「…おや、」

下駄箱を開くと、中に真っ赤なカードが張られていた。


「ごめん!今日やっぱりカラオケ行けないわ!」
「えー!またー?」
「うん、今メール来ちゃって、遅くなるからご飯作って欲しいって」
「そっかー、なら仕方ないねー」
「じゃぁ名前、また明日ね」
「うん、ごめんね。また明日」

自転車に跨り校門をくぐる。いつも通りの帰る方向へと進むが、私は校舎の周りをグルリを回って再び校門をくぐり、先ほどと同じ場所に自転車を止めた。さっきの友達はもういない。自転車に鍵をかけバッグを担ぎ、髪の毛を高い位置で結んで、私はケータイをいじりながら暗くなった校舎の間を歩き進めた。


うちの学園はちょっと変わっている場所がある。学校の図書室ってさ、だいたい校舎の上の階にあるでしょう?うちの学園って一階にあるんだ。一階っていうか、別館。勉強する校舎とは別棟。

別棟、というか、図書室だけ別の建物になってるの。図書室っていうか、図書館って言うべきかな?


「お、ハチ!」
「っ!なんだ名前先輩じゃないッスか」
「なんだとはなんだね」

ゴクリとコーラを飲む後輩の背中をポンと叩くと、ハチは驚いてペットボトルから口を離した。
ペットボトルを持っている手には、私と同じ赤いカードが握られていた。

「ハチもしかして"バイト"?」
「御名答。19時からです」
「あ、一緒だ。"シフト"被ってるなんて珍しいね」
「そうッスね。そういえばめっちゃ久しぶりなような」


廊下でも話すよう呑気に会話をしながら、私達は、図書館へ入っていった。

時刻は17時50分。この図書館の閉館時間は17時。図書館の施錠?されてるよ。うちはデカい学校だからセキュリティ厳しいよ。大丈夫。

でも、中に何処から入ったのかって?窓だよ窓。樹が生えているほうの窓、ヒビが入っている壁から数えて3番目の窓は鍵が壊れてるんだ。壊れているっていうか、壊されている。小平太の手なら軽い軽い。

高さがある窓。ハチにお姫様抱っこされ中に侵入。床におろしてもらい、私はゆっくりと窓を閉め、壊れている鍵とは別の鍵をかけた。これは文次郎が作った知恵の輪みたいな複雑な鍵。


あ、あとうちの学園の図書館はもう一個変わった場所がある。それは、"生徒閲覧禁止"のスペースがあるということ。

図書館の入り口から入っていって、右一番奥の方にある場所。其処が閲覧禁止スペースだ。何故生徒が使う図書館に"閲覧禁止"のスペースがあるのか。先生だけ見ていい本があるとか?いやぁ、そうじゃない。それの正しい理由を知る人はほんの一握りしかいないんだよ。

鉄格子で囲われた奥は良く見ると難しそうな言葉ばっかりの本が並んでいる。英語とかラテン語とか。日本の医学書、みたいなのも置いてはあるけど、何故それが生徒閲覧禁止なのか。ヒントはね、カバーはそうだけど中身は違う。ってとこかな。

あぁ、長次なら此処がどれだけヤバい本が並んでいるかわかると思うけど。知る人はいないというか、興味がある人がいないのかもしれないけどね。

首にぶら下がる特殊な形をしている鍵を差込、ガチャンと音がなって、扉が開いた。これ留三郎の手作りの鍵なんだよねぇ。誰もスペア作れないだろうし、侵入されることもないんだろうな。
ギギギと古いような音がする扉を開き、"生徒閲覧禁止"のスペースの奥へと入る。

もし運良くここに侵入することが出来た強者がいたとしても、きっとその人たちは此処で行き止まりだと思って引き返すに違いない。

残念。ここからが仙蔵のカラクリの本気だ。向かって東の棚。上から2段目の左から17冊目にある本。タイトルは『罪と罰』。

周りに誰もいないことを確認して、ハチがその本をグッと奥に押す。

本棚はクルリと反転した。回転した更に奥。ハンカチを手に当て更に奥へ進む。この伊作特性の薬、嗅いだらその場で眠っちゃうから危険なんだ。


床板の色が変わっているところ。ここが、この中が、この学園の、この図書館の誰も知らない秘密の場所だ。

床板を外して階段を降りる。そう、此処には地下がある。







ただ本が置いてある倉庫だろって?違う違う。






「遅かったではないか名前、竹谷」

「すいません、飼育小屋の掃除してたもんで」
「ごめんね仙蔵、中々教室にいた友達が帰してくれなくて」

「今日はお前らが担当だっただろう。一時間前に来るようにといつも言っているはずだ。時間を守らんかバカタレ」
「いやだなー文次郎、ちゃんと五分前行動してるじゃないかーい」

「相変わらず名前の言葉には文次郎は何も言い返せないんだから」
「だったら最初から喧嘩なんか売るんじゃねぇよ」
「あぁ!?」

「私は30分前に来たぞ!暇だったからな!」
「……もそ…」


ソファーに座りテーブルに足を乗せる留三郎と、留三郎の胸倉を掴む文次郎。その横でノートパソコンをいじる伊作に、それを覗き込む仙蔵。
その向かいのソファでバレーボールを頭に乗せた小平太と、本を読む長次。

テーブルの真ん中、部屋の周りには蝋燭がポツポツと並べてあった。私がソファに腰掛けると、先輩ばかりで居心地が悪いのか、ハチは恐る恐るといった感じでソファに座った。
私は奥においてあるサイフォンから長次が淹れたであろうコーヒーを二杯持ってテーブルに戻った。ハチに渡すとどうもと小さく言った。


「おい名前、今朝の新聞見たか?」
「なぁに?」

「『関東虎列剌茸組組頭、謎の死。』一面大見出し記事だぞ」

バサリと文次郎が私に新聞を渡した。指定された場所を見ると、横からハチも覗き込んできた。


「『死体は事務所内で発見された。司法解剖の結果、死因に関係するような外傷は見当たらないが、心臓に針で刺されたような痕があり、そこから破裂したのではないかと関係者は述べている。警察は他殺の線から病死として、真相を調べている』。おー上手くやったんだね」
「いや、見るべきは其処じゃない。その後にあるその記事の著者の一言見てみろよ」

「ん〜?…『心臓が針で刺されたような痕、これではまるで必殺仕事人のようである。』………。ブッ!!」


私が噴出したのをきっかけに、其処にいた全員が大きな声を上げ、腹を抱えて笑い始めた。


「ひっ、ひーっ…!!ちょ、仕事人て…!!おいおい伊作!!"闇医者"の異名の次は"必殺仕事人"だってよ!今度はドラマに出ちゃうか!おめでとう!」
「外傷が見つからないのは当然だ。ペアであった私が化粧をしたんだ。そうそうみつかりはしない」

「もー!やめてよ名前!僕だって本当はこの手段とりたくなかったんだよ!!本当は心臓だけ綺麗に取り出して実験に使いたかったのに!」


ひぃひぃと腹を押さえながら私はミルク多目のコーヒーをゆっくりすすった。




「"現代の忍者"って言って欲しかったね!これが僕らの本職だったんだから!!」




大川学園別棟図書館地下室。此処は、前世が"忍者"だったものの集まる場所。

偶然か運命か必然か、私は15歳を迎えた時、500から400年ほど前の記憶が一気に甦った。
全てだ。全てを思い出したのだ。当時私は"忍者の卵"として生活を送っていたということ。10歳から15歳まで、同じ建物、同じ仲間と共に毎日を送っていたこと。12歳まで平和に送っていた学園生活も、13歳から始まった殺しの演習のことも。

そして15歳、その学び舎を卒業して、私たちは、ただ戦場を走り回る忍となった。

その日は突然のことに何も行動できなかった。食事も喉を通らないし、誰にも逢いたくなかった。今世、一緒に過ごしていた仲間も、私も、手が血に染まっている身だったなんて。吐き気がした。私は学校に仮病を言い休むと告げてその日はベッドから一日も出なかった。夜になっても、部屋から出なかった。

しかし、気づいたら、真っ黒な服を着たヤツが部屋に入ってきた。誰だ。一体何処から入った。突然のことに身体を起こして机の上のカッターナイフをあの時に学んだように、クナイを投げるようにそいつに投げた。だが、それは意図も簡単に受け止められてしまった。


「名前、」
「……も、んじろう…?」


思い出したか。そう涙を流すのは、昔も、今も、変わらず、友として生活してきた仲間の顔だった。その言葉に文次郎も過去の事を思い出しているということを知り、私は涙を流して文次郎に抱きついた。

そして、お前も俺達の仲間入りだと、文次郎は私を学校の図書館へ連れてきた。月明かりに照らされた文次郎は、よく見るとあの時、プロ忍となったときと同じ格好をしていた。忍だ。あの時と、何も変わっていない。

数々の難所のようなものを乗り越え図書館の奥にたどり着く。地下へ降りると、其処にいたのは涙を流して私を出迎えてくれた昔と何一つ変わっていない仲間達だった。


「名前、お前に教えておきたいことがある」
「なに?」

「…私達は、今世でも、この手を血に染めているということだ」


殺人快楽症。

今でこそそう呼ばれているが、全てを思い出した今、人を殺すということがどれほどの快感だったかということを忘れるわけがない。肉に刃を突き刺す感覚や、命を奪ったということの達成感に近い快楽。全てを覚えていた。伊作と仙蔵、長次がそのパターン。

そして文次郎と留三郎、小平太は、ただあの時のように暴れまわりたい、戦いというものをしたいという感情。

あの時代、戦、戦闘を教わった身体で、この平和になった世界を生きるのはあまりにもツラすぎるということを聞かされた。
平和な世を望んだはずなのに、気づけば、またあのときに戻りたいと思うようになっていったという。

記憶がある今、まるで、あの時教わったことが全て無駄になってしまうような気がした。


まるで、自分はこの世界には必要ないといわれているような気がした。


悲しかった。次はみんなで平和な世に生まれ変わりたいねと言っていたのに、願いが叶い平和な世に生まれ変わったら、今度は過去のあの乱世を欲していた。ツラい。ツラすぎる。悲しすぎる。



あの時、何の罪もない人間の命を、何の感情も無く殺していった私達への罰が、きっとこれなのだ。







「…ねぇ、……私も、仲間に入れて」








それは、私も例外ではなかった。


私は、友であり、仲間であった彼らと、

今度も影で生きる"殺し屋"というものへとなったのだ。




そんなある日、後輩のハチが委員会に来なくなった。無断欠席なんて珍しいと、ハチの教室に顔を出すと、
3日前に風邪を引いたと連絡がきてからそれっきり、学校をずっと休んでいると雷蔵から聞かされた。

私が思い出したときと同じだった。

見舞いに行くと言って住所を聞き出し家に行くと、やはり、ハチも全てを思い出したようだった。

昔とは違う世を生きているあいつらと、過去を思い出した己は、一緒にいてはいけない。

ハチはそう言って、よく私達の教室に訪れては昔の話に華を開かせた。だが、他はまだ誰も思い出していないという。

そして当然、ハチもまた、例外ではなかったのだ。



「土井先生は?」
「今日は職員会議でいらっしゃらない」

「利吉さんも、今日は用事があって来られないと言ってましたよ」
「あいたた、それは残念だなぁ」



もちろん、それ以外にも仲間はかなりいるようだった。




「で?今日は何で私とハチなの?」
「いやなに、久しぶりに生物委員会の名コンビを見せてもらおうと思ってな」

下駄箱に張られていたカードは『仕事がある』という意味。赤は殺しの、青は盗みの。なんて忍者らしいんでしょう。

小平太がテーブルの下から取り出したアタッシュケース。あけると其処には大量の札束が敷き詰められていた。

「わぁお。これは凄いお金。何処から?」
「日蔭痺茸組の下っ端だ。私たちのことを何処からか嗅ぎつけたのか留三郎のパソコンにメールを送ってきた!」

これだと留三郎は伊作からパソコンを奪いくるりと画面を向けた。

「…ふむふむなるほどね。やだねぇこんな平和な世の中なのにまた暗殺の依頼なんて。なに?月夜茸組の頭暗殺?」
「抗争中なんだと。金は指定したコインロッカーの中に置いてあった。尾行もGPSも無し。それだけ本気なんだろ」

ハチと私は立ち上がり部屋の奥にあるロッカーを開けた。中にある忍服に着替えて頭巾を巻き、口元を隠した。
バサリと長次が追いたファイルを開くと、其処にあるのは今回のターゲットである人物のいる屋敷の見取り図、そしてターゲットの情報が全て書き込まれていた。
あぁそうそう、これがあるから、此処の上の本棚は"閲覧禁止"になってるんだ。


「じゃぁさぁ、上手くいったらこのお金でみんなで旅行しない?私久しぶり海に行きたい!」

「…もそ……」
「ね!長次とこの間話してたんだよね!海行きたいねーって!」

「おぉ、そりゃいい。久しぶりに羽伸ばすか」
「もちろん竹谷も一緒にな!」
「あ、ありがとうございます!」


留三郎から受け取ったイヤホンマイクを耳にはめてハチの声が聞こえるか確認して、



「それじゃ、行ってくるね」


月明かりに照らされる外へ出た。























「人間てのは何処までいっても人間なんだね。こんなに平和なのに、奪って欲しい命があるとか、盗んで欲しいものがあるとか、醜いったらないわ」
「平和になったといろんな本や人は言いますけど、500年前と何も変わりませんね」

「…悲しいねぇ、お前もそう思うでしょう?」


バサリと肩に乗ったカラスは、カァと小さく鳴いた。よしよしと頭を撫でて足に紙をくくりつけ、言っておいでとキスを落として空へと飛ばした。
校舎の屋上から見下ろす街の街灯は、まるでこれから、あの二人が殺人をしますと街行く人に知らせるように煌々と輝き、私達をてらしていた。嗚呼、なんて忍びにくい世界になったのだろうか。


「衰えませんね、その腕」

「生物委員会委員長だったんだから、これぐらい朝飯前だよ。ハチだって、未だに犬操れるんでしょ?」
「えぇまぁ。俺だって生物委員会委員長を継いだんスから。ところで、あのカラスは何処へ?」
「依頼主のところ。請け負ったと伝えなきゃね」
「そっスか…」



「…戻りたい?」



「…いや、もう決めました。今回も名前先輩に最期まで付いていこうって。…でも、三郎と勘右衛門と雷蔵と兵助には、もうこっちに戻ってきて欲しくないです」


ハチの足に擦り寄る灰色の犬は、狼のような外見をしていた。あの時のハチの相棒にそっくりだ。ハチはもふもふと犬の頭を撫でた。


「悲しむな、我が愛しい相棒よ。過去を振り返らず今を見ろ。己の信じた道だけを行け」

「貴女の側を離れはしません。貴女の後輩であるということを誇りに思い、貴女の名を汚さぬよう、必ずやこの忍務遂行してみせます」


学園の屋上から見上げる月は、あの時と何一つ変わらず私達を見下ろしていた。

学園の校章が描かれた旗が風に靡き、私はその旗のくくりつけられている棒をするすると天辺まで登り、先端に立ち指を銜えて、







ピーーーーーーーッ









空に向かって指笛を響かせた。

バサバサと大量の羽音を立てて近づく黒い影に、いい子だねと声を漏らして、





「それじゃぁハチ、作戦通りにね」

「えぇ、あとで落ち合いましょう」




私とハチは屋上から飛び降りた。









影など落とすものか。証拠など残すものか。

バレることなどありえない。








影として生きてきた私達に目をつけられたのだ。







今宵必ず、御命頂戴いたす。





































戻れぬ、其れが忍というものだ

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