「卒業式までには帰ってこれるって。ま、大丈夫でしょ」
二週間前のあの約束はなんだったんだ。
「名前、ただの情報収集とはいえ最後まで油断はするなよ」
「仙蔵は心配性だなー。死にはしないって」
死にはしないと、お前がいったんじゃないのか。
「バカタレ、お前はいつも最後で油断して失敗する」
「はいはい、文次郎には助けてもらいっぱなしでしたね」
油断はするなと、あれほど言っただろうが。
「名前薬は持った?いざという時のために包帯もある?」
「あるある。伊作からもらったの持ってるよ」
薬は持って行ったんだよね?それなのに間に合わなかったの?
「…気を付けてな……」
「ありがと長次。小平太のことちゃんと見張っててよ?」
お前のことも、見張っておくべきだった。
「私なら心配いらないぞ!頑張れよ名前!」
「おう、まかしといて小平太」
信じていたのにな、それなのにお前は戻ってこないのか。
「なんでこんな時期に忍務なんてやらされんだよ」
「しょうがないでしょ留三郎。六年まで残ったくのたまは私だけなんだから」
最後まで、残れてねぇじゃねぇか。
「ほんじゃ、行ってきます」
「行ってきます」のあとは、「ただいま」と言って戻ってくるんだろう。
いつもみたいなヘラヘラした笑顔で、俺たちのところへ戻ってくるんだろう。
「父上、言われた場所を捜索いたしましたが………」
「利吉、」
「……城は崩壊…もはやそこは焼野原と化し、城も、町も、人も、……何一つ、残っておりませんでした…」
いつもの緑色の服ではない、袴に身を包んだ六人は、その一言に呼吸することすら忘れた。
在校生、教師、そして卒業生が集まる教室に降りた一つの黒い影。その影からこぼれる涙が、何を意味しているのか理解したくもなかった。
黒い忍びは、理解したくないという表情を浮かべる卵の許へ歩み寄り、
「すまない……。これしか、見つからなかったんだ…」
と言って、懐から見覚えのある櫛を取り出した。
これはたしか、名前以外の最後のくのたまが、限界を感じて学園を去った時に、元気を失った彼女に皆で送ったもの。
彼女はこれを大層喜んだ。まだ自分にはこんなに優しい仲間がいるという証拠をもらったようで、彼女は、ずっとそれを身に着けていた。
それがなぜ、ひとりで此処に帰ってきている。
お前の主は何処へ行った。
誰かが「名前、先輩…?」と小さく声をもらしたのをきっかけに、
「嘘ですよね利吉さん!!!」
一人の、卒業式をまじかに迎えた忍びの卵が影に詰め寄った。
「冗談ならやめてください!!名前は一体何処にいるのですか!!」
「善法寺くん、」
「あいつは僕たちの許へ帰ってくると約束したんです!!いい加減なこと言わないでください!!」
「……っ、」
「名前、名前は、名前は今何処にいるんですか!?もしかして怪我をしているんですか!?だったら僕が名前を治療しに行きます!!場所を教えてください…!利吉さん、お願いします…!」
黒い忍びの服を掴んだまま、男は膝から崩れ落ちるようにして涙をこぼした。それにつられて、後輩も、一人、また一人と声を上げて泣き始めた。
帰ってこなかった。雛へと孵る前に、卵はそのまま死んでしまった。
「……生徒は全員、グラウンドに集合しなさい。予定通り、卒業式を執り行う」
「っ、待ってください学園長先生!!」
「まだ卒業生は…集合していません……!」
「あと一人だ!あと一人、必ずここへ戻ってくるはずなんだ!!」
「お願いします学園長先生もうしばらく時間をください!!」
「あいつは絶対に帰って来ます!!お願いします!!今少し時間をください!!」
泣きむせる後輩たちを背に、卵六人は床に頭を擦り付けるように頭を下げた。
だが、その願いは首を振る長によって空しく拒絶された。
「忍びに感情など必要ないと、六年間お主らに叩き込んできたはずじゃ…!今すぐグラウンドに行きなさい……!」
肩を震わせるその長も、きっと信じられないと思っていることだろう。
それか、此度の役目をあの卵に与えた自分を責めているのかもしれない。
この長のように、自分たちは感情を押し殺した言葉をいつか吐き捨てられるようになってしまうというのだろうか。
だったら私たちは、こんな姿になりたくはないと、この時何故か思ってしまった。
卒業式が進んでいく。六年間学び続けたこの学び舎から我々は今卒業しようとしている。
卵から雛へ。長いようで短かった道のり。今日でこの学び舎で過ごす日が最後かと思うと、悲しくて、空しい。
それ以上に、こんな時に仲間が一人減ってしまったこと。
これがこれほどまでに心を空っぽにさせてしまうことだとは、忍失格だと解ってはいる。
どうすればこの虚無をなくすことが出来るのだろうか。
何度これが夢であるのならと思ったことか。
何度これが嘘であるのならと思ったことか。
後輩に抱き着かれ、涙を流し卒業を祝われる。
感謝を述べる自分たちの顔に、本当の笑顔などないことを、仲間たちは知っている。
一人足りない。あと一人、足りない。
卒業生六人。違う。あと一人いた。卒業生は七人の予定だったのに。
予定、だったのに。
門をくぐり外へ出る。もう二度とこの学び舎に戻ってくることなど、ないのだろう。
「先輩!!」
決別の時が来たと思ったが、そんな六人を呼び止めたのは、まだ青い制服を着る後輩だった。
「……最後に、こんなものを寄越すことをお許しください」
「…久々知…?」
「……名前先輩から、お預かりしていたものです…」
「…っ、」
「ご卒業、誠におめでとうございます」
消えた青い影は、一通の手紙を残していった。
この手紙が読まれているということは兵助の手からみんなに渡ったということでしょうか。
つまり、私はもうこの世には残っていないということでしょうね。
最後まで勝手な行動をしてごめんなさい。
みんなを心配させたくなくて忍務の内容を偽って伝えたことを許してください。
忍務は情報収集だと言ったけど、本当はとある城の姫の影武者役だった。
もう崩壊しかけた国の姫、別の国へと移動させたいのに戦の真っ最中のためやすやすと外へは出られない。
そこで体系が同じくらいの私は姫の影武者となって城に残る。これが、今回私に任された最後の忍務内容でした。
鉢屋の次に変装が上手いのは私。そんで私はくのいち。この忍務に一番適していたのは私だったの。
そんな忍務を私に任せてくださった学園長先生を恨まないで。恨むならこの時代を恨んで。
陰で生き続けるはずだった忍が太陽の下で死ねるのよ。こんなに嬉しいことはないでしょう?
でもこんな話したらみんなはきっと大反対をして私を外へは出さんばかりに部屋に閉じ込めたでしょうね。
でも私にはこの忍務をやらなければならない。忍の分際で断るなんてできないじゃない。
一か八か生き残れたら、足が一本無くなろうが腕が吹っ飛とぼうが、どんな姿でも卒業式までには学園に帰るつもりではいるけど、
この手紙が出てしまったということは私は戻っていないんですね。本当、自分にはがっかり。
せっかく六年間一緒に過ごした友達と卒業式に出られないなんて、私はどれだけみんなに迷惑をかければ気が済むんだろう。
ごめんね。いっぱいごめんね。
仙蔵へ。いつも勉強教えてくれてありがとう。まだお礼のお団子奢ってなかったね。
文次郎へ。いつも助けてくれてありがとう。もう失敗はしないつもりだったのになぁ。
小平太へ。いつも元気をくれてありがとう。お願いだからもう無茶しないでね。
長次へ。いつも癒しをくれてありがとう。長次から貰った花の種最近咲いたんだよ。
留三郎へ。いつも鍛練に付き合ってくれてありがとう。戦うばかりが全てじゃないからね。
伊作へ。いつも勇気をくれてありがとう。伊作が忍に向いてるってことは私が保証するよ。
卒業おめでとう。本当におめでとう。
私はどっかの草陰で空でも見上げながらいつも通り昼寝でもしてるから心配しないで。
いつか誰かが話してくれた輪廻転生なんてものが本当にあるのなら、
いつかまたみんなと逢えるかもしれないってことだもんね。
だからさよならなんて言いません。
だからさ、またね。
苗字 名前
六つの泣き声は雲一つない澄み渡る空へと響き吸い込まれた。
月日は流れに流れた。平和な世。戦などない。
記憶が残っている今、誰も彼女を探そうとしなかった。
見つけてどうするというんだ。
見つけてやらないとあいつはきっと今頃泣いているはずだ。
見つけなくていい。
どうして。
あいつのことだ勝手にまた離れていく。
今度はそんなことありえない。
ありえないと思っていたことが起きた。
ありえないと信じた結果が昔なんだ。
いないのならいないでそれで結構だ。
いるならいつか何処かで逢うだろう。
また名前と別れるときは必ず来る。
もう二度とあんな悲しい思いなどしたくない。
きっと僕らは怯えていたんだと思う。仲間がいなくなったあの悲しみをまた味わうのが本当に嫌だったんだと思う。
「あと少しでこの校舎ともお別れかー」
「…時間が経つのは早ェな」
「私はまだまだ中学生活を楽しむぞ!」
「…それもあと…二週間だ……」
「まぁ俺たちは高校一緒だから別れるわけじゃねぇけどな」
「……二週間、か…」
そういえば、名前がいなくなったのも
「いなくなったのも、ちょうどこんな時期だったねぇ」
伊作がそうつぶやくと、屋上をさぁと冷たい風がすり抜けて行った。
いつか転校してでも来るかもしれないとベタな展開を想像していたのは何人いただろうか。
それもすべて裏切られ、結局こんな時期になってもあいつは戻ってこなかった。
「逢いたいね、今この時代に、生まれ変わってるなら」
「……そうだな」
小さく誰かが、「名前、」とつぶやいた。
「呼んだ?」
通り抜けた風は、屋上の入口の方へと吹き抜けていった。
その場にいた六人すべてが、その声の方向へ顔を向けたのだが、
そこに立っていたのは、名前じゃなくて、
「あんたたちには本ッッッッ当にがっかりした!三年間もずっと同じ階で勉強してきたのに一向に気づきゃしない!!そんなんだから鉢屋の変装にも気づけなくてイタズラにはまんだよ!!」
眼鏡をかけた三つ編みの女子が、そう乱暴に僕らに吐き捨てるように言った。
「昔よりずっと難易度の低い変装だったのにこんなのにすら気づかないわけ!?だからお前ら全員戦なんかで死ぬんだよ!!」
見覚えのない女子はそう言いながら、徐々に、僕らに近づいてきた。
「忍びとは疑うことからはじめること!!っていうかこんなベタな格好してんのに疑ってかからなかったわけ!?」
眼鏡を外して、スカートを折り曲げ、
「そんなんじゃ、いつまでたっても利吉さんのようにはなれないよ!」
ズルリと、髪の毛が、……カツラがとれた。
「ただいま」
ニカッと笑った見覚えのある顔に
僕らは涙を流してとびついた。
君はいつだって僕らを困らせる天才で反省の色なんてちっとも見せないんだから
「いつからそんなことしてたの!?」
「え、中学入学時から」
「何故早く私たちの前に出てこなかった!」
「いやいつか気付くかなーと思って」
「おま…!!何組だったんだ!?」
「4組。私だけ理系クラスだから関わらなかったんだよ」
「3年間ずっと一緒の学校に通ってたのか!?」
「そうだよ本当に気付いてくれないんだもん…私寂しくて寂しくて…」
「…誰も…気付かなかったのか……!?」
「兵助達は気付いてたよ。でも黙っててもらったの」
「バカタレさっさと俺らのところに来んかぁぁあ!!」
「うるせぇなこんな単純な変装に気付かなかったくせにぃいい!!!」