









どうか、どうか、

自らその花を、散らそうとしないでください。









夏秋冬花慕情
この花を枯らさないように誰かが水を与え続けなきゃいけないのなら、
その役目はきっと、僕にしかできない運命なのだろう。





伊呂波さんは『鶴町伏木蔵と花畑で悲しそうにしている話を書きましょう http://shindanmaker.com/244449
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