「小平太先輩!」
「よぉ名前!どうしたそんなに慌てて?」
「どうしましょう!!さっき町で知らない殿方に告白されてしまいました!!」
「嘘だろ」
「はい」
元気よく扉を開けて言い放った言葉。さすが六年生というべきか、嘘は瞬時に見破られあっという間に会話は終わってしまった。クソッ、ここまで早いとは。
「少しはノッてくれてもいいんですよー」
「私を甘く見るな!」
「嘘ついてごめんなさい」
「許してやろう!」
「ありがとうございます!!」
バッと飛びつくと、七松先輩は腕を広げて私を受け止めてくださった。お部屋に中在家先輩は今いらっしゃらない。おひとりで何をなさっていたのだろう?
絞め殺そうとせんばかりの力でぎゅーっと強く七松先輩に抱きしめられ、抱きしめ返し、あったかい日差しが差し込む七松先輩のお部屋でのんびりごろごろし始めた。
「そういえば、なんで名前は嘘なんてついてきたんだ?」
「え、今日全世界競合地区ですよ?」
「なに?」
「エイプリルフールです!」
「……あぁそうか!今日から四月だったもんな!」
そうかそうかと言いながら、七松先輩は私を抱きしめながら後ろから私のほっぺをつんつんとつつき始めた。
さっきも喜八郎に騙されちゃいましたーと眉毛をハの字にすると、七松先輩はお前らしいなと笑ってくださった。
「七松先輩も何か嘘ついてください」
「ついてくださいと言われてつけるものじゃないだろう」
「七松先輩が嘘とか、つかなさそうなので」
「そうだなー、あんまり嘘とかつかないな!面倒だし!」
「やっぱりですかー」
「…じゃぁ私は嘘をつけないから、作り話をしてやろう!」
「え、なんですかそれ」
「名前は嘘をついた!だから私は、作り話をする!」
「それじゃ今日の趣旨変わっちゃいますよ〜」
「まぁまぁいいから聞けって」
七松先輩は今日という意味を無視して、私を抱っこしたまま、あれはいつだったかなぁとわざとらしく考えるようなしぐさを見せた。
私はどんなお話をしてくださるのだろうと、内心少々ワクワクしてしまった。
「……あぁそうだ。あれは私が今のお前と同じ学年だった時の話だ。四年生。日差しは今日のようにあったかいのに、気温は信じられないぐらい低かった。
初めての殺しの実習の日だった。その時は私と長次は珍しく別の班だったんだ。残念だったが、別の仲のいいヤツらと組めたので、まぁそれは良しとした。
それでな、課題は当時忍術学園の近くで戦をしようとしていた殿様の首を狩ることだった。二つの城の二人の殿様の首をだ。
私たちの班と別の班、二つの班が各地に散った。まぁ正直この忍務に失敗しても成功しても、忍術学園に影響はない。大事なのは"命を奪えるかどうか"ということだったからな!
そう甘く考えていたのが悪かったんだ。私たちの班は全滅。私を含め四人全ての友人が城に捕まってしまったんだ。
私が目を覚ますとな、そこはどこかの客間のような場所だった。戦った時についた傷がある程度で、手足を縛られてはいないし、薬を飲まされた形跡もない。ただそこに私がいるだけ、という感じだった。
その部屋から出ようとしたのだが、出口が一つしかない。三面は壁。天井も床も石のような材質だった。
目の前の扉に手をかけて部屋を出るとな、扉の向こうも同じような部屋だったんだ。まるで出たのにまた同じ部屋に戻ってきてしまっているかのようだった。
だけどその部屋は、ちょっと違ったんだ。向こうの扉の近くに、真っ黒い何かを包んだような布の塊と、その横に、なぜか長次の絵姿があったんだ。
なんでこんなところに長次の絵姿が?と思ったんだが私はそのまま目の前の扉に手をかけた。だけど扉はうんともすんともいわない。何処かに鍵があるのか?と部屋をぐるりと見回すとな、何処からか私をみているような視線を感じた。城主か監視の忍びか。そしたら、どっからか声が聞こえたんだ。男だか女だか解んないような気持ち悪い声だった。
《お前に三つ選択肢を与えよう。
一つは、その黒い布の塊に刀を突き刺すこと。
二つは、お前の大事な同室の絵姿に刀突き刺すこと。
三つは、お前が死ぬこと。
一つを選べば、布の中にいる人が死ぬが、同室とお前は解放され、部屋を出られる。
二つを選べば、お前の大事な同室は死ぬが、布の中にいる人とお前は解放され、部屋から出られる。
三つを選べば、布の中の人と同室は解放され、お前の道はそこで終わりだ》
布の塊の正体は、どうやら人だったらしい。私の命か長次の命か、わけもわからんこの事態に巻き込まれた布の中の命か。
今日は殺しの実習だ。散々この城の人間を殺してきた。ためらいなどあるわけがない。長次は私の大事な友人だ。殺させるわけにはいかない。私は迷わず背から刀を抜き目の前の黒い布の塊を刺して斬ってボロボロにした。
しばらくしたらな、扉からガチッと何かが外れた音がしたんだ。
私は血まみれの刀をしまって扉を開けた。だけど、扉の向こうはまた同じような部屋だった。今度はこう聞こえたんだ。
《お前に三つ選択肢を与えよう。
一つは、その黒い布の塊を燃やすこと。
二つは、お前の大事な委員会の後輩が描かれた絵姿を燃やすこと。
三つは、お前が死ぬこと。
一つを選べば、布の中にいる人が死ぬが、委員会の後輩とお前は解放され、部屋を出られる。
二つを選べば、お前の大事な委員会の後輩は死ぬが、布の中の人とお前は解放され、部屋から出られる。
三つを選べば、布の中の人と委員会の後輩は解放され、お前の道はそこで終わりだ》
この声の主が何を求めているのか解らない。だが、私の後輩をこんな意味の解らないやつに殺されてたまるか。
誰だか知らんが布の中の人間には死んでもらうことにした。火遁の術で一気に燃やし私は布の中身が全て燃えるのを待った。
殺すのは一瞬だが、燃やすとなるとかなり時間がかかるみたいでな、私は扉に手をかけずっと待ってた。
ガチッと音がして、一気に扉を開いたが、開いた先はまた同じような部屋だ。さすがの私ももう嫌になってな、「開けろ!!此処から出せ!!」と壁とか天井を叩きまくった。
だがまたあの気持ちの悪い声が聞こえた
《お前に三つ選択肢を与えよう。
一つは、その黒い布の塊を撃ち抜くこと。
二つは、学園中の生徒が描かれた絵姿を撃ち抜くこと。
三つは、お前が死ぬこと。
一つを選べば、布の中にいる人が死ぬが、学園中の生徒は解放され、部屋を出られる。
二つを選べば、学園中の生徒は死ぬが、布の中の人とお前は解放され、部屋から出られる。
三つを選べば、布の中の人と学園中の生徒は解放され、お前の道はそこで終わりだ》
扉に立てかけられた火縄銃を迷うことなく転がっていた黒い布めがけて撃ちまくった。何本たてかけてあったのかは覚えてないな。とにかく撃っては投げ捨て撃っては投げ捨てを繰り返してた。
何発目でそいつが死んだのかは解らんが、気付いた時にはもう扉の鍵は開いていたんだ。火縄銃を投げ捨てて私は扉を開けたよ。
扉を開けたらそこは城の門の前でな、あぁ、今までのは幻術にやられていたのか、と、私は全身の力が抜けたように膝から崩れ落ちた。さっきまで痛くも痒くもなかった傷が急に痛み始めたし、その時に気付いたが骨も何本かやられていたみたいだった。
意識が途切れ途切れになりながらも、私は目の前の森に向かってあるいて行ったんだ。でな、這いつくばって森に入ったら、またあの声が聞こえた。
《これが最後だ。3人の人間とそれを除いた全世界の人間。そして、お前自身。
殺すとしたら、どれ何を選ぶ?》
もう私にまともな判断をするような力は残ってなかった。私は朦朧とした意識の中、さっきまでいた城を指差した。
《おめでとう。 君は矛盾なく道を選ぶことができた。
人生とは選択の連続であり、匿名の幸福の裏には匿名の不幸があり、匿名の生のために匿名の死がある。
ひとつの命は地球よりも重くない。
君はそれを証明した。
しかしそれは決して命の重さを否定することではない。
……最後に、ひとつひとつの命がどれだけ重いのかを感じてもらう。
出口は開いた。おめでとう。おめでとう!》
そこで私の意識は完全に途絶えた。
…気が付いたらそこは忍術学園の前でな。動かん身体を必死で動かして門をくぐり中に入った。そこには涙を流して心配してたと言って出迎えてくれた長次がいたんだ。私はひどく安心して、体のすべてを長次にまかせた。
「…小平太、少し、ショックかもしれんが…」
肩を担がれ、裏庭に連れて行かれた先には、私の学年の生徒が全員集まっていた。私の姿が見えて、みんな涙を流してお帰りと言ってくれた。
だけどな、その向こうで先生方だけは、膝から崩れ落ちるように何かを囲んで泣いていた。
先生たちが囲んでいたのは三つの黒い布の塊だった。
「…1人は斬り殺されたみたいだ…。もう1人は、火薬で…。…もう一人は…おそらく、火縄銃で………」
長次が言った言葉に、私の頭の中は真っ白になったんだ。
………これでおしまい!」
私は、七松先輩の話を聞いて、一切体が動かなくなってしまった。
作り話といえど、あまりにも気味の悪い話だった。
怖い。
七松先輩の腕から逃れようと体をよじらせてみたが、先輩の抱きしめる腕は思ったよりも強く、まるで私を逃がさないようにしているみたいだった。
「…や、やだなぁ七松先輩!!ここここ怖すぎですよなんて話してんですか!!」
「お、怖かったか?」
「怖すぎですよ!!なんですかこんな真昼間から!!怖い!!恐ろしい!!」
「そうか!それはすまなかった!!」
「もう!!作り話は結構です!!今日はエイプリルフールなんですから!!嘘ついてください嘘を!!」
「……なにを言っているんだ名前。私はもう嘘をついたぞ?」
「…え、」
「私は最初に、なんと言った?」
後ろから抱きしめてくる七松先輩は私の首に顔をうずめて、
七松先輩はこう仰った。
「私は、作り話をする!」元ネタ:2949