夕日に照らされる教室で、日直である私とハチは椅子を向け合って一つの机で学級日誌を書いていた。
「ねぇハチ」
「ん?」
「大事な話があるんだ」
ケータイをいじっていたハチは視線を私にむけて、ケータイをいじる手を止めた。
「笑わないで聞いてくれる?」
「どうした?」
「笑わないで、聞いて、お願い。」
「…何?話してみて」
どうやらまじめな話をすることがハチに伝わったみたい。
ハチは組んでいた足を戻し、姿勢を正して私に向きなおった。
「私ね、最近怖い夢を見たの」
「夢?」
「そう。場所はね、広い野原みたいなところ。でね、私は黒い服を着ていて、向かいにも黒い服を着ている人がいたの」
「…っ、お前」
「聞いて。お願い。聞いて」
「…」
「目の前の黒い装束のひとはね、狼と大きな鳥を連れて、『なんでこんなところにお前がいるんだ』って言ってた。
私は『こんなところで逢いたくありませんでした』って言ったの。
…遠くで聞こえた鳥の鳴き声を合図に、私向かいの人は戦い始めた。戦いというか、殺し合い。血が飛びあって、私も黒い人も、どんどんぼろぼろになっていった。
私は扇子を広げて薬を飛ばして、黒い装束の人は指笛で狼たちを操ったりしてた」
手に持っていたシャーペンを置いて、私は学級日誌から視線をはずさなかった。
「私とその人が戦ってしばらくしたら、ドサッ、て。音がしたの。気が付いたらね、私は倒れてた。
きっとその黒い人に殺されたの。
そしたらその黒い人はね、私の頬に手を伸ばしてくれて、
『悪かった、お前をちゃんと幸せにできなくて』
って言ったの。私はたまんなくって涙をぼろぼろ流しながら首を横に何回もふった。
こんなところで逢えるなんて、最悪だけど、運命なんだろうなって、死に掛けてるのに思った。
『作兵衛に、三之助に、左門に、…孫兵に、数馬に、藤内に、よろしく、伝えて、おい、て、ください』
……みんな、死んだのに。バカみたいだよね。死にかけがそんなこというなんて。
『次は、戦のない世で会おう!必ず会おう!次こそ、お前を幸せにするから…!
どっかで俺にあったら、必ず声をかけてくれ…!お前のことを、俺が忘れてたら!ひっぱたいてもいい!蹴り飛ばしてでもいい!思い出させてくれ…!!』
わかった。わかったから。だから、お願いします、今だけは泣かないでください。
『愛してるんだ。お前だけを。お前を幸せにすんのは俺だけなんだ。頼む。次は、次は平和な世で逢おう。俺のこと、忘れないでくれ』
涙を流した黒い人は、ずっと私から目をそらさなかった。
大丈夫だから、安心してください。
私はちょっと、眠るだけだから。
そういってキスをせがんで、髪の毛を撫でたら、
黒い装束の人はにっこり笑って、私は意識を手放した。
そしたらね、黒い服を着た人は、横にいた狼と鳥の首輪を外して、
『お前らは好きに生きろ。俺は、もう生きてる意味ねぇや』
バカだよねぇ。自分の首にクナイ刺してやんの。
私の横に倒れて、手を繋いで笑いかけてくれたの。
あったかい手だった。傷だらけだけどね。
でもあの手を私は何度も何度も握った手だったから、安心した。
手を繋いだから、きっとまたこうして出会えたのかも、…しれませんね」
顔をあげると、ハチは涙を流して私を見ていてくれた。
嗚呼、お逢いしたかったです。
ずっとずっと、貴方は私を探してくださっていたんですね。
「お会いしたかったです…八左ヱ門先輩……!」
「名前…!!」
机がガタッ!と倒れて、学級日誌が落ちた。
腕の中にいる。私は、あの時愛し続けたこの方に、抱きしめられている。
「貴方に、貴方にあんな場でお逢いしたくありませんでした…でも、でも…!」
「もういい、もういい!言うな…!また会えた。それだけで十分だ…!」
「先輩を、この手で殺すことなんて出来ませんでした…!だから、だから私は……!」
「いい、いいもう喋るな!会えた…!俺たちは会えた!……名前も、思い出してくれた、それだけで、それだけで十分だ…!」
何の因果か、私は今度は八左ヱ門先輩と同じ歳に生まれた。
前よりもっと近い距離で、貴方の側にいることが出来る。
戦もない。
阻むものなど何もない。
なんて、なんて幸せなのだろう。
「俺のほうこそ悪かった…!俺は後追いなんてバカな真似を……!」
「いいえ、…不謹慎ですが、とても嬉しかったです……。」
「名前…」
「八左ヱ門先輩、私、もう薬の製法なんて覚えてないです…」
「…」
「もう自分の身を守る術は何も持っておりません。
どうか、どうか、私を守って下さい。
どうか、私を、私を、今度も、八左ヱ門先輩の側に置いてください…!」
「…あぁ、そうだな。今度こそ、今度こそお前は俺が幸せにするよ」
だから、先輩はよしてくれ
先輩は、あの時と同じ笑顔で、
私を抱きしめてくださった。
どうか、側にいて「…二個下だったんだね」
「今度はタメなんだな」
「……作兵衛たちに、なんか申し訳なくなってきた」
「ははは、俺は嬉しいけどな」
「…まぁ、これもいいですね」
「敬語禁止」
「ん」