「大丈夫ですか葵衣さん」
「……」
「そりゃぁ怖いよねぇ。見知らぬ男からこんな手紙来られちゃさぁ」
「葵衣さんの世界は危ないな」
違う。私が今白南風丸の逞しい腕に抱きしめられて体を震わせている原因は其処ではない。
「てなわけですぜお頭」
「そりゃぁ…生かしちゃおけねえな」
「葵衣にそんなことしやがって!許せねえ!」
あの囲炉裏の周りがとんでもない殺気に包まれているということに、心底恐怖を覚えているからだ。海賊が全員そろって眉間に皺を寄せていたら、さすがの私も震えるに決まっている。しかもその怒りの原因が私にきたあの紙切れだから、これは他人事とは言えない。
もちろんあの手紙は、本当に恐ろしいと思った。なぜ引っ越し先がばれたのか。男は誰だと聞いているということは、義丸さんと一緒に買い物に行っているのをリアルタイムで見られていたということだろう。そして私の家のポストに、手紙を投函してきた。本当に最悪だ。折角引っ越して平和な生活を取り戻せると思ったのに、悪夢再来。そしてその手紙を事もあろうに水軍の人に見られてしまったというのが一番の問題だ。確かに重くんがお料理を手伝ってくれる為にこっちに来た時、ストーカーが原因で引っ越してきたという話はしたし、あんまり記憶にないけど酒を飲みながら「私モテるから!!」とか嘘を言いながらストーカーについてもお話した(ような気がする)。でも前とは違う場所で生活することにしたわけだし、今後はそういうことは起きないだろうと皆さん言ってくださって(いたような気がする)たし、私自身もそうだと思っていた。だけど、現実はそう甘くはなかった。
「葵衣はもう俺たちの家族みてえなもんよ!その家族が怯えてるとあっちゃぁ兵庫水軍の名折れだぜ!ねぇお頭!」
「おう。歳的にも葵衣は俺の娘みてえなもんだ。その娘に手ぇ出されたとあっちゃぁ、黙っておけないな」
「さすがですお頭!!」
「葵衣、安心しろ。お頭がお前を守ってくださる」
おっとこまえな鬼蜘蛛丸さんのおててに撫でられるのは乙女ゲーとしては最高に素敵なイベント発生してるけど、顔がめちゃくそ怖い。安心しろとか言ってる鬼蜘蛛丸さんの顔が一番怖い。男前集団が私の為にこうして動いてくれているのは感動の極みだけど、犯人絶対殺すマンの集団すぎて逆に犯人の命を心配してしまうレベルだ。
「あり、がとうございます」
「おうおう、葵衣は俺たちが守ってやるから、安心しろ!今日はこっちの館に泊まっていけ!なんなら俺たちの船で寝るか?」
「えっ、いいんですか!」
「水軍館で寝るとあっちゃぁ男だらけで寝苦しいと思うしな!ははは!」
「それにね葵衣さん、お頭の鼾は本当にうるさくて…」
「東南風!!」
「へ、へいっ!!!!!」
と、いうわけで、私は本日兵庫水軍の監視下に置かれることとなりました。今日一日はこちらの世界で過ごすことになり、念のため、ストーカーの人から極力遠ざけ尚且つ水軍さんたちの目の届くところということで、船の中で寝ることに決まった。そうと決まれば話は早いと、鬼蜘蛛丸さんは誰もこっちに来れないように私の部屋と繋がる扉につっかえをして扉を固く閉ざし、重くんと網問くんは私のガード役ということでお船で一緒に寝てくれる係に立候補してくれた。かわE。
私はせめてものお礼ということでお洗濯と夕餉を担当することに名乗り上げ、例の一件を忘れるために兎に角働いた。だけどやっぱり恐怖というのは消えないもので、あの文字が頭に焼き付いて離れない。私の事を何処から見ていたのか。どうして私の家がこんなに早くばれてしまったのか。謎は深まるばかりだけど、一刻も早く解決して、水軍さんたちに迷惑をかけないようにしたい。いくら家が繋がっている縁とはいえ、これは私の問題なんだし、ここまで面倒を見て貰っては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「おい、ぼーっとしてると指きっちまうぜ」
「蜉蝣さん」
「今日は何作ってくれるんだ?俺ァ葵衣の料理なんでも好きだが、あれ美味かったなぁ、あの、肉の、どんぶりの」
「あー……かつ丼ですかね?」
「それよそれそれ!あらぁ美味かったなぁ!卵と肉がいい感じに絡み合ってよぉ!」
「残念ながら今日は煮物ですよ」
「あぁ煮物もいいなぁ!腹減っちまうぜ」
ストーカーどうしよう、と悩んでいると、包丁を持つ手をがっしりつかまれた。傷だらけの手は蜉蝣さんの手だったようで、思わずジャガイモを落とすところだった。
「安心しろ葵衣。ここにいる限りは安全だ。誰もお前に手ぇ出させねえよ。その、すとーかーってやつにゃぁ」
「…すいません、ご迷惑おかけして」
「何言ってんだ水くせえ!お前はもう俺たちの家族よ!葵衣守れなくて何が家族だ!大船に乗った気持ちで過ごしてけ!な!」
きっと蜉蝣さんなりに私の事を励ましてくれているのだろう。なんというか、笑ってしまいそうになる程笑顔がぎこちない。私がぼーっと台所に立っていたから心配して、声をかけてくれたのかもしれないけど、不器用さんすぎて母性本能くすぐられるレベル。
「私としてはありがたいんですが、やっぱりご迷惑だと思いますし、早期解決に向けてなんとかしますんで」
「俺たちぁ本当に、迷惑なんざ思っちゃいねえよ。葵衣が楽になんなら、何度だって手え貸すぜ」
「…はい、ありがとうございます」
ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫でまわして、蜉蝣さんは館の外に出て行った。夕餉まで釣りをしてくるらしい。まぁ、早期解決に向けてとはいったけど、今の所此れと言った解決策は思い浮かばないのが事実。警察に言ったところで相手にされないのは解ってる。決定的な証拠を掴んで豚小屋にぶち込んでやりたいけど、相手の姿すら見たことないし、手紙だけではいたずらで済まされそう。
「おーい」
「あ、葵衣」
「舳丸さん、夕飯できましたって皆さんにお伝えください」
「待ってました!お頭ぁ!お頭ぁ!」
こんだけイケメンにストーカーされたらどれだけ優越感に浸れることか。逆に訴えない。そのままゴールインまでもってく。意地でももってく。兵庫水軍本当に顔面偏差値高すぎ。
夕餉を食べた後、私は網問くんと重くんに手を引かれ、兵庫水軍の大船に乗り込んだ。縄梯子ってアスレチック以来だな。だが登ってみると思っていたよりも船内はかなり広く、素敵な空間が広がっていた。満天の星空の下、木造の船の上で一泊できるなんて、私の世界だったら豪華な船の旅と銘打ってもいいぐらいだ。こっちですよと再び手を引かれ、船内へ。そこはいつも、一晩海の上にいる時にみんなが寝泊まりしている部屋、つまりは寝室だった。ハンモックのように上に吊られた縄の上に腰掛けると、網問くんは蝋燭に火をつけ部屋の中を照らしてくれた。
「なんか、葵衣さん姉ちゃんて感じしますね」
「お姉さん?私が?」
「えぇ。なんか、姉弟って感じで」
「俺たち葵衣さんの弟みたいですね!」
「くそっ!こんな可愛い弟欲しかった!!」
本当は星空の下で寝たかったけど、さすがに寒くて寝れないですよと言われたのであきらめることにした。ちなみに私が寝転がっているハンモックは由良四郎さんのハンモックらしい。道理で広いわkげふげふ、寝心地がいいわけだ。蝋燭が消えると同時に就寝らしく、二人ともころりとハンモックに寝っ転がった。しかしすぐに、「うーん」と頭を抱えるような表情をしてしまった。
「どうすれば、葵衣さんを苦しめる変なヤツを捕まえることができますかね」
「あー、ストーカー?」
「そうですそうです。俺としてはこう、バシッとお縄につかせたいところですけど」
「そうさなぁ、でも、本当に目星もつかないし…何したいのかも解んないし…」
二人とも私のストーカーの件を真面目に考えてくれているみたい。なんて優しい弟たちなんだ。おねえちゃん感激。
「どうしてそんなことすんの?」
「そりゃぁお前、葵衣さんとお付き合いしたいとか思ってたりするからだろ」
「ふぅん?」
「だから葵衣さんと一緒にいた義太夫を見て、その、す、すとーかー?が怒ったんじゃねえのか?」
最終目的が私と付き合う事なら可愛い方だ。もし最悪のレベルに達しているのなら一緒に死にたいよぉ!とか言われたりする可能性も微レ存。私そんなに人の命どうこうする力持ってない。助けてエロい人。
「……そうだ」
私と重くんが首をひねっていると、網問くんが体をお越したのだが、
「良い事おもいついた!」
そう言ったところで、蝋燭の火が窓から入ってきた海風で消えた。