「こんちはー」
「おう葵衣。荷解きは終わったのかい」
「えぇおかげさまで」
「そいつはよかった。まぁゆっくりしていけ」
「いやぁそれがですね…」
段ボールは全てゴミ捨て場へ。詰め込んでいた本も本棚へ入れ、服も整頓し、部屋の中もあらから掃除をし終えた。一休みしに波の音で癒されようかなと思った矢先、私はとある事に気が付いた。それは冷蔵庫の中身が野菜の切れ端と酒しかないという事だ。つまみを作れば水軍のみんなと食べるし、たりなくなったら作り足す。そんなこんなを繰り返していたら、こちらの世界で買ったお野菜すらもなくなっていて、冷蔵庫は今空っぽ状態なのだ。そこで私は兵庫水軍へ、
「助っ人を要請しようと」
「助っ人?なんのだ?」
お買いものへついてきてくれる人を探していた。まぁぶっちゃけた話荷物持ち係を頼めないかと思ってきていた。パシリを頼むようで申し訳ないが…。
引っ越しをする時、前よりは職場が遠くはなるが駅には近くなったので、もう自転車は使わないだろうと思い、近所のクソガキに譲り渡してしまったので、私の移動手段は徒歩のみ。運転すらままならない私は免許を取得していないため、一度にできる買い物の量は両腕で抱えられる程度と決まってしまった。が、この冷蔵庫の中身のなさといえば。ヤバイ以外に言いようがない。つまりそれほどまでに空っぽという事だ。
「ははぁ、なるほどな」
「重くんは手伝いで一回こっちの世界来ましたし、網問くんの手が空いていればと思ったのですが…」
「網問?あいつなら今朝から海の上だ。でっけぇ鯨がまた出たんだとさ」
「捕鯨ですかぁ。じゃぁしばらく帰って来ないかなぁ…」
それは残念。まぁ諦めて二往復ぐらいするか。そう思い腹をくくったその時、待ったと義丸さんが私の腕を掴んだ。その顔はまるでわくわくした少年の様な顔で。
「お、俺じゃダメか?」
「えっ?義丸さんが?お手伝いしてくださるんですか?」
「そりゃぁ俺だってその…そっちの世界、見てみたいからなぁ…」
照れくさそうに顔をかく義丸さんはまるで年上には見えない。冒険心を忘れない少年そのものだった。思ってもいない申し出にこちらこそと頭を下げてお願いした。義丸さんは縄を編んでいたのだが、ちょっと休憩と縄を杭に巻きつけ音を鳴らしながら首をゴキリと回した。
さて義丸さんがこっちの世界に来るという事はだ。問題は服装。ちょっと怪しまれると思うので代わりの何かを持ってくると伝えると、義丸さんも誰かに席を外すことを伝えてくると水軍館から出て行った。私も部屋に戻り箪笥をあさってはみたのだが、いかんせんスウェット以外にこれといったユニセックスものが無い。義丸さんは顔が良い。ということは普通の服ではつまらない。あぁ、こんなことならスーツでも買っておくんだった。
そこまで思って私はふと思い出した。そういえば結構前友達の結婚式の余興で私は男物のスーツを着て友人と二人で夢の国ソングを熱唱したのだった。なんかの役に立つかもしれないと思ってどっかにとっておいたはずだ。あれは確か春服ボックスに入れたはず。
「葵衣、入っていいか?」
「あったー!どうぞ!これに着替えて貰えますか?」
おぉ、と声を漏らしながらきょろきょろと部屋の中を見回しながら、義丸さんは私が差し出したスーツを手に取った。これを着れからこれを着てこれを穿いてと着方を説明して、私は部屋を出て買い物へ行く準備をした。
「これでいいか?着方あってるか?」
「大丈夫でs…アッー!!こりゃホストだーー!!」
「ほすと?」
どうみてもホスト。ヤバイ。予想以上に顔と服がマッチしすぎてる。この人絶対室町の人間じゃない。私、同伴に思われてたらどうしよう。とりあえず髪を首元で一つに結んであげながら溢れ出そうな鼻血を押さえつつ、それじゃぁ行きますかと家の鍵を手に玄関へ向かった。スーツにはミスマッチかもしれないが、スニーカーを履いて貰う事にした。足は同じぐらいのサイズでよかった。基本的に裸足なのか靴下も履いているからか、少し落ち着かないと義丸さんは足をぐずらせた。
スーパーが近くて良かった。歩いて10分ぐらいの場所で本当に良かった。スーツのイケメン連れてる普通の女とか我慢できないレベルで視線集めてるわ私。しかもどうみてもホストをスーパーに連れてくるとか、不審な目で見られてもおかしくないわ。義丸さんは私の不安な心などどこ吹く風という感じで、キラキラした目でスーパーの中を見回していた。しかし流石大人。あれなんだ!?これなんだ!?と騒いだりはしなかったが、やっぱり緊張はしているのかカートを持つ私の腕を離そうとはしなかった。
「な、なぁ葵衣。なんか凄い俺見られてるんだけど…」
「ホストだと思われてるんですよ。義丸さん顔はいいから」
「その、ホストっていうのはなんなんだ?」
「あー……陰間って言えばいいんですかねぇ…」
「あぁなるほどな。こっちにもそういうのはあるのかい」
「まぁその、シはしないですよ。一緒に酒飲む程度ですけどね」
兎に角、義丸さんの顔が良いってことですよと適当に流すと、義丸さんはそれに気を良くしたのか、近くで騒いでいる女子高生に手を振った。はいはい目立たない目立たない。私は義丸さんの手を引き野菜売り場のうろうろし始めた。
「いやまて葵衣、大根ならこっちにしろ」
「へ?」
「んだよしけた野菜しか置いてねえな。こっちの野菜はこんなに小せえのか」
「あ、まぁ、向こうに比べたらそうですよねぇ」
流石農業世界の人。目利きが凄い。野菜なんて大きいだけでいいと思っていたが、義丸さんは私が手に取る野菜全てを棚に戻し、違う野菜をカゴに入れていった。真剣に野菜を目利きするイケメン。もうこれわけわかんねえな。魚売り場に行こうと思ったのだが、「野菜は仕方ないとして魚を金払ってまで手に入れるんじゃねえ」と義丸さんは魚売り場を素通りさせようとカートを押した。あ、そうだった。この人ホストじゃなくて海賊だった。まぁ魚は、そうね、うん、譲っていただくことにしよう。足りない日用品や使い切ってしまった調味料などもカゴにぶちこみ、支払いはカードで一括。大量に買ったはいいが現金をおろすのを忘れていた。葵衣ったらドジっ子テヘペロォンヌ☆
しかし思っていたより量はなく、買い物袋は二つで事足りた。そりゃそうか。魚買ってないし、野菜もそこそこにしか手に入れてないし。西洋野菜はこっちで買え。向こうにあるもんは向こうで買えと、義丸さんに言われたからだ。はい、ごもっともでございます。そんな義丸さんだが、クレジット―カードについても聞きたそうにしていたし、今はビニール袋に興味津々だ。
「ほら、両方ともよこせ葵衣」
「あ、一個は持ちますよ」
「そのために来てんだろ?俺の仕事奪うんじゃねぇよ」
はいイケメン。義丸さんは酒の入った重い袋ですら軽々と持ち上げて出口はどっちだとキョロキョロし始めた。イケメンな上に優しく力持ちときたもんだ。頑張れ現世の日本男児。君たちの御先祖様はこんなにもイケメンだったんだぞ。
「…で、来月請求が来ることになってて」
「はぁー、じゃぁカードで支払いっていうのはツケってやつか?」
「そんなとこですかね」
便利だなと義丸さんは言ったが、仕組みまでは難しすぎて理解できなかったらしい。銀行とか、金融機関とかそういう話までしないと解んないだろうしなぁ、仕方ない仕方ない。
鍵を出す前にポストを確認する為、少し待っててくださいと義丸さんをドアの前で待機させた。ポストを開けて入っている手紙を見て
「い、いやっ…!!」
「葵衣?」
全てを床に投げ捨てた。
「おい…!?葵衣!?どうした葵衣!!」
「よ、義丸さん…!」
白いコピー用紙に、たった一言。
『その男は誰?』
見覚えのある字体。もう、引っ越し先がバレた。
なんで。どうして。