開いた口がふさがらないと言うのは、こういうことかと思った。


日曜日、午後1時。駅前の像の前で集合。そう彼氏と連絡を取ったのが1週間前だった。そう、その1週間前のその連絡から、全く彼氏との連絡が取れなくなってしまったのだ。
どういうわけか電話が繋がらない。メールは送信できたが返事がこない。

理由をきくこと、それとデートをすることを考え、私はあの1週間前のメール通り駅前の集合場所に来たのだ。


1時。時間になっても彼氏は来ない。





そのまま待つこと、2時間。私なんて健気なんだろ。






そして、開いた口がふさがらないなんて、ただの諺だと思っていた。でも今、まさに私はその状態。

映画俳優は彼氏の浮気現場を見たとき、「ハッ」て息をのんで動かなくなる。まさに私はその状態。


彼氏であったであろう人間が、別の女の人と腕を組んで歩いてきた。


え、ちょいまち、これは何かの冗談だろうか?だって今日、私と出かける予定だったんじゃないの?


「あ、」


考えれば考えるほど、彼と私の距離が近くなる。やばい、目があった。先に行って、と彼はつれている女の人に言った。女の人は目の先にある服屋に入っていった。


「いたんだ」


いたんだって。だって今日はここで待ち合わせだったじゃん。


「ね、1週間もメールこなかったら、普通気づくもんじゃないの?」


うっすら笑った笑顔がうざいというのが今の率直な気持ち。嗚呼、人生初めての彼氏との別れがこんなのってありですか神様。


「解ったっしょ。お前とは遊び。よくこんなとこで待ってたね。」


ここで雨がザーザー降ってれば、映画的には完璧なのに。彼は傘をさしてて、私は傘をささずに待ち合わせ場所にいるんでしょ。そして涙を流して座り込む。なんで今日に限って晴れているんだろう。


「あのメール通り1時からここにいたの?俺すっかり忘れてたよ」


泣き崩れてしまいそう、よくある、映画のワンシーンのように。


鼻の奥がツンとしてきて、涙腺が崩壊しそうになったそのとき、



「名前!」



聞いたことの無い声が、私の名前を呼んだ。

後ろを見ると、バイクに乗ったまま声をかけてきた、ノーヘルで厳ついビッグバイクにまたがるその人。

あ、見たことある…!!!この人同じ学校の……!!



大川の暴君…!七松小平太体育委員会委員長…!?



学校1の暴れん坊で"大川の暴君"とか言う異名を付けられて、

同じ委員会の滝がこの辺の不良に殴られたという事件があったとき、
「夜だったから犯人誰だかわかんない」って答えたら、とりあえず、とか言って、こ、この辺の学校の不良の人を手当たり次第に全員ボッコボコにしたとかいう、ぼぼぼ暴君ななななな七松小平太先輩だ…!!

いつも図書委員会の中在家長次先輩に縄でぐるぐるにされて縛られてる人だ…!




なんで、ここに…!!

え、!?ていうか、なんで私の名前!?



いろいろ聞きたいことも言いたいこともあったが、私が口をパクパクさせていたら、ニカッと笑ってバイクから降りてきた。


「お、"大川の暴君"…!?」

「おいお前、さっきから私の連れに何の用だ?」


こ、怖いッス。七松先輩ガチで怖いッス。

えええええと頭の中で嘆いていたら、自然な動作で私の肩を抱き寄せる形で密着した。

ひええぇぇええ!!何事ですか!!!

戸惑う私の耳元で、「私に合わせとけ」って小さく言った。何が何だか解らなかったが、答えるように小さく頷いた。



「名前、ここにいたのか!待ち合わせ場所変えようって、メール送ったの気づかなかったのか?」

「え、う、嘘、えっと、そ、その、ごめんなさい」

「まぁ見つかったからいい!許してやろう!」

「ご、ごめんなさい」


ガシガシ頭を撫でられた。

とんだ大根役者でごめんなさいこんな演技力で本当ごめんなさいほんともう勘弁してくださいというか何をあわせろというんですか。


「まぁそれはいいとして、…おい、お前誰だ?名前にいったい何の用件だ?」
「え、ぅ、」

「まさか、口説いてたなんて言わないよな?」


彼は別の学校の人。だが、一目見ればすぐわかる。

180を越える高身長。まんまるくて獣みたいな目。そんでもってこのバカでかい声にツンツンの茶髪に数多くのピアス。

でも見た目と違って困ってる人には(暴君なりの優しさで)誰だって手を差し伸べる。

が、先輩はいわゆる不良。そこらのDQNとは比べ物にならない、ガチの不良だ。


舎弟(とか委員会の後輩)が怪我すりゃ保健室送り。

肩がぶつかりゃ病院送り。

真正面から喧嘩をふっかければ、再起不能は間違いなし。


そんな"暴君"に真正面から睨まれれば、いくら女遊びが激しいチャラ男だぜオーラ振りまいても、暴君の前ではまったくもってかっこよく見えない。それどころか怯えていた。近づくたびにジャラジャラとなるアクセサリーの音も、彼の死へのカウントダウンにしか聞こえなくなった。


私から離れ、彼の胸倉を掴んで、頭突きをするんじゃないかという距離まで近寄せて、




「私の持ち物に手ェ出して、ただで済むと思ってないよな?」




地を這う声で、そう言った。




「ねぇ、いつまで話してr…!!!」

「お、お前がこの男の女か?」


彼女も他校の子だろうが、この威厳漂う"暴君"を見て怯えないほうがおかしいだろう。
胸倉を掴まれている彼氏をみて、顔が真っ青になった。

彼女に近寄り上からしたまで見定めるように見回し、


「つまらん女だな!胸も小さいし、可愛くも無い!化粧も濃いし付け睫毛がムカデのようだ!それから香水が臭い!それは何の臭いだ?お前に全然あってないぞ!」
「!?」


そう大声で言い放ったのだ。


七松先輩、それ絶対女の人には言っちゃいけないッス。



「は、離せよ!おおおおお前こそ、こいつのなんなんだよおお!」


彼女の前でカッコいいところを見せないと思ったのか、彼は必死の抵抗で七松先輩の手から逃れた。


「見てわからんか!」


離れていた私の腕を引き寄せて、私の頭部は七松先輩の分厚い胸板に埋まった。一瞬のことで混乱している私の上で、



「私の女だ」



という声が聞こえ抱きしめられたのを確認できたとき、顔面から火が出たのが解った。



「〜〜っ、勝手にしろよ!」


走っていく音が遠くなっていった。きっとこの状況が理解できないと彼は彼女さんの手を引いて遠くへと走って言ってしまわれた。いや、お前、ちょっと待てよ、一発殴らせろや。



や、今は、それどころじゃない!!!!


「ああああああああの!!」

「ん?あぁ、悪いな」


素敵な胸筋ありがとうございますなんて言っている暇はない。私は何故こうなったのかと問い詰めたかった。


「な、なんで」

「お前、滝夜叉丸の友達だろう!たまに一緒に歩いているところを見るぞ!」

「は、はい。滝とは、お、幼馴染なので…」

「やはりそうか!」


なるほど、滝と一緒に歩いているところを見たことがあるから私のことを知っていたのか。名前は滝からでも聞いたのだろうか。


「び、ビックリしました…!」

「ハハハッ!悪かったなぁ急にあんなことして」

「…いえ、その、スッキリしました。本当に、ありがとうございました』


感謝の意も込めて、私は七松先輩に深々と頭を下げる。


「細かいことは気にするな!」


また頭をガシガシされた。手、おっきくてあったかい。なんかまた涙でてきそうになっちゃった。


「ってなわけで、」

「?…うわっ、」


腕を引かれ、たどり着いたのは七松先輩のバイクの横。よくわからないまま、ヘルメットを被せられ乗れと言われ、言われたとおりに後ろに乗った。

「なんだ、そのー、」

前に乗った七松先輩が、頭をかきながら、口ごもりながら何かを言っている。


すぐ前を向いて、



「デートでもするか!」



いつものあの大きな声で叫び、七松先輩はエンジンをかけた。









前を向く七松先輩は気づいてないかもしれないけど、

バックミラーで、あなたの顔が赤いということを確認してしまいました。



私どうすればいいんですか。

















ミラー越しに気付く恋
















「…あの、七松先輩」

「おう!なんだ!」

「……ところで、その、何処行くんですか?」

「?私の家だが?」

「おろしてください!?!?!?!?」

「細かいことはk」

「気にしますね!?!?!?!?!?!?」
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