「どうだった」
「ダメでしたお頭!やっぱり俺じゃ葵衣さんと釣り合わないですよね」
「いやそんなことないよ…私の方こそこんなイケメン達と歩けるなんて…」
どさりとビニール袋を置いて中からカクテルだの酎ハイだのを取り出してはつまみと一緒に並べていった。水軍さんたちは最近現世の酒にはまっているらしい。確かに果実の味がする酒なんてこの時代にはあまりなかっただろうから、舌が楽しいのだろう。
「じゃぁ明日は俺の番だな」
「よろしくお願いしますね義丸さん」
「任せとけ」
義丸さんは私の頭をぐしゃりと撫でて、海の方へと歩いて行った。横でスーツを脱ぐ重くんはきっちり綺麗に畳んで、ごめんなさいと私に頭を下げた。謝るのはこちらの方だ。私の問題なのに、水軍さんたちを巻き込んで本当に申し訳ないと思っている。
「あー、いい案だと思ったんだけどなぁ」
「いや、網問の案はいいと思うぞ。明日は義丸だ。きっと上手くいくさ」
「お頭ぁ!」
がははと豪快に笑うお頭さん。そう、なぜ水軍の皆さんが私の買い出しについてきてくれているのかというと、網問くんがこんなことを思いついたからである。
『兵庫水軍の顔良い人たち連れて、葵衣さんの世界で逢引みたいなことすれば、そのすとーかーってやつ嫉妬して出てくるんじゃねいですかね!?』
それは無理やりすぎるのではないかとも思ったが、効果は驚くほどあったようだった。初日、その作戦を聞いたお頭さんは試しに行ってみろと白南風丸を指名した。スーツはクリーニングに出してしまっていたので私のスウェットで申し訳ないがそれを着てもらい近所のスーパーと薬局へ買い物の付き添い(荷物持ち)をしてもらったその晩、ポストの中には真新しい手紙が入っていた。それはいつもと同じ大きさの真っ白な紙に、「その男は誰」と書かれているのであった。少しだが、筆が荒い。その次の日、舳丸を連れて少し離れた図書館へ予約していた本を取りに行った。舳丸も現世の書物が面白かったようでついうっかり一日そこで過ごしてしまったのだが、帰ってみるとポストの中には、昨日とは違う筆運びの「その男は誰」と書かれた手紙が。
次の日は蜉蝣さんと近所の商店街へ。その次の日は網問くんとカフェへ。だが網問くんを連れて行ったその日から、手紙はぱったり来なくなってしまった。間切を連れて行っても、疾風さんを連れて行っても、航を連れて行っても、手紙が来ることはなかった。はたから見ればイケメンをとっかえひっかえしている悪い女。この作戦は失敗だっただろうか。
「俺も昔変な女に追っかけられたことあったけど、このあたりでボロだしてきたもんだぜ。男だって同じだ。もうそろそろだと思うけどな」
「そうですねぇ。明日の義丸さんのターンに期待しますか」
ちなみのに鬼蜘蛛丸さんは絶対に陸酔いすると辞退した為、アダルト組は彼氏役にしては自分は年上すぎると辞退した為この作戦には参加していない。私としてはイケおじ枠もありだと思うのだが。
夕餉を食べて酒盛りをし、自分の部屋に戻ったが、部屋の中は特に何もない。手紙もないし、部屋に訪ねてくる気配もない。それはそうか。彼氏(っぽい人)が家の中にいるかもしれないのに、入れるわけがないか。ぼふんと音をたてベッドに横になり、引っ越してくる前はひどかったなぁと思いだした。盗聴器に隠しカメラに嫌がらせの電話に手紙に。あの頃に比べると随分落ち着いたもんだけど……。ぶっちゃけこれ以上水軍さんたちに迷惑をかけたくないのが本音だ。そろそろ、決着をつけたい。そう思い瞼を閉じた。
「おはよう、葵衣」
「んー………?……wsrdqざwxせtふp@;!!!」
「はっはっはっ!なんつー声出してんだよ!」
しかし気づいたら寝ていて、眠る自分の横に半裸のイケメンがいた。飛び起きベッドから転がり落ちてやっとそれが義丸さんだということに気が付いたのであった。なんだこの腹筋と二の腕。最THE高。
「あー!義太夫!何してるんですか!年頃の女の人の布団にもぐりこむなんて!」
「何言ってやがる網問。今日の葵衣の番役は俺だろう?これぐれぇ許せや」
「エロ同人みたいなことしないでください!!」
バンと勢いよく開いた水軍館と繋がる扉。向こうから串に刺さった魚を持ってきてくれているところをみると、朝ごはんのおすそ分けにでも来てくれたのだろうか。ぽかぽかと殴られている義丸さんをよそに急いで朝ごはんを食べ、壁にかけておいたスーツを義丸さんに手渡した。義丸さんスーツver。二度目とはいえ刺激が強い。
「さ、今日こそ奴さんに出てきてもらおうぜ」
「そうですね。よろしくお願いします!」
玄関まで行ったところで、水軍のみんなに出かけてくると伝えてくると義丸さんは一度部屋の奥へと戻っていった。今日は洋服でも買いにショッピングモールにでも行こうと思っていたところだ。海賊装束が基本とはいえ、義丸さんおしゃれそうだし、服選んでもらおうっと。
「待たせたな葵衣、そんじゃ行くか」
「はーい」
靴を履いたところでどうぞと差し出された手。まるで王子様みたいだ。いやホストだったわ。
結果から言うと、今日も何もない普通のデートになってしまった。イケメンを引き連れていることによって少し周りの目が気になるだけで、誰かが刃物を持って乱入して来たり、誰なんだそいつはと襲ってくるやつもいない。途中ストーカーの事なんかすっかり忘れて買い物に没頭してしまったし、仕事場から最近どう?という電話が来るまで仕事のことも忘れていた。そうだ今有給休暇中だった。もうそろそろ復帰したいと言えば電話の向こうで上司は無理しなくていいからな?と心配してくれていた。あぁ情けない。あっちにもこっちにも心配かけて。
「葵衣、そろそろ帰ろう。今日はお頭が鮪捕まえてくるってよ」
「やばいそれはアツい!!!酒買って帰りましょう!!」
「よーし荷物持ちなら任せろ!」
ただでさえ服も大量に持ってくれているのに酒まで持ってくれるなんて……。海の漢っていうのはどんだけ力持ちなんだろうか。私なんてバッグと靴で腕痛くなってるっていうのに。
ワインだの焼酎だの好き勝手かごにぶちこみ会計をして、歩くのが面倒くさくなったのでタクシーで帰ることにした。初めての車に興味津々だったが、さほど距離は離れていないのでワンメーターで到着してしまった。また乗りたいと言っていたので、今度レンタカーでも借りてくるかな。
「は〜ただいま〜」
「葵衣、服はどこ置いておくんだ?」
「あ、寝室でお願いします」
酒をいったん冷蔵庫にぶちこみ、私も服をしまうため寝室へ入った。だが部屋の扉を開けた瞬間世界はぐるりと回転して、背中で受けた柔らかい衝撃で、私はベッドに投げられたのだと確信した。
「よ、義丸さん?」
「まだ晩飯には少し時間あるしなぁ。荷物持ちの礼ぐらいもらっても罰当たんねえよな?」
あぁ、これはなんてエロ漫画展開。歳が歳だしそういう経験はもちろんある私でも、ここまで顔の整ったイケメンに迫られたことは一度もない。あまりに妖艶すぎる整った顔でこの口説き文句ではくらりとくるのが女の性だが、さすがにこれに流されるわけにはいかない。
「お、お頭さんに怒られますよ」
「ははっ、そう言うなって。葵衣だって少しぐらい期待してただろ?」
「ひぇぇ…」
「してたって、言ってくれや。なぁ?」
だがころっと変わって無邪気な笑顔を見せられては、私に逃げる道などない。するりと頬を撫でられて、あぁ、こうして女はダメになっていくんだなと私は嫌な察しをしてしまった。
だが私はそんなエロ同人展開を許しはしない。私の上に覆いかぶさるように乗っている義丸さんをどかそうと腕を伸ばしたのだが、その抵抗もむなしく、さっきまで私を頬を撫ぜていた手は私の口をふさいだ。何をするんですかと暴れようとも思ったが、ふと義丸さんを見ると、義丸さんは鋭い目つきをして、部屋の扉を睨み付けていた。
その時、誰かがこの部屋に入ってくる音がした。乱暴に開けられたこの部屋の扉。ダンダンと大きな足音を立てて、それはどんどんこの部屋に近づいてくる。誰か、誰かがここに来る。
「お前っ!俺の、俺の葵衣から離れろお!!」
「今だ!!網問!!重!!」
「ほいきた!!」
「おらぁ!!」
「!?」
部屋に飛び込んできた帽子を深く被った男。それを蹴り飛ばし床に転がす網問くん。後ろ手にして縄で拘束する重くん。この一瞬であまりにたくさんの事がおこりすぎて、何がなんだかわからない。
「葵衣」
「あ、は、はい」
起き上がった義丸さんに手を差し伸べられ私はようやく体を起こすことができた。散らかる買ったばかりの服。その上に押さえつけられている男の人。恐る恐る帽子をはずして、
「…嘘」
私は、絶句した。