「苗字、放課後教室で待ってなさい」

「ウィッス」


答案用紙に丸がひとつしかない。故に私は頷くしかなかったのだ。
























「なんでこんなアホみたいな点数取りやがった」

「愚問だな虎若。春は眠い」

「愚問だな、じゃねぇよ。事の重大さ解ってんのか」

「ウィッス」


俺ですら赤点免れたんだぞ、と虎若は頭をがしがしとかいた。

そろそろ二年に進級というところで、私は大きな事件にぶち当たった。それは「この点数で進級したいとかナメてんのかテメェ事件簿」である。

学期末テストである大事なテストで赤点を叩き出してしまったのだ。それも大好きな土井先生の大嫌いな英語で。

なんでこの世界はあっちこっちで言葉が違うのか。私は16年間ずっと考えてきた。考えに考えて、ついに考えるだけ無駄だという最悪の答えが出てきてしまったのだ。それもテスト前日に。

とりあえずここだけやっときゃなんとかなるからと前日に庄左ヱ門に教えてもらった場所すらもやらずに、私はコロコロ鉛筆で試験に臨んだのであった。

むしろコロコロ鉛筆で2問正解してたとか奇跡に近くね?私凄いね?


「反省してんのか」

「ウィッス」


必死こいて団蔵と虎若と金吾と脳内まで筋肉トリオたちと伊助ママと庄左ヱ門の特別講義に望んでいたのにこのザマだ。ははは、笑うしかねぇ。

さっき兵太夫が机の上に「差し入れ」といっておいていった食いかけのポッキーをポリポリと口に運びながら、私はハアアァとため息を吐いた。最後の最後まで土井先生に迷惑かけるなぁ。


「じゃ、俺帰るぞ」

「えーそんな御無体な」

「名前に付き合ってるほど暇じゃないんだよ。これからバイトだし」

「あ、バイトなら仕方ない。頑張ってね」

「おう、名前もな」


なんだかんだで虎若いいやつ。

職員会議が終わったら此処へ来ると土井先生はおっしゃっていた。時計を見るとそろそろ五時になりそうだ。まだかなー。
ぽりぽりとポッキーを食べすすめながら机の上に置かれたクズな点数が書かれた答案用紙を睨みつけた。あ、苗字の漢字間違えとるやん。おっとっと。


「苗字」

「チッス」

「…?誰かいたのか?」


ガラリとドアが開き、土井先生が入ってきた。時計を見ると丁度五時。
土井先生は私の机の前の椅子がこっちをむいていることに気づきそれを指差した。「虎若です」と答えると、土井先生はピクリと眉を動かした。


「そうか、虎若か」

「先生かえっていいでしょうか」

「寝言は寝てから言いなさい」

「オッス」



土井先生は私の前に設置された椅子に腰掛けた。あーもうヤバイ土井先生イケメンすぎて死ぬツラい。どうしてこんなのイケメンなのに彼女いないんだろどうして結婚してないんだろ。世の中の女性の目はどうなってるの。正常なのは私だけ?金吾とかに彼女できない方程式はここでも使われるの?イケメンすぎると彼女できないの?


「いいか苗字、この点数は壊滅的だ。再試験に受からねば進級は出来ないんだぞ?」

「えぇ!進級できないのかい?」

「マスオさんのものまねは似てないからやめなさい」

「だってー、私純日本人なんでー。英語とか別に興味ねぇよ、みたいな?」

「本音駄々漏れだな」

「っていうか土井先生って保健体育じゃないの?クソエロいし?フェロモン撒き散らしすぎだし?」

「エ、エロって…」

「モテないけどね?彼女いない暦=歳だし?」

「お前は"オブラートに包む"と言う言葉を知らないのか」

「溶けました」

「そうかそれはしかたないな」


ドサリと机の上に置いた大量の教科書に眩暈がした。土井先生たらドSなんだから。どうして私が嫌いな英語の教材をこんなに持ってくるのかしら。英語の先生だからかしら。あ、そっか英語の先生だからか。



土井先生にまじめな恋心を抱き始めたのは入学式の日だった。ミラクル方向音痴だった私は入学式に遅刻しかけていた。学校見学は虎若パパに虎若と一緒に連れてきてもらったし、入試もそうだったしで、学校への行き方を覚えていなかった。虎若はその日はミスター照星の家に泊まっていたらしく、入学式はミスターの車で行くことになっていた。別に私は迎えに来なくていいよとは行ったものの、残念な脳みそはやっぱり残念だった。道が全くわからん。

まぁ入学式に遅刻してもまだまだ学園生活長いし、なんとかなんだろと思いながら、こっちかなーとのたのたと歩いていた。





「君!大川高校の新入生だろう!」


其処へきたのが、土井先生だった。





「はぁ」

「苗字名前であってるね!?」

「はい」

「君のクラスの担任の土井半助だ!君が入学式にいつになっても来ないから探しに出ていたんだよ!」

「ぅおっ」


土井先生はグイと私の腕を引いて車にぶちこみ、違反速度ギリギリラインで車をぶっ飛ばした。



「担任のせんせいですか」

「あぁ、よろしくな。苗字」



そして、その、バックミラー越しに見えた土井先生の笑顔に、私は一発でやられたのだった。



おかしな出会いではあったが、私はそれから土井先生が好きで好きでしょうがなかった。初恋だよ恥ずかしい言わせんな。

まぁこの想いは幼馴染である虎若しかしらないし、他に誰にも話してない。あ、そういえばこの間利吉先生に話したかも。教育実習生だから別にいいかと思って。まぁ利吉先生口堅そうだし。大丈夫よね。


「じゃぁとりあえず復習からやろうか。本文の内容は授業でやったから解るだろう?」

「いえ、全く」

「……は?」

「何一つとしてわかりませんが何か問題でも?」

「問題だらけじゃないか…!」

「勉強するかしないか悩んだ末に、勉強しなかったんです」

「なんで反省の色もなくそんな男らしい態度が返ってくんのかは置いといておこうか。あー、……じゃぁとりあえず本文読解といくか」

「どうぞ勝手に訳してください」

「いっそ清々しいな」


ハァァア…と土井先生は深く深くため息をついて机に伏せこんだ。可愛いー土井先生。

ポリポリとポッキーを口に運ぶ私は完全に土井先生と二人きりというこの空間を堪能しているだけだ。勉強する気などさらさらない。もうこのまま土井先生の御尊顔を眺め続けたい。本当に整った顔してるなぁ。綺麗。イケメンっていうか、美形だなぁ。


「…なにをそんなに見つめている」

「いや、かっこいいなーって」

「…はぁ!?」

「土井先生イケメンだなーと思いまして」


「…ふざけていないで教科書を開いてペンを持ちなさい」

「でも今私のおててはポッキーでふさがっていまして」

「よーしよこしなさい捨ててやる!!」

「捨てちゃらめぇ」


まったくとため息を吐きながらも、土井先生は私の教科書をパラリと開いて私に向けた。うわぁ視力が下がる。

いいかまずここはとシャーペンでさしながら土井先生は私の補習を開始した。私はポッキーをくわえながらふむふむとやる気のない相槌を返してへぇへぇとつぶやきながらノートに筆記体をさらさらと書き込んだ。


「wall…つまり未来形ですね」

「いいや苗字、それは壁だ」

「なん…ですと…」

「お前……なんで英語だけこんなに成績悪いんだ…」


土井先生はパタンと教科書を己の頭に当ててハァァァとまた深く深くため息を吐かれた


「……先生見るのに必死なんですよ…」

「……は?」

「土井先生、英語の授業中なに考えてると思います?土井先生のことしか考えてないんですよ?」

「な、ちょ、苗字?」

「土井先生、私土井先生のこと大好きなんです。初めてお会いした時から、私土井先生の虜になってたんですよ」

「お、おい」



何のきっかけか私の口は止まらなくなった。

ペラペラペラペラと、今まで言いたかったことが次から次へと口から出ていく。



嗚呼、止まらない。



「先生、この恋に脈はないですか?」

「お、おい」

「私だけに補習なんて、脈あると思ってたんですけど」

「苗字、」

「やっぱり、生徒じゃダメですよねぇ」


まぁ失恋するとは解ってましたよね。所詮教師と生徒ですし。成就するとは思ってなかったけどさぁ、先生もそんなに迷惑そうな顔しなくてもいいじゃない。



「テストの件は申し訳ありませんでした。補修なら、庄左ヱ門にでも頼みますから。今日は、失礼します」



あーもう、こんな惨めな失恋するなんていやだなぁ。虎若に言ったら笑われちゃいそう。




「っ、苗字は、」

「わお」



バッグを引っ掴む手を、バシリとつかまれた。嘘やだ土井先生に逃走阻止されるとか恥ずかしすぎる離してください。


「…と、虎若と、付き合っているのでは…」

「は?あれは私の幼馴染であり下僕ですが」

「な、そ、」



土井先生なにを勘違いしてるのあれパシリだけど。っていうかなにその質問。


「利吉くんめ…!!」


なんでそこで利吉先生の名が出るの。




「そ、卒業まで!」

「は?」









「卒業まで待っていなさい…!」















え、それって





「成就、ですか」

「…そ、そういうことに…」

「………え、!?ど、ど、土井先生、そ、あ、」


「…頼む…さ、察してくれないか……」



片手で私をつかみ、片手で土井先生は顔を隠した。













こうして成績が下の下だった私は、卒業に向かって1組のクソ黒門にも負けない成績をおさめられるレベルになり、そのまま猛ダッシュしたのでした。めでたし。
































女子高生丸秘恋愛談


たまにはプロも。
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