久しぶりに女の町へ来たのはいいがあちらこちらで色めく店の明かりに、連中は浮足立ってお気に入りの女がいる店へ消えて行った。
檻越しに女の名を呼び店に飛び込むあいつらに思わず笑ってしまった。ここ最近は海の上にいることが多く女に触れることが少なかったからか、駆け出す足の速さと言ったらない。いい年してまだ女は欲しいか。

身体からする潮の匂いにすれ違うやつはたまに俺に視線を向けては顔の傷も目に触れたのか慌てて視線を逸らした。海賊が遊里に来て何か悪いとでもいうのか。お前も刀を下げた武士のはしくれだろう。そんな奴が此処へ来ていることの方が俺としちゃおかしいんだがな。

別に俺は此処へ来てもお気に入りの女がいるわけでもない。陸酔いもしてきたし、もう帰りてえ。こんなんだったら忍術学園へ行ってあいつの…


「お兄さん、お兄さん、」



忍術学園へ………


「お兄さん、お兄さん」





…………この声は、




「え…名前……!?」

「お兄さん、どうか此方へ立ち寄ってくんなまし」


右にある店の檻の中から聞こえて来た声は、どうあってもこんな町で聞いては行けない声だった。半信半疑で首を向けてみると、いつもの桃色の服ではない派手な着物にいつもと違う髪飾りをつけて、色白い腕を伸ばし手招きするのは、どう見ても、名前。


「お前、こんなところで何して…!?」
「お兄さん。どうか遊んで行ってくんなまし」


ガシャン!と檻に手を当て中を見る。やはり、俺を呼び俺に手を伸ばしたのは名前だった。いつもと違う化粧。いつもと違う服。いつもと違う甘い声。檻を握る俺の手に触れたその手つきも、いつもと全く違った。まるで顔は名前なのに、名前じゃないみたいだ。


「名前…?」

「……ごめんなさい鬼蜘蛛丸さん、今課題の最中なの…」

「!」


ぽそりとつぶやいたその声は、やっぱり名前の声だった。なるほど、驚いたが、まぁ名前がこんなところに売られたわけじゃないよな。

店先の男に声をかけ、名前が入っている檻を指差し名前を名指しした。へぇどうぞどうぞと足元を示しながら男は俺を店にいれたのと同時に、少し向こうでガシャンと鍵を開ける音がした。

階段を上がり部屋に入れられ出された酒を飲んでいると、「失礼いたします」と襖の向こうで、さっきの甘い声がした。部屋に入ってきた名前はその場で手を着き頭を下げ、如何にも花魁、といったような仕草をしていた。まるで本物。なんの課題だかは知らんが上手く化けているもんだ。

名前についていた小さい女は席を外し戸は閉められ、部屋には俺と名前だけになってしまった。


「名前、」

「酔いのほうは大丈夫なので?」
「こんなとこでお前の顔みちゃそれどころじゃねぇよ」

「そうですか。それはなにより。ですが、すいません鬼蜘蛛丸さん…課題に巻き込んでしまいまして……」
「別に構わないが、一体これはなんの課題だ?」

「いやぁ実は…」


するすると着物の音を立てながら俺の横に来て酌をした。外には聞こえないぐらいの小さい声で、名前はその課題とやらの内容を話した。

どうやら今花魁に化けている最中で、店先で男に名指しされれば課題はクリアらしい。檻の中からどう誘えば男に気に入られ名指しされるか。それが一番の課題だったらしい。一瞬でその男の好みの女のタイプを見抜きその女に声と顔をどう化けるかを見抜かなければ、初対面で檻越しで名指しなどほとんどされないであろう。誰にターゲットを絞ろうかと檻の中から外を見ていると、目の前を兵庫水軍の連中が駆け抜けて行った。一瞬見間違いかと思ったが、その後現れた俺。これは天の助けと思い、俺に声をかけたという。

課題内容は伝えなかったが、俺は名前を名指しした。これで名前は無事、課題をクリアしたことになるみたいだ。


「…俺で大丈夫だったか?」
「何がです?」

「課題の内容を知らなかったとはいえ、顔見知りがお前を買ったんだぞ?」
「課題に響くかってことですか?」
「あぁ」

「その点はご心配なく。あくまで名指しされるのが課題ですから。私は鬼蜘蛛丸さんに買われた身。課題は無事にクリアですよ」

空になった御猪口に酒をつぎ、名前はほっと一息ついたように肩をなでおろした。


「それにしても、久しぶりですね。場所が場所ですけど、こうして二人でお逢いするのは」
「ここんとこずっと沖に出てたからな。………寂しかったか?」

「はいとても。それはもう逢えない日が何年も続いていたように」

「…素直だが大げさだな」
「本当の事ですよ」


するりと触れた手が思ったよりも温かく、顔が熱くなる。これじゃまるで本物の花魁だ。くのいちの卵なんかに見えない。


「潮の匂いがします」
「そりゃぁお前、海賊だからな」

「鬼蜘蛛丸さんが側にいると思える香りです。大好き」


絡んだ指はいつの間にか名前の顔へもっていかれて、俺の手は名前の頬へ触れた。



「…花魁さんよぉ、こりゃぁ誘ってんのか?」

「あらようやくお気づきで?そりゃぁこれでも卵とはいえくのいちのはしくれ。罠にかかった男をこのまま返すはずがありませんもの。貴方が一番よく、おわかりのはずでしょう?」


その言い方では、まるで蜘蛛のようだ。

着物姿の名前を膝の上に引き上げ口づけを交わすと、コロリと手から落ちた御猪口はそのまま畳に転がった。名前は俺から離れ、髪に刺さっていた簪を一本残らず抜き捨てた。はらりと舞い落ちる黒くまっすぐな髪は色鮮やかな着物を滑り落ちる。あぁこの香り。名前だ。

心臓が跳ね上がり制御できなくなる前に、俺は名前を抱えて布団の引かれた寝所へ運び込んだ。


「名前、お前一晩いくらだ?」

「あらやだ、お金払ってくださるの?」
「此処は遊里だ。女は金で買われるんだろう?」

「そうですねぇ、だったら鬼蜘蛛丸さんが私にふさわしいと思う値で、此の身体、売ってあげてもいいですよ?」

「……そいつは随分、お高いこった」


懐から取り出した銭の入った財布を放り投げるとジャラッと大きな音を立てそれは名前の頭上へ落ちた。聞えた音が予想以上だったのか、名前は驚いたような顔をしたが、遊里にいるこんな特上の女を、名前を、安い金で買うほど、俺は落ちちゃいない。


「此れで満足か?」

「えぇ十分。さ、お金は受け取りました。逢えなかった分目一杯愛してくださいな」


お前のためなら金なんかいらない。好きなだけくれてやる。


だから、




「花魁に化けているとはいえ、他の男にそんな顔しないでくれよ」

「ご心配なく。私鬼蜘蛛丸さん以外の男を男と思っちゃいませんので」

















蠱惑性
貴方の香りで私の胸は満たされる
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