「お前に殺される夢を見た」
背中合わせで、彼はポツリとつぶやいた。
「へぇ、どんな夢だった?」
「お前が私の首をかっ裂くのだ。私の愛しい輪子でな」
「いい夢じゃない、愛する子に殺されて」
「それは輪子のことか?名前のことか?」
「あなたはどっちだと思う?」
「名前が持つ輪子だ」
「我儘な人だねぇ」
ゴリゴリと薬を磨り潰し磨り潰し、部屋には薬品の匂いがふわりと広がった。
「夢の続きは?」
「名前が私に言うんだ。『やっと殺すことができた』と」
「へぇ」
「名前はいつから私のことを殺したかったのだろうか」
「私は、笑ってた?」
「お前は泣いていた」
「変ねぇ、望みが叶ったのに泣いているだなんて」
「私はそれでもお前を愛し続けた。薄れゆく意識の中で、お前に謝った」
「なんて?」
「不甲斐ない私を許してくれ、と」
さらさらと小さい音を立てて、薬はビンの中へ綺麗におさまった。
「滝夜叉丸」
「なんだ」
「言ってみなさい。怖くてたまらなかったと」
私は座る向きを変え、滝夜叉丸の背に話しかけた。
「私に裏切られて怖かったと」
「例え夢の中でも、私に殺されて悲しかったと」
「私のことを裏切らないでくれと」
「私のことを愛してくれと」
「言葉に出せば、楽になるわよ」
夢見が悪い時は誰にだってある。
喜八郎が言っていたのだ。
滝が名前を見る目が、恐れているようで、悲しそうな眼だったと。
「私が、一度でもあなたを突き放したことがある?」
彼はプライドが高い。
「私が、一度でもあなたを見捨てたことがある?」
彼は素直じゃない。
「私が、一度でもあなたを裏切ったことがある?」
彼は、己を外に出したがらない。
「……名前、」
「なぁに」
滝夜叉丸の震える腕が、私の後ろへ回った。
「私を、裏切らないでくれ」
首筋が濡れたのは、きっと雨。
「私を、見捨てないでくれ」
腕が震えているのは、きっと地震。
「私を、いつまでも愛していてくれ…!」
彼は己を外に出したがらない。
己を中に閉じ込め、完璧を演じることで、
"平滝夜叉丸"という殻にこもることが出来るのだ。
弱気な姿など、誰にも見せることが出来ない。
成績優秀容姿端麗の平滝夜叉丸が、
夢見が悪くて泣いたなんて、誰かに言えるものか。
「…よしよし」
背中を優しく叩くと、滝は鼻をすすった。
子供っぽいところもある。
今はまだこの学び舎に守られている。だから私が守ってあげる。
いつかここを飛び出して敵になってしまうかもしれない。
もしかしたら、正夢になってしまうかもしれない。
「…名前…っ、」
「大丈夫よ」
だけどそれまでは、素直な君でいて。
悪夢マリオネット覚えているかな、いつの日かそんなことがあったのを
あの時の君は私に殺されるのを恐れていたんだよね
「……やっと、殺すことができた…」
だからって、私を殺さなくてもよかったんじゃない?
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名前に裏切られたくない
↓
もし裏切られたらどうしよう
↓
でも裏切る可能性もある
↓
いやいやそんなわけない
↓
だけど可能性はある
↓
(無限ループの過程で頭がおかしくなる)
↓
裏切られて殺されるぐらいなら
↓
私の手で殺してやろう←イマココ!
_人人人人人_
> とんだ病 <
 ̄^Y^Y^Y^Y ̄