「おかしいと思いませんか!!!」
「そ、そうだね…」
「あれほどアタックしていたのに!!彼女はそれに微塵も気づいていなかったという事ですよ!?」
「り、利吉くん落ち着いて…」
「なぜ!!なぜあんな父上なんかに惚れるんです!?意味が解らない!!」

床を叩く私を、土井先生は慰める様に肩を叩いた。落ち着いてなんかいられるものか。愛しい彼女は、私ではなく父上に恋心を抱いていたんだぞ。こんなことありえない。なぜ。なぜ父上なんだ。なんで私ではなく、父上なんだ!?

「千里か…。彼女は確かにいい子だが、山田先生にそんな気持ちを抱いていたとは知らなかったなぁ…。………あっ、」
「なんです?」
「いやぁ…でも思い返してみれば……度々、授業の内容を聞きに来ることがあったなぁって…」
「なんでだあああああああああああ!!」

くのいちならば山本シナ先生に話を聞くべきだろう。五年生ならなおのこと、忍たま五年の先生に聞くべきだ。なぜ、なんの関係もない一年は組の実技担当に聞きに来るんだ。疑問に思いながら頭を抱えていると、彼女は金吾と仲が良く、故には組の連中とも仲良しで、父上とも土井先生とも仲が良いのだと教えてくれた。あぁ、それで彼女は父上の所に勉強内容を聞きに来るのか。確かにシナ先生は出張や忍務で学園から離れることが多いと聞く。そういうときは父上の所に来るのが無難か。いやしかしそれはそれでどうなんだ。他にも実技に強い先生はいらっしゃるだろうに。なんで、よりによって父上なんだ。

「利吉くんは千里の事を好いているんだね」
「御覧の通りです!!」
「恋のライバルが身内とは、中々厄介な相手に惚れてしまったねぇ」

完全に他人事。土井先生は冷めないうちにとお茶を進めてくださった。今職員室に父上はいない。どうやら町まで化粧品を買いに出かけているんだいう。丁度いいからと土井先生にお話を聞いて貰ったのだが、さすがに恋愛の事は管轄外だと肩をすくめた。此ればっかりは仕方ない。恋に躓いた時の対処法なんて教科書には載っていないのだから。

「千里はなんて?」
「…自分の初恋泥棒だと」
「そ、そうか…。こういう言い方もあれだけど…千里は渋いね」

幼い時は年上に憧れる時もあるのだろうが、いくらなんても相手が年上すぎるんじゃないのか。っていうか、当たり前だが、父上は妻も子もいる身。なぜそんな相手を好きになるんだ。敵わない恋と解っているのなら諦めるべきではないのか?いや、今のこの言葉は完全に自分に帰ってくるからやめておこう。とにかくだ。彼女には目を覚ましてもらいたい。それは敵わぬ恋だと。いくらなんでも、無理すぎると。

「失礼します。山田先生は…」

「やぁ千里。山田先生なら今町に出かけているよ」
「そう、ですか」

なんなんだその残念そうな顔はああああああああああ!!

「利吉さんではないですか!こんにちは!」
「や、こんにちは」

今かああああああああああ!!気付くの遅いわあああああああああああああああああ!!

「えーっと…千里、すまないがお茶のおかわりを貰ってくるから、その間利吉くんのお相手をして差し上げてくれ」
「はい、解りました土井先生」

「えっ、ちょ、土井先生」
「喋りすぎて喉が渇いただろう、気付かなくてすまないね利吉くん。今貰ってくるから」

矢羽音でごゆっくりと言う土井先生のカッコよさ。普通はこっちに恋をするべきだろう。なんで父上なんだなんで私ではないんだ…。お久しぶりですと私の前に座った彼女は相も変わらず美しい。姿勢も良い。言葉遣いも良い。欠点など何もない。父上に惚れているというところ以外は。

「利吉さんも山田先生にご用事が?」
「え?あ、あぁ、まぁそんなところかな」
「私も山田先生に授業の内容をお聞きしたかったんですけど…。お出かけしているなら別の先生にお聞きした方がよさそうですね」

「そうか。…あー、もしよかったら私が教えてあげようか?」
「えっ、よろしいんですか?」
「私に解る範囲でよければだけど」
「わぁ助かります!明日提出の宿題だったので!」

彼女は手に持っていたノートを開いて、此処なのですがと私に見せた。確かに難しい問題ではあるが少し考えれば答えの糸口は簡単に見つかるような問題だった。どうも千里は数式が苦手らしく、途中で匙を投げる癖があるんだとか。加えて父上の教え方が上手いから父上の聞けばすぐ理解できるようになると、彼女は嬉しそうに続けた。一通りやり方を説明しては見せたが、目を白黒させながらもう一度お願いしますと彼女は眉間に皺をよせ身を乗り出した。やはり父上に聞くべきだったと思っているのだろうか…。いやいや真剣に聞いてくれてはいるだろうが…。私の説明の仕方が悪いのか…。なんて情けないんだ私は…。

「あぁなるほど!解りました!」
「よかったよ、理解してくれて」

「流石山田先生の御子息と言いますか、教え方がお上手ですね!」

床を叩かなかった自分を褒めてやりたい。今迄何度も父上と比較されてはまだまだだなと言われてきた時があった。だけどそれは仕方のない事だと思っていた。相手は父上。忍者における知識、技、実力において父上に勝てるわけがないと自分自身も思っていたからだ。だが、今の言葉には無性に腹が立つ。いや、今の言葉に腹が立つのではなく、千里が言ったからこそ腹が立つのだろう。千里の口からそんな言葉、聞きたくなかった。あははありがとうという愛想笑いもどこまで上手く作れているものか。そのうち私の心の内がバレてしまいそうで恐ろしい。

「あ、利吉さん懐から何か」
「うん?あ、これは…」

千里が私の服のあわせを指差した。うちから出ていたのは包み紙。彼女へ送るために買ってきた簪が包まれているものだった。

「もしかして山田先生への御届け物とかですか?」


違う、君へ渡すために選んだ簪だ。父上じゃない。君に。

君に気持ちを伝えながら、これを渡そうと思っていたのに。



「…まぁ、そんなところかな」

千里に、受け取ってもらいたかったものだったのに。



「それはそれは。山田先生、遅くならないと良いんですけどね」
「そうだね、最近は天気も変わりやすいというし」
「私も今夜は夜戦演習があるんで出ないといけないんです。でも利吉さんに宿題教えていただけて良かった!本当にありがとうございました!」
「いや、こんなことで力になれるなら喜んで」

彼女がノートを閉じるのと同時に、土井先生が部屋に戻られた。そろそろ演習の準備に向かいますと言い、彼女は私と土井先生に頭を下げて職員室から出て行った。父上の背中を追いかける彼女を追いかけるとは、なんて滑稽な話だ。

「で?簪は渡せたのかい?」
「気付いていたんですか」
「懐から見えていたからね。もしかしたらと思って」
「いいえ、渡せませんでしたよ。…これ土井先生に差し上げます。好きに使ってください」

「えぇっ!?ちょっと利吉くん!簪はさすがに使わないよ!!」
「私もこんなもの使いませんからね。彼女の手に渡らなければ意味がない。では、私も今日はこの辺で」

半ば押し付けるような形で土井先生に簪の入った包みを渡した。彼女が好きそうな桃色の簪。今渡したところで、喜んではくれないだろう。笑顔がみれないのならば、あんなものいらない。


どうすれば。どうすれば彼女の笑顔は私だけに向くだろうか。

たった一人の女にこんなにも心をかき乱されるとは。

あぁ、私はなんて情けない。

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