僕の両親は人間だ。何処からどう見ても、普通な。
僕も普通の人間だ。少し、変わっているだけで。
何処が変わっているのかというと、僕は蛇と話せるということ。
五歳のとき、庭に入ってきた赤い蛇と僕は出会った。
名前はジュンコ。自分で名乗ってきた。綺麗な赤で、毒を持っている蛇らしい。
目が合ったとき「こんにちは」と話しかけてきた。僕はビックリしたけど、「こんにちは」と返すと、ジュンコは僕の足に、腕に、首に絡んできた。
「あなたは私とお話が出来るのね」
そういうジュンコは僕に友達になってくれと言った。僕は喜んで友達になった。
そして、母さんに、父さんに、ジュンコを紹介した。
「イヤァ!あ、あなた!孫兵に、孫兵の首に蛇が!」
「孫兵!そいつを捨てなさい!」
「どうして!ジュンコは僕の友達だよ!」
その日から、母さんと父さんは、僕を見なくなった。
「あの子は悪魔の子かもしれない」
「どうしてあんな子になってしまったんだ」
「気味が悪い」
「近寄らないでくれ」
ジュンコは自分の身を責めたが、僕はそれでもジュンコと一緒にいたくて、別れはしなかった。今も、ずっと僕の首に巻きついてる。
僕は蛇と話せる。幻聴だと言われるけど、違う。毒にやられたんだと言われるけど、違う。
はっきり、ジュンコが僕に話しかけてくるんだ。幻聴でも、毒でもない。
頭がおかしい。そういって父さんも母さんも、食事のとき以外僕に近寄らなくなった。
蛇と一緒なら家から出るな、とも言ってきた。
どうしてなんだろう。ただジュンコとお話ができるだけなのに。
時計が0時を告げる音を鳴らした。今日は僕の11歳の誕生日。
5歳のあの日を境に、誕生日なんて祝われなくなった。
別にそれでも構わない。ジュンコが側にいてくれればいい。
TVを見ている両親の後ろで、僕は窓に映る寝間着姿の自分とジュンコを見た。
こんな時間か。もう寝よう。
― ピンポーン
ふと、家のインターホンが鳴った。
こんな時間に、誰だろう。
その瞬間、父さんと母さんが顔を見合わせて身体を強張らせた。
― ピンポーン ピンポーン
また鳴った。
どうして2人とも出ないんだろう。
僕は急いで玄関へと向かおうとすると、
「孫兵!やめろ!出るんじゃない!」
久々に、父さんに名前を呼ばれた。なんで、そう尋ねようと思ったのに、
窓の前には、知らない人がいた。
「なんだいるんじゃない。インターホンが鳴ったら客人を出迎えるのが常識なんじゃないの?」
知らない、女の人。
「あんたたちが伊賀崎夫妻か。よくもまぁこっちの手紙を全部シカトしてくれたもんだ」
「お、お前は誰だ!」
「あぁ申し遅れた!私、大川魔法魔術学園呂組の苗字名前と申します!以後、お見知りおきを」
胸に手を当て、深々と頭を下げる。どうして父さんと母さんは、この人を警戒しているのだろう。
っていうか誰だ。
胸から紙を取り出し、ベラッ!と広げて、咳払いを一つした。
「『お初にお目にかかります。私、大川魔法魔術学園の大川平次渦正と申す者。』
あ、学園長先生のことです。
『この度そちらの《伊賀崎孫兵》くんを大川魔法魔術学園に入学を許可されたことをお知らせする手紙をお送りしたところ、いつになっても返事が無く、あろうことか送らせていただいた数多くの手紙を本人に見せることも無く全て暖炉にて燃やすという行為をされていたという情報が入っております。
取り急ぎ入学するかしないかはっきりして欲しいため、こちらから生徒を一人派遣させました。入学する場合は書類にサインを。されぬ場合は、此度の記憶は全て消させていただきます。それでは名前、うまくやれよ』
あ、最後のいらなかったですねすいません」
長い手紙を読み終えると、苗字名前というこの人は僕に近寄り、封筒を一つ差し出した。
「君が、伊賀崎孫兵くんだね?」
「…は、はい」
「これは、君宛の手紙だよ」
恐る恐る受け取り、中を開く。
「『伊賀崎孫兵殿、大川魔法魔術学校に入学を許可されたことをお知らせします』………え?」
「君は魔法使いだよ。それも凄腕になれる。訓練さえ受ければね」
わしわしと頭を撫でられる。いまいち、何が起こっているのか解らない。
「ちょ、ちょっと待ってください苗字さん!」
「やだな名前でいいよ」
「名前、さん!そ、そんな、僕が魔法使いな、わけ、ないじゃないですか!」
「どうしてそう思うの?」
「だって、…そ、それは!」
「君はその蛇と話せるんでしょう?」
「!」
「蛇と話せる人間のことを、私たちの世界では"パーセルマウス"と言うんだ。しかも、パーセルマウスは魔法界にもそういない。蛇と話を出来る人間なんて数えるほどだ。」
それが、何よりの証拠。
スルリとジュンコを撫でると、ジュンコは怒る事も無く、名前さんの手を受け入れた。
「そ、そんなところに孫兵は行かせないわ!」
「そうだ!うちの息子に何をする気だ!」
「息子?笑わせるねぇ。ここ何年もこの子とまともに会話もしなかったくせに。人間らしい扱いをしなかったくせによくそんな口がきけるもんだわ」
「黙れ!お前なんかに何が解る!」
「全部知ってるよ。お前らがこの子に気味が悪いと言ったことも、近寄るなと拒絶したことも、誕生日を祝わなくなったことも。それでよくも、息子だなんて言えるわね」
「黙れ黙れ!魔法使いなんてものがいるもんか!そんな意味の解らない人間のところへ行くのに絶対金なんか払わないからな!!」
そう言うと名前さんは父さんの胸倉を掴んだ。
「ねぇ、今なんて言っつった?これ以上うちの学園長をバカにするなら、絶対に許さないよ」
名前さんは左手を上げ、パチンと指を鳴らす。
すると、部屋に置いてあった観葉植物が蛇のように急激に成長をして、父さんと母さんに襲い掛かった。
「ね、こんなことも出来るようになるんだ」
「…あなた、何者なんですか」
目を白黒させて名前さんに問いかけると、
「君と同じ、ただの魔法使いだよ」
そう言って頭をまた撫でた。
「ま、ここに残りたいなら残ってもいいけど?入学を決めるのは、君自身だからね」
ヒラヒラと手を泳がせて、名前さんは玄関へと向かった。
僕は迷わず追いかけただって僕を受け入れてくれるんだから!
「よろしくね、孫兵くん、ジュンコさん」
「え!?どうして!」
「どうしてって、私も後天的だけどパーセルマウスだから」
君は先天的だよと付け足したが、
意味は解らなかった。