「ね、苗字さん」

「次屋くん…?」

「俺が今君に、『さっき誰かと使ってない第二音楽室でヤってたでしょ』って言ったら、苗字さんはどうするの?」

「!」


別に、それを覗いていたわけじゃない。午後の授業がつまんなかったから昼休みからずっと寝てただけ。気付いたらもう午後の授業が終わってた。
そろそろ家に帰ろうかなーなんて思ってぼーっとしてたら、背後から聞こえたやらしい声。


「まさか、級長でクソ真面目って思ってた苗字さんが、学校であんなことするとか思ってなかったからさ、正直びっくりした」

「…」


バレた羞恥による顔色の変化か、それとも差し込む夕日の色で赤く見えるだけか。
苗字さんは下をうつむいて動かない。多分俺が動かないと、彼女は何もできないんだと思う。

そりゃそうだ。こりゃ完全に俺が苗字さんの弱みを握っちゃってるってことだもんね。


「苗字さんて、結構そういうタイプなの?」

「…」

「………黙っててほしい?」

「…出来れば……」


小さい声で、そう言った。多分今風が吹いたらかき消されるほどの小さい声。


「……じゃぁさ、」


座っていた机から降りて苗字さんへ近寄り、腕を引っ張り黒板にバンと叩きつけた。









「黙っててあげるから、俺とも遊んでくれない?」









腕を黒板につけ逃がさないように苗字さんの股に足を入れ顔を上げさせた。
……やっと目があった。あーあー、ビックリしてらぁ。



だが暇つぶし程度にと思ってたのに、…この女、






















「………あぁ、なんだ、お金でも要求されるのかと思ってた。体だけでいいの?」



















おいおい、普段教室の隅っこで黙って本読んでる優等生キャラは、作り物だったわけ?



「……つまりー、苗字さんはー、…浮気するってことでいいのかな?」

「そういうことになるかな」

「俺でいいの?」

「誘ったのは次屋くんでしょ?」

「まぁそうだけど」

「今更怖気づいたわけ?」

「……んなわけねぇだろ」


見上げられた俺より小さい背の彼女にキスすると同時に、完全下校のチャイムが鳴った。誰もいない教室でヤるなんて、あいつが聞いたらすごいスリル〜なんて言いそうだ。



別に彼女が欲しかったとか、苗字さんのことが好きだったとか、そういう動機などは一切ない。ただの暇つぶし。ただの暇つぶしで名前とそういう関係になっただけ。
一人いるだけで、性欲もなんとかなるし、いろんな女と遊ばなくてすむし。

まさかうちのクラスの級長とこんな関係になってるだなんて、多分このクラスは誰も気づかない。気付くわけがない。だって俺と名前が喋ったのはこの時が初めてだから。
大層驚いたことだろう。初めて喋った内容が自分のそれを目撃されたという話では。俺だってびっくりしたよ。学校でそんなことヤってるだなんて……授業中の名前の姿からは一ミリも想像できない。言うつもりはないけど、作兵衛と左門が聞いたらなんて顔するか。作兵衛なら俺のことひっぱたくだろうが、…左門ならどうだかな。結構あいつも俺と同じようなタチの人間だし、俺と同じ手段をとるかもしれない。

身体だけの関係だとか言っても、名前は案外いろんな話が合うみたいだった。笑いのツボとか音楽の趣味とか。ゲームとか、そういうの諸々。
今じゃ別にヤるだけの関係じゃない。暇だったらどっか遊びに行くし、ただ遊んで帰るだけのこともあるし。

……名前があの時ヤってた相手は聞いてない。まぁ先輩か、同級生か。誰だったにせよ、今の名前のこの行動は全て、"浮気"というものに値するものだ。
なのに悪気があるというような態度も表情も一切見せない。

その相手とは本当に付き合っていたのかと聞くと、付き合ってたよと返ってくる。付き合ってたのにこんなノリノリで浮気していいものか。


「名前、今日暇?」

「暇だけど」

「放課後遊ぼ」

「いーよ。何処で?」

「俺んちは?」

「いーよ」


ついに教室でこんな会話をするようになった。周りのやつらは俺の行動にも名前の口調にも、会話の内容にも心底驚いているようだった。
クソ真面目の級長が、チャラ男と呼ばれる次屋三之助の家に遊びにいくなど、というような顔だ。

皆知らないだろ。俺、名前の浮気相手なんだ。



名前は俺の自転車の後ろに乗った。俺に抱き着きながらケータイをいじりはじめた。


「…うわ」

「何?」

「んー、なんでもない」


しばらく走って信号で止まり、また走って信号で止まる。30分くらいこぎ続けて俺の家に到着した。
お茶飲んでお菓子食って談笑して、まぁそのまま事に進んだわけですけど。


俺も、まぁ、その、最低な始まりでしたけどね、その、ほら、恋慕と言うものが芽生えてしまったわけで。


良くあるじゃない。遊びだったけど気付いたらまじで好きになっちゃってたんですー的なね?まさに今その状態で。
名前は本命の彼氏がいる。だけど俺と浮気してる。けど浮気していることに対して全く悪気がない。つまりその本命の彼氏のことは、少しずつ好きではなくなってるってことでいいのだろうかね。

そりゃまぁ俺も男ですし、期待はするよ。っていうか遊びでとか口封じでとはいえ本気で嫌いな相手とヤれるようなやつはいない。つまり少しでも俺のことを好きではいてくれるはずだ。

勢いで告ってもいいかななんて弱気なことを思ったりするような感じになったわけです。


「なぁ名前」
「なにー」


ベッドでゴロリと寝返りを打てば、名前の真上に到着した。名前のおっぱいを育てたのは俺だ。間違いなく。


「…あのさぁ、」

「んー」

「……本気で付き合ってほしいんだけど」


俺からそんな言葉が出るとは思っていなかったみたいで、名前はものすごく驚いたような顔をして俺を見た。羞恥にたえられず俺は名前の胸に顔をうずめた。あ、冷静に考えたらこっちの方が恥ずかしい。


「……私彼氏いるって言わなかったっけ」

「…浮気相手に可能性はないの?」

「………」


名前は眉間に皺を寄せた。

あー、言わなきゃよかったかも。



ぴろんっと小さい音がなって、名前は枕元に置いてあったケータイを手にした。



「……あのねぇ三之助」

「あ?」

「…私も一つ言いたいことがあるんだけど」

「何?」



名前はゆっくり、持つケータイの画面を俺に向けた。
















「………バレた、浮気」
















画面を見て、俺は全身の血の気が引いたように感じた。












「……名前の、彼氏ってさぁ、」




家のインターホンが鳴ったような気がして、

























「体育の、七松先生」











































HELP!!!!!

俺は世界に別れを告げた。
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