「増えてますよ、先輩の肩に梟が」


三治郎の言葉に、俺はまたかと肩を落とした。


「またですか?」
「ここ最近ずっと肩が重いと思ったらそれか……」
「助けたんですか?」
「んー、一週間ぐらい前だったか…死にかけてた梟を、ちょっとな」

「そうですかー。大層竹谷先輩に懐いてますよ」
「え、」
「主人と思ってるんですかね」


三治郎は別に悪い子ではないですと言って、俺の何ものっていない肩を見つめた。

一週間前に、忍務で入った山の中。帰りに獣に襲われたであろう、羽が血まみれの梟を見つけた。

誰に見つからないように学園の裏の山に連れて帰り、三日ほど治療をしたのだが、やはり死んでしまった。
墓も立ててやった。埋めて、樹の枝をさし、よく好んで食べていたおばちゃんの漬物を少し供えて、手を合わせた。

だがその時、サァ、と吹いた風が、異様な空気だったことだけは覚えている。生ぬるいような、体に纏わりつくような空気だった。
ズシリと重くなった体に、また何かくっつけてしまったのだろうかと思ったが、まさか其れの正体があの梟だったとは。

俺は生物と関わることが多い。それはもちろん生物委員会だからということもあるが、獣遁を得意とする関係上、申し訳ないが、たくさんの仲間を犠牲にしてしまっているということも事実だ。


「やっぱり…お祓いでもするべきなのか…」

「…しかし、竹谷先輩の大事な仲間では……」
「そこなんだよなぁ…」


三治郎と手をつなぎながら飼育小屋を目指した。

憑りついているというそいつらは俺に懐いてくれた大事な仲間だ。命令を無視して俺をかばって命を落としたものも数多い。そいつらは、死んでも俺の側にいてくれているみたいだ。体が重くなったり不思議なことがことが起こったりするのだが、お祓い等はしなかった。だって、仲間だったやつらなのに…俺のために死んでくれたのに、払うことなんてできない。


だがここ最近は体の重さが異常だ。
三治郎が言うには、足には狼、腕には鷹、背には虫、頭に猫、そして肩に梟。俺の身体で動物王国が出来上がってしまっている。


ゴキリと肩を鳴らせば気休め程度には軽くなる。っていうか、日常生活に支障はない。だが、忍務や実習で疲れが出ると、人一倍体がダルくなることがあるのだ。

「……うーん、」
「三治郎?」

「僕、前から思ってたんです。一平には犬のチビが、孫次郎には鷹のタカ子と猫タマ吉が、虎若には犬のケンちゃんが、伊賀崎先輩にはもっといっぱい、マリーとか、ミーちゃんとか、ジュンイチとかカメ太郎一家とか、その他いっぱい。生物委員会のみんなは、気付いていないかもしれませんけど、憑りつかれている人が多いんですよ」

「!?!?」

「悪霊はいないですけど、僕、何とかした方がいいかなぁってずーっと考えてたんです」


うーんと三治郎は顎に手を当て、悩んだ。なんとかというのは、やはりお祓いと言うことだろうか。
三治郎は山伏の子だが、祓うとか、そういうことはまだ出来ないみたいだ。俺は山伏というものの存在について詳しくはないのだが、こういうのは三治郎が一番よく解っているだろう。餅は餅屋というしな。

飼育小屋につくと、孫兵が虎若と孫次郎を抱きしめ頭を撫で、その横にいた一平が俺に駆け寄ってきた。


「た、竹谷先輩…!」
「……っ!……あぁ、ダメだったか……」


涙を流す一平は、可愛がっていた兎の雪を抱えていた。目を閉じている雪は、まるで眠っている様子だが、息はしていない。体が弱かったのに、腹に子供を授かっていた。産む前に、命を落としてしまうだなんて。

今日の委員会活動はこいつの墓をつくること。生物委員会で裏山に穴を掘り、布でくるんだ兎を埋め、墓石を置いた。手を合わせると、やはりそこで、風は吹いた。

三治郎は、一平の足元を見つめていた。


「一平、……足、大丈夫?」
「…え?足?…………あれ……?」

「痛むのか?」
「いえ、その、……重い…?」


一平は捻ったかなと言いながら、足首をさすっていた。憑いたのか。

三治郎に視線を向けると、三治郎は、「よし、」と小さくつぶやいた。


「伊賀崎先輩、虎若、孫次郎、一平、今夜、ちょっとお出かけしませんか?」






























三治郎に連れられて、俺たちは夜中にこっそり学園を抜け出した。何処へ行くんだと聞いても、秘密です!と三治郎はいつもの笑顔で答えた。孫兵が孫次郎を背負い、俺は虎若と一平を抱えて、素早く樹から樹へと移動して進む。真夜中の森ほど動きやすい場所はないが、一緒に居るのは下級生だらけだ。何かあったら俺が守らなければ。

此処です!と足を止めた場所は、明かりの消えた真っ暗な町だった。……暗くて良く見えないが、此処はどの町だ?俺の知ってる場所か?やはり明るい時と暗い時と、見えるものは違うのか。

「三治郎、此処でいったい何を…」
「こっちです!こっちこっち!」

一平と虎若とおろし、孫兵も孫次郎をおろした。三治郎が俺の手を掴み町の中へと駆け出す。それにつられて、他の連中も言葉を発することなく、俺の後ろを走ってついてきた。


「名前さん、名前さん、僕です、三治郎ですよ!」
「……っ、三治郎、今誰に、」

「……あっ!ありがとうございまーす!さて、行きますよー!」

町の家と家の間。狭い道へ、三治郎は俺の手を引いていった。途中木箱が道を邪魔したり、蔦が家の間を覆っていたり。


おかしい。町は広いとはいえ、ここは町の外れの場所だったはずだ。この家も、そんなに長く建っている建物じゃなかったはず。

此処は何処だ。三治郎は何処へ連れて行こうとしている?


柵のようなものを飛び越えると、そこは大きな石壁で、行き止まりとなっていた。ますますおかしい。何故此処に、石壁が。城があるわけでもないのに。
後ろを振り返り柵の向こうを見ると、光はもう米粒ほどの大きさになっていた。だが、上を見ると、真っ暗。横も、下も、真っ暗。まるで、闇の中を歩いているようだった。


「三治郎…」

「えーっと、あ、そうだそうだ」


三治郎は、手を前に、行き止まりの壁に、九字を三度切、印を結んだ。


「皆で手を繋いで、目を瞑ってください。ここからは僕が引っ張ります!」

「お、おぅ、虎若、」
「は、はい」

言われたとおりに、俺は後ろをついてた虎若と手を繋ぎ、虎若は孫次郎と、孫次郎は孫兵と手を繋いだ。そして目を瞑り、三治郎と手をつなぐと、三治郎は前へと進んだ。

一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、六歩……………。



行き止まりだった、はずなのに。




「到着です!もう目を開けて大丈夫ですよ!」


「……なんだよ此処…」
「…ここは……」
「うわぁ、…何此処…!」
「きれーい…!」
「嘘、だろ…」




「待ってたよ三治郎、これで一月ぶりねぇ」

「名前さん、お久しぶりでーす!お土産に鮭持ってきました!」
「これはこれは、可愛い可愛い三治郎、私の愛する蛇のゴサクは元気かな?」
「はい!今日は兵ちゃんの見張りを任せてきました!」
「それはなによりそれはなにより」


其処は、まるで、動物屋のような場所だった。あたり一面にぶら下げられた鳥かご、虫かご、麻袋。床には積み上げられた籠、檻、箱。
怪しげに光る蝋燭の灯は青白く、あたり一面にぶら下がっていた。

「ご紹介しますね、こちら僕の友達の、名前さんです」
「ご紹介された、名前は私だ。で、そっちの、動物王国さん方は一体何かな?」

「生物委員会の先輩と、友達です!竹谷八左ヱ門先輩と、伊賀崎孫兵先輩、それから、こっちから虎若、一平、孫次郎です!」

「愛らしい男子がわらわらと、今宵は良い夜だねぇ」


真っ白な着物に身を包み髪を短く切りそろえた女性は、名前さんと言った。その姿はまるで、死に装束。
椅子に座り煙草をふかす名前さんに、三治郎は駆け寄り抱き着いた。そのまま体を抱え上げられ、三治郎の体は名前さんの膝の上に収まった。

此処は一体何処だ。この人は一体、何者だ。

「祓えと?」
「ううん、預かってほしいんです!僕みたいに!」
「それはそれは、誰から預かろうかな?」

「ちょ、あ、あの、えっと、貴女は一体……」

「……三治郎、お前何も言わずに連れて来たか?」
「僕から話すより、名前さんが話した方がいいと思いまして」


預かる?誰から?何を?…全く、言ってる意味が解らない。

スイとあった黒い視線に、俺は思わず口を開いた。あの孫兵ですら、この状況を読み取ることが出来ず、俺の服に掴まっているありさまだ。そろそろ、この状況を理解したい。


「小生は、預かり屋よ」
「預かり屋…?」


「お前さんの身体に憑いているものを預かるのよ、必要な時までな」


「……祓うのとは、違うのですか…?」
「預かると言ってるだろ。何を聞いている」

ふわふわと三治郎の頭を撫でながら、名前さんという女の人は煙管を口にくわえ、フゥと上に煙をやった。


「……貴女、何者なんですか…?」

「三治郎と同類よ。ただの不思議な、女と思ってくれればよいわ」
「…預かるとは……」
「お前さんたちの周りにいるものも、預かり物よ。見えないか?」
「……籠、」
「の、中よ。……………やれやれしばし待ち」


胸に三治郎の頭を抱え、名前さんは肺いっぱいに煙草の煙を入れ、思いっきり、吹き出した。



「…っ!?」



ふわりと舞う煙の中で見えたのは、籠の中にいる、無数の生き物。


「うわっ、…!!」


孫兵が目を開いて、俺の服を力いっぱい握りしめた。

煙越しに見えたのは、ぶら下がった籠の中で眠る、猿や、鷹や、梟、虫や、そのぶら下げる紐に絡まる蛇などの、霊。

檻の中で眠る、犬や、兎、猫、狼や、熊までが、透けて見えていた。


…これは、霊。………生きては、いない…。





「憑きもの預かり屋よ。もちろんいらぬなら祓うことも出来るが、お前さんたち、今宵はどちらでうちにきた?」




「……こ、これ…は…………っ、」

「まぁまぁ、怖がるな怖がるな。お前さんらの者たちは既にここが気に入り始めているがなぁ」
「は…、」

「名前はなんだ?ん?お前は名もなき梟か?その男に礼がしたかったか?」
「!?」

「お前はなんだ?マリーか?可愛い名を貰ったなぁ。ミーちゃんというか?踏まれたか?ははは、災難よなぁ」
「…!?な、なんで…!!」

「ケンというもの、その男子に忠義を誓っておるぞ」
「ケ、ケンちゃんが……」

「これは小さい犬コロ。チビというのか?」
「ち、ちび…」


「それから…………嗚呼、お前は、子を産めずして死んだか、なんと………可哀そうな」
「!」


三治郎をおろし頭を撫で、名前さんは、一平の足元へ視線をおろした。一平は体を強張らせたが、名前さんが一平の頬を撫ぜると、


「一晩、側についておったのだな。お前の優しさ、雪には届いておったみたいだぞ」

「っ、……〜〜〜っ、!!」


一平は、ぼろぼろと涙を流して、名前さんに抱き着いた。









「預けられた物どもは必要になればかえす。いらぬなら祓い、この世から消す。私はその間の人間だ。預かることもできるし、貸し出しも、祓うも、全て承る。私は此処で、人ならざるものを扱うものよ。信じられなければそれでよい、祓うだけ、祓って、記憶は、三治郎に任せようか」

「はい!お任せ下さい!」

「今ご時世、こやつらがどれだけ利口で賢いか、今の人は解っていないからもったいないよなぁ。こやつらほど可愛い生き物も、そうおらんわ」


せらせらと手を口に当て、三治郎を抱きしめる名前さんは、一体、何者なんだ。





「貴女は一体、……此処は、一体、なんなんですか……………」




名前さんは、ぶら下がっていた看板を、くるりとひっくり返した。






























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