「名前先輩…?」
「はい?………はい…?」

「名前先輩ですか?」
「……そう…ですけど……えっ…?」

「わっ!お久しぶりです!お帰りになってたんですね!」

マフラーの隙間からふわりと白い息がもれる目の前の少年は、私よりも身長が高くなかなかの可愛い顔の子だった。私を名前先輩と呼び肩を掴んでくるこの少年は、一体何処の誰だろうか。

私は今日久しぶりに地元に戻ってきた。大学に行くため地元から離れて二年。久しぶりに地元で飲むぞと友人から連絡があったので急ぎ新幹線の予約を取り、今日、というかたった今此処に帰って来たのだ。駅から実家へ向かう途中、ガラガラとキャリーバッグを引きずりながら友人と連絡をとっていると「あの、」と横から声をかけられた。顔を上げると、横にいたのがこの少年。

久しぶりです元気でしたか連絡くださいよと興奮したように話を続けるこの少年、見覚えがないと言えば嘘になる。どことなく見たことの少年なのだが、中々思い出せなくてこのへんになにかもやもやしたものが………。



「確か滝夜叉丸先輩と同じ大学に行かれたんですよね?滝夜叉丸先輩はお元気ですか?」



滝夜叉丸……?


「…………あ!!もしかして四郎兵衛…!?」
「えっ!?今気付いたんですか!?」

「えーっ!?四郎兵衛こんなにおっきくなったの!?」
「僕より、名前先輩の方がちっちゃくなっちゃったんだな。でも相変わらずお綺麗ですね!」
「うわ、ごめんね全然気づかなかった…!びっくりしたぁ…!」

「改めまして、お久しぶりです!」

滝夜叉丸の名前が出てきて、あ、これはもしかして、と一人脳裏に出てきたヤツがいた。それは高校時代の時の後輩だ。滝夜叉丸と私が同じクラスでよく席が近くになっていたからか見覚えがありまくる。その時委員会の活動内容を聞きに教室に訪れていたのが、この子、時友四郎兵衛だ。先輩先輩と滝夜叉丸にひっついていた可愛い後輩。近くにいたからか私も可愛い後輩だなぁと思ってたし、あまりにも可愛すぎるので私の非常食袋から飴ちゃんを与えていたりした。ぽへっとした口に飴ちゃんやらお菓子やらを投げ込んでやると幸せそうにそれを食べるもんだから私はすっかりその後輩に夢中になっていたのを覚えてる。四郎兵衛のために専用のお菓子を購入していたレベルだった。

だけどそんなに仲が良い、というわけでもなく、別に委員会が一緒だったわけじゃないし、ましてや付き合っているというわけでもない。ただの遊び相手、悪い言い方をすればほぼペット感覚な子だった。卒業式で今までのお礼ですってお菓子の詰め合わせと連絡くださいってメアド書いてあったメモ貰った時はさすがに泣いたけど、まさか卒業しても私の顔を覚えていてくれていたとは。メモはその後いつの間にか紛失した。うっかりうっかり。

……それにしても、デカくなりすぎじゃなかろうか。

まじまじと下から上まで見下ろし見上げる私はまるで変態のおっさんのよう。いや、本当に、私の知っている四郎兵衛と違うのだ。

教室にいたときは私より身長小さかったし、もっとベビーフェイスって感じの。今そのベビーフェイスはなお健在なのだが、身長が、その、あの、ちょっと、規格外。

「四郎兵衛成長期遅かったんだね…?」
「まだ全身痛いんだな」
「成長期真っ盛り!?」

「名前先輩ちっちゃく感じます」
「き、貴様!」

休日だから私服ということもあるのだろうけど、私の記憶にある四郎兵衛とは本当に違うようだった。へらりと笑って見せた顔は今も可愛く、撫でくり回したい衝動にかられる。嗚呼、あの時の私と四郎兵衛の身長差に戻れ…。こいつ絶対180cm以上あるだろ…。

お時間ありますか?と手を引かれケータイの画面を確認した。集合時間まであと2時間ぐらいある。一回実家に帰って荷物を置いて行こうと思っていたけど、別にそれは飲み会が終わってからでもいい。あるあるとノリノリで手を握り返して、鈍色空の下、吹き抜ける風に身を身を縮ませながら、私達は近くにあるカフェに入ったのだった。

「ここ、滝夜叉丸先輩と、次屋先輩と、僕と金吾でよくパフェ食べに来てたんです!七松先輩がバイトしてた時期があって、奢ってもらってて」
「あぁ、学園暴君ね」
「懐かしいんだな。あ、七松先輩、教員免許取ったらしいですよ」

「どうせ体育だろ知ってる」
「ははは、それ以外ないですよ」

コートを脱ぎながら椅子に座り世間話に華を咲かせた。七松先輩の話から、一つ年下の金吾くんの話まで。向こうにいると滝夜叉丸しか地元の知り合いいないし、あいつのことしか話題がないもんだから、滝夜叉丸の話をするほか私には話題がなかった。っていうか、ひたすら四郎兵衛の話を聞いている感じだ。自分の大好きな先輩の話や愛する後輩の話、大好きな友人の話を楽しそうにしながら、運ばれてきたパフェに手を伸ばす四郎兵衛の可愛さときたらない。身長は無駄にでかくなったけど、中身はやっぱりそのままなんだなぁとほのぼのしてしまった。一番好きなパフェなんですってストロベリーパフェかよふざけんな可愛い。

「…名前先輩……なんでニヤニヤして…」
「いやなんか、あの時のまんまだなぁって思って」
「へ?」

「覚えてない?休み時間に今日の委員会何するんですかーって滝のとこきてさぁ、近くに座ってた私からお菓子いっぱいポケットに入れて帰って行ったの」
「はっ、」

「なんかもう可愛くて可愛くて、小動物にエサ与えてる気分だったからね私」
「は、恥ずかしいからやめてください!」
「まだ覚えてるよー。可愛かったなぁあの時の四郎兵衛」

あの時はまだ私より身長が小さい、またはどっこいどっこいだったはず。高校生にしちゃ小柄な子だなぁなんて思ってたのもつかの間。こんなに大きくなっちゃって…。名前先輩悲しい…。


「年上の、女の先輩で知り合いって名前先輩だけでしたから」
「そうなんだ」
「なんか最初は緊張しちゃったんですけど、滝夜叉丸先輩と話してるとことか見てて、別に怖い人じゃないんだなぁって解ったんで、多分、その、甘えちゃってたんだと思います」
「私はめちゃめちゃ楽しかったよ。年下の後輩に懐かれるって三之助以外ほとんどいなかったから」

「次屋先輩、名前先輩の事大好きでしたからねぇ」
「ブッ」

思わず口に含んでいたストレートティーを吹き出すところだった。何?三之助が私を?

「まじで?それどういう意味の大好き?」
「もちろん恋愛対象としてですよ」
「まじかよおい…!うわ知らなかった!」

「先輩おっかけて同じ大学受験したらしいですよ。結局自分には無理だって解ったみたいで、別の大学に行ったみたいですけど。また名前先輩にお会いしたいって言ってました」


そういえば三反田先輩と同じ場所らしいです、と続けて、四郎兵衛はまたパフェを口に運んだ。

此れは意外な話だった。まさか三之助が私の事を好きだったなんて。何度かメアドやらなんやらを聞かれたことがあったけどその度時間がなかったりケータイ忘れたりで教えることが出来なかった。滝夜叉丸に聞けっていってんのに名前先輩から聞きたいんですなんてこと言われたこともあったな。あぁそういう意味だったのか…。私は年下の男の子を弄ぶような真似をしていたのね…。気持ちに気付けなくて本当にごめんね三之助…。

「名前先輩」
「うん?」
「僕も今年受験です」
「あぁそうかもうそんなときか」

「僕も次屋先輩には負けてられませんから、僕も、名前先輩と同じ大学受けます。名前先輩の事、おっかけにいきますからね」

「そっかそっか。うちに入れることになったら、また前みたいにお菓子上げるから、頑張ってね」
「はい!」

可愛い後輩が同じ大学を受験すると言っているのだ。応援しないわけがない。



だがしかし、気になる点がある。最初に言った「僕も次屋先輩に負けてられませんから」という言葉である。

四郎兵衛が誰かに対抗意識を燃やすなんて珍しい。っていうか、うぬぼれてもいいなら、この話の流れなら四郎兵衛は、もしかして、もしかすると、もしかするかもしれない。


「…ねぇ四郎兵衛」
「はい?」


「それって、その……どういう意味でとらえればいいの…かな?」


頬を赤染めた彼からその答えを聞けるのは







「桜が咲くまで、待っててください」






まだまだ先のようだった。










鈍色空に恋桜

見ない間に大人びた君と








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昨日電車の中で成長二年(主に四郎兵衛)の可能性について
語り合っているJKを見かけた記念短編
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