「名前先輩」
「やぁまご………」

「全員、眠りました」


私の背を叩いた孫兵の首に、あの赤い蛇は巻き付いていなかった。その首は寂しく肌色を見せていて、すり抜ける風にふるりと肩を揺らした。


「そうか、もうそんな時期か」
「はい。みんな小屋で」

「そうかそうか。じゃぁ、また来年の春だな」
「……」

寂しそうに私の服の裾を掴んだ孫兵の足元に、私の横を歩いていた相棒の狼が擦り寄った。落ち込むなよとでも言いたそうなその顔に孫兵はうっすら笑みを浮かべた。

ついに冬が本格的に始まり、孫兵のペット及び生物委員会で飼育している生物の大半が冬眠にはいった。ジュンコは最後の最後まで孫兵の側にいたのだが、やはり孫兵もそれではジュンコの身体に障ると判断したのか、ついに今日眠ったらしい。眠ったといえば聞こえ方は悪いかもしれないが、実際そうなのだから仕方ない。長い冬を越すため、あいつらは体力を温存せねばなるまい。むしろ、飼育小屋なんていういい環境で眠れることにありがたみを持った方がいいぐらいだ。孫兵はこの日のために八左ヱ門率いる生物委員の後輩皆と一緒に連中の冬眠の準備をせっせと進めていたのだ。私も手が空けば手伝ったが、間に合って本当に良かった。

「寂しいか?」
「えぇ、やっぱり毎年のこととはいえ…」

「私も寂しいよ。この季節になると可愛いお前の元気がなくなるのだから」
「……」

「お前も寂しいよなぁ。ジュンコに逢えなくなるのだから」

ぐるると喉を鳴らして伸ばした腕に擦り寄った相棒は、鼻の頭に落ちたふわりふわりと落ちる雪に驚いたのか顔をぶるっと振った。犬は喜び庭駆け回るとはいうが、こいつも例外ではないらしい。


「……春にはっ…」
「うん?」



「………来年の春には…もう、名前先輩は、……」



孫兵はそこまで言って、私の顔を見上げた。

そうか、そういえば、もう来年の春には私はジュンコ達には逢えないのか。私は、卒業するのか。そういえばそうだった。六度目の冬につい来年もここで過ごすものだと思っていたのだが。慣れとは恐ろしいもんだ。


「…孫兵」
「……もう、名前先輩と、あの子たちをあわせることは出来ません…」

周りを見ても雪ばかり。虫の気配も、爬虫類の気配なんてもっとない。静かな空気になってしまった。少し前まであっちこっちで孫兵やら八左ヱ門が脱走した虫や蛇たちを追い掛け回していたというのに。今は脱走するものがいなければ、孫兵に首に、あの美しい蛇さえいない。

そうか、あの光景はもう二度と、見れなくなるのか。


「…そうか、そうか。それは、寂しいことだなぁ」

「………失礼します…っ」


掴んでいた裾は離され、孫兵は駆け足で長屋へ戻って行ってしまった。駆け出した孫兵に驚いたのか相棒は孫兵の背を見つめ、そっと私の元へ戻ってきた。撫でた頭には少しばかり雪が積もっていてひやりとした。…冷たいな。




「…なぁ、孫兵を呼んできてくれないか」
































部屋にこもって膝を抱えていると、部屋の扉がガタガタと不自然に揺れた。そんなに風も強くないのに、一体なんだろう。疑問に思いつつも立ち上がり扉に手をかけ開いてみると、その向こうには名前先輩の相棒の狼がいた。外はすっかり暗くなっていたのに、この子の目は綺麗に輝いていた。

「なぁに?どうしたの?」

頭を撫でようと伸ばした手だったのに、裾をがぶりと噛まれてぐいぐい外へ引っ張り出されるように引かれた。

「えっ、え?何?」

吠えることなく裾を引っ張る狼。僕が動かないと解ると、口を離して僕と距離をとるように縁側から外へ飛び出した。まるでついて来いとでも言っているように僕を見た。

「……ついてこいって?」

小さく喉を鳴らして、狼は学園の門の方へ駆け出してしまった。あれは名前先輩の相棒の狼。よく躾られている。意味もなく僕のもとへくるわけがない。名前先輩に、なにかあったのだろうか。

外は暗い。見失ってしまう前に、追いつかなければ。

さすがに、狼の足にはついていくことが出来なかった。走っても走ってもあの子の足には追いつけない。狼は走っては止まって僕がついてくるのを確認するように振り返り、また走っては振り返って僕を見た。徐々に山に入って行っていることに気がついて、少々夜の山が怖いと足がすくんだのだが、此処で見失っては元も子もない。顔にまとわりつく雪をはらいながら、僕は前へ前へ進んだ。


そして狼は、ついに僕を置いて、暗闇の中へ走り去って行ってしまった。




…え?僕は、なんのために此処へ来たの?あ、遊ばれた?なんで?


ちらちらと振り続ける雪は木と木の間を通ってきているからか其処まで量は多くないのだが、ここまで陽が落ちた山の中へ入るのはいつぶりだろうか。

……前もこんなことがあったような気がするけど…。




「前もこんなことがあったなぁ」
「!」

「お前がジュンコがいなくなったって大騒ぎして、涙流して私の部屋に飛び込んできた。木下先生のもとでも八左ヱ門のところでも、先輩の部屋でも行けばいいのに。なんで私の処に来たのか」


背にある木の向こうから名前先輩の声がして、僕は慌ててそちら側へ回ると、名前先輩は木に背を預けるように座っていた。横にはさっきまで僕を此処へ連れてきた狼も伏せていた。

此処だけ、なぜか少しだけ明るい。


「あの時お前はこいつの鼻を頼りに探してもらおうとしてたんだな。一年なのによくそこまで考えたもんだ。龕灯片手に学園中を探して、結局こいつと山へ一緒に入って行ったな」








『名前、先輩っ、…!』
『泣くな孫兵。大丈夫だ、ジュンコはきっとみつかる』

『……名前先輩、』
『なんだ』



『…蛍、みたいですね』








「今でもよく覚えてるよ。龕灯の明かりに照らされた雪が蛍のようだと言ったお前の言葉。綺麗な表現の仕方をする奴だなぁと足を止めたのもよく覚えてる。あぁ、そのあとすぐにジュンコが見つかったな」


そう言いふと名前先輩が顔をあげ上を見ると、樹の上から龕灯が吊るされていた。その灯りで名前先輩の周りだけ明るくて、まるでそれは、




名前先輩が、蛍に囲まれているように見えるのだった。




「…もうあいつらに囲まれるお前に会えないとなると思うと悲しくてね」
「……先輩、とても綺麗ですね」

「隣に座ってくれ」
「えぇもちろんです」


座った其処はもう既に少し雪が積もっていて、尻が少し冷たかった。

「私の手作りで悪いな」

ふわりと首に巻かれたのは


「うん、やっぱり似合う」


愛しい蛇を同じ色、柄をした襟巻だった。



「蛍に囲まれ首はあの蛇がいる。まるで今が夏のようだな」
「……名前先輩」
「うん?」


「卒業しても、また逢いに来てくれますか…?」





名前先輩は、ただ黙って、僕の頭を撫でるだけだった。



















春知らぬ蛍
それができぬ約束と知るまで、
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