疲れた。

もう、疲れた。

両親からの期待に応えなければならないこの毎日に疲れた。


常に優秀な成績を収めなければいけないし

常にいい顔をしていなければならなかったし

常に両親の言うことを聞かねばならなかったし

常に両親を思って行動しなければならなかったし


俺に自由なんてなかった。




家出の決定打となった両親の一言。



「あんな友人と遊ぶんじゃない」



ちょっと前に、三郎と雷蔵と勘ちゃんとハチと遊んでいるところを

両親に見られたのだ。

前々からやめろとは言われていたが

友人に関することまで親に口出しされたくは無かった。



ついに言われた。

友人は選べという言葉。


それはもう完全に俺に自由なんてないと

言われているようなもんだった。


家で顔を合わすことも全くと言っていいほどない。

前に3人で出かけたのはいつだろう。

前に学校であった話を聞いてもらったのはいつだろう。


前に3人で食事をしたのはいつだろう。



部屋に内側から鍵をかけ、

窓から飛び降りて、

俺は制服のまま家を飛び出した。


何処に行くわけでもなく、

ケータイと財布だけをバッグにしまいこんで

俺は商店街の裏路地で煙草をふかした。


ちょっと過去を辿ると

涙が出てくるほどに両親に何の感情もわかなかった。


家を捨てて来て掌を見つめる。

俺は何のために生きてきたのか。

その応えは、ただ両親の名誉を守るためだけだった。



「……ッ、」



愛されてなかった。

つまり俺は両親の道具だったんだ。


俺は目を隠して、ただ涙を流した。









「おろ?久々知くん?」



高い声で名前を呼ばれて顔を上げると、

其処には俺のクラスの苗字さんがいた。


「……苗字、さん」

「どしたの?こんなところでうずくまって」

「…」


彼女は制服のまま、バッグを肩に担いで

両手に大きなビニール袋をぶらさげて白い息を吐いた。



「…泣いてたの?」

「…」



手の甲で涙を拭う。

ああ、こんなところクラスメイトに見られたくなかった。


制服でマフラーもしないで

荷物はバッグだけで、かすかに俺からするタバコの臭い。


違うんだよ。

苗字さんの知ってる俺と、本当の俺は違うんだ。


大丈夫?としゃがみこんで俺の顔を覗いた。


やめてくれ。俺にかまわないでくれ。



「…ほっといてくれる」

「……」

「苗字さんには、何も関係ないから」


はぁと吐き出した息は真っ白で

座り込んだコンクリートが冷たすぎて足が震えた。



「…帰らないの?」

「……帰る場所なんて…」



こんな物言いすると思わなかっただろ。

教室での俺は"いい人"だっただろ。

違う。勘ちゃんたちしか知らないだろうけど、

これが俺なんだ。これが俺の本当の姿なんだ。


幻滅しただろ。残念だったな。








「ねぇ久々知くん」


苗字さんはバッグを担いで立ち上がった。



「今日うちカレーなんだ。一緒にどう?」

「!」


彼女は俺に手を差し出した。



「一人暮らしで晩御飯食べるのかなり寂しいんだよね。それにほら、こんなに具材買ったから久々知くんの分もおかわり分も余裕であるよ」

「…」


「今日から3日ぐらいはカレーのリメイク繰り返そうかと思っててさぁ」

「…」


「今日は普通にカレーでしょ?明日の朝は目玉焼きとカレーにして、お昼のお弁当にカレーピラフ作って、夜はカレースープにする予定なんだけど」



「……クッ、」

「?」

「…はは、…はっ、……3日も続けてカレーじゃ、飽きるんじゃないの」



口に出して、ハッとしてしまう。



それでも彼女は、笑ってくれた。




「そうだろうね。でもね、ご飯を一緒に食べる人がいれば、どんなメニューでも飽きはしないと思うんだ」

「!」





家族で食事を食べたのなんて、

もう、どれくらい前の話しなんだろう。






「……一つ袋持つよ」


彼女の手を取って立ち上がり、

もう片方の手で大きなビニール袋を持った。



「お、助かる。じゃぁこっち持って」

「本当にいっぱい買ったんだね」

「私結構暴食だからさー」

「へぇ、意外なのだ」

「久々知くんはカレーに味噌汁いる人?」

「豆腐入ってればなんでも」

「じゃぁ豆腐とわかめの味噌汁も作ろうか」

「俺も手伝うよ」

「うん、よろしくね。あ、ちなみに私の家全部屋禁煙だから」

「…うん、解った」

「どうしてもって言うならベランダでお願いします」

「はい、了解しました」

「明日のお弁当はカレーピラフでいい?」

「…いいよ」

「じゃぁ明日の晩御飯はカレースープでもいい?」

「!……うん、いいよ」



明日になったら出て行けって、言わないんだ。



苗字さんは料理が上手いんだろうな。

是非豆腐料理も作って欲しい。


俺は捨てたタバコをグシャリと踏み潰して

苗字さんのあったかい手を握って夜道を歩いた。






















カレーマジック

明日の夜のカレーも楽しみだ





















「ところで久々知くんさぁ…」

「…」

「最近の若い人はカレーにジャガイモを入れる意味が解らないらしんだけどこれについてどう思う?」

「…入れてこそだと思う」

「だよね!!ジャガイモないとか有り得ないよね!!」



彼女は俺になにがあってあそこにいたのかとか、

興味が無いのか、察してくれているのか。



「あ、久々知くん。やっぱり豆腐は湯豆腐にしない?冷蔵庫からちょっと賞味期限ヤバそうなネギ出てきたんだけど」

「うん、任せるよ」



なんにせよ心地良い。
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