白南風丸の横を歩き続けてしばらく。さっきまでいた場所が町の隅の方だということはすぐに分かった。歩けば歩くほど町は賑わいはじめ、お店も段々と多くなってきた。着物屋に簪屋。八百屋に豆腐屋に、茶屋の横には染物屋。あっちこっちでいろんな店が暖簾を揺らし、たくさんの人が出入りして行っていた。
「葵衣さん、何か欲しいものありますか?」
「欲しい物って言われてもなぁ…。っていうか、多分こっちと私のいた場所で物価が違うと思うんだよね。正直な話、さっき義丸さんからもらったこのお金がどれほどの価値なのかすら解んないもの」
「あぁなるほど、そういう問題もあるんですね。大丈夫ですよ!俺が値段見ますから!」
「それは頼りになる!じゃぁ冷蔵庫空っぽだし、とりあえずお野菜買いたいなぁ」
「これだけあれば結構な量買えますよ。行きましょう!」
ブーツを履いてきたのは間違いだった。コンクリートなわけがないんだから、歩きやすいわけがない。白南風丸のペースで歩いていたら足首がイカれてしまいそうだ。たまに転びそうになる私に手を差し伸べてくれる白南風丸イケメンすぎ養いたい。行きつけのお店があるとついて行った先は、結構大きな八百屋さんだった。色とりどりの野菜が並んでいて、どこから見ていいのか迷ってしまうほどだった。
「おっちゃん、結構買うんだ。風呂敷かなんか包んでもらえる?」
「おう兵庫水軍の坊主じゃねぇか。構わねえが……」
「…どうした?」
野菜を手に取り眺めていると、ふと視線を感じた。白南風丸と会話をしているはずの八百屋の店主さんが私をじっと見ていたからだ。私も頭の上に疑問符を浮かべたが、店主さんの視線は私の足から頭の上までじっくり眺める様に動いた。
「ねえちゃん変わった格好してんなぁ。南蛮のもんかい?」
「へ?……あっ」
「あっ!!」
ここで私は大きな過ちに気が付いた。そういえば私はホットパンツにタイツをはいて、パーカーを着ているわけなのだが、これ、この時代(世界)ではありえない服装じゃないか。おそらくこの反応という事は、白南風丸も今気が付いたのだろう。顔を青ざめさせわたわたと手を動かす白南風丸。そうか。部屋着で出てきちゃったぜとかそういう問題の話じゃなかった。着物じゃないし、ましてや兵庫水軍さんのような袴姿でもない。靴だって普通のブーツとはいえ、足袋でもなければ下駄でもない。これは確実に不審者。そういえばさっき魚を売ってるときも変な視線を集めていたけど、おそらく兵庫水軍が女を連れているという理由ではなく、変な格好をした女みたいなやつが兵庫水軍と一緒に居る、という理由での熱視線だったのだろう。そりゃぁ変な視線にもなるわ。あぁ、ここまでは頭が回ってなかったな。
「あ、え、えっと、か、彼女は、そ、その」
「I'm catherine.Nice to meet you!」
「うぇっ!?」
「お、おいボウズ!俺ぁ南蛮の言葉なんざ解んねえよ!」
「あ、えーえっと、や、野菜!何買いますか!?選んでください!」
「Ok!」
アイムキャサリン。ナイストゥーミーチュー。こんなクソ教科書英語が役に立つ日が来るとは思わなかった。店主さんが恐る恐る渡してくれた笊に、私は美味しそうな野菜をぽんぽんと投げ入れていった。結構な量を入れたつもりだったのだが、これでもまだお釣りが来るらしく、白南風丸は会計を済ませ残ったお金を私の掌に返してくれた。むしろいくら残ってるのかすら解らないのでこれは白南風丸のポケットマネーとして受け取ってもらっても構わなかったのだが。可愛い風呂敷に包んでもらって、白南風丸がそれを持ってくれたので、店主さんに手を振りながら私たちはお店をあとにした。
「凄いですね、葵衣さん。さっきの南蛮語ですか?」
「え、あ、うん。まぁ」
「店の人、完全に葵衣さんが南蛮の人だって信じてましたよ」
「えぇ…純日本人な顔しているはずなんだけどなぁ」
顔を両手でふにふにと包みそのショックを受け止めていると、見えてきたのは荷車に腰掛ける東南風と義丸さんだった。大量に野菜を担いでいる白南風丸とキョトンとした顔で見つめていたが、私がかくかくしかじかでと話すと笑って荷車に積んでくださった。まぁ私も積まれたんだけど。荷物扱いかよチクショウめ。
「さて、次に配達したら館に戻りますよ」
「あ、東南風、どこいくの?」
「忍術学園です」
「にんじゅつがくえん?」
「忍者の卵、忍たまたちが日々勉強している場所ですよ」
忍者の卵たちが集う場所に海賊が行く。なんかちょっと良く解らない交流関係。っていうか、やっぱりこの時代って忍者いたんだ。で、忍者の専門学校があったんだ。凄い。これ感激に値する。忍者とか侍とか大好き。忍者の学校があるなんて歴史の勉強上で一度も聞いたことなかったけど、やっぱりあるよねぇそりゃそうよねぇ忍者いるわよねぇ。私小さい時から信じてたよ。昔は忍者という存在は絶対いたって。千利休忍者説とか信じているもの。しかし現世にそのものが語り継がれていないのだとすれば絶対的秘密の場ではないのだろうか。兵庫水軍にお世話になってお世話している身とはいえ、私は一応部外者。私の様な人間がそんなところへ行ってもいいのかとおそるおそる義丸さんに尋ねると、「まぁ問題はないだろう」と軽い返事を返してくださった。秘密の場所とはいえ、来客は結構あるらしいし、その筋では有名な場所らしい。なんだそれ、心配して損したわ。またしばらく荷車に揺られること数十分。到着したぞと言われて見上げれば立派な門の横には堂々と「忍術学園」と書かれた看板がぶら下がっていた。なんだよ全然秘密じゃないやんけ。
「おい!誰かいないか!兵庫水軍のもんだ!魚届けに来たぞ!大門を開けてくれ!」
「は〜い、今開けま〜す!」
義丸さんがダンダンと大きく門を叩くと、中から可愛い声が聞こえて来た。すると大きな方の門ではなく、脇の小さい方の門があいて青年が一人バインダーを持って出てきた。
「その前に、入門表にサインをお願いします!」
「はいはい」
「…あれぇ?初めて見る方ですね。兵庫水軍の方ですか?」
「あ、はい。今わけあってお世話になってるものでして…」
「へぇ〜変わった格好されてますねえ。あ、僕事務の小松田っていいます。忍術学園に入られるなら、ここにサインください」
「サイ……ン…」
横文字、だと。やっぱりなんかおかしいぞこの世界。いやむしろサインぐらいの横文字は既に渡来していたのだろうか…。渡された筆で「市松葵衣」と本名を記載すると、「可愛いお名前ですね」と言って門の中へ引っ込んでいった。なんだあいつ名前褒めるとかジブリ男子か。ギギイと大きく開いた門の中へ、東南風と白南風丸が荷車を押し入れた。小松田さんと仰る方は出る時にもサインが必要なのだと門の近くで待機することになりそこでお別れ。私たちは「食堂」へ向かって荷車を転がし始めた。
「兵庫水軍のみなさんこんにちは!!」
「わぁ!美味しそうなお魚ぁ!」
「町行ったんスよね!?いくら儲けました!?」
「よぉ乱太郎、しんべヱ、きり丸!今日は結構儲けたぞ!」
目を銭型にさせた少年があへあへしながら義丸さんに近寄り、眼鏡をかけた少年は礼儀正しくお辞儀をして、鼻水を垂らした少年は荷車の魚を覗き込んだ。
「あれ、お魚じゃなくて女の人が乗ってる!こんにちは!」
「あ、こ、こんにちは」
「お姉さん南蛮の人ですか?変わった格好してますね」
「え、あ、うん、そうね、ギリギリ…?」
「俺きり丸って言います!こっちがしんべヱで、こっちが乱太郎!お姉さんは兵庫水軍の人ッスか?」
「あ、市松葵衣。ううん、ちょっと話すと長いんだけど、お世話になってる身というか…」
ものの見事に少年たちに見つかって、私は腕を引かれて荷車から降りた。わぁ可愛いなぁ。この子達が忍者の卵なのかなぁ。可愛いなぁ。
「乱太郎きり丸しんべヱ、俺たち魚降ろしている間に、この人忍術学園案内してやってくれよ」
「えっ、ちょっと義丸さん」
「ちょっと時間かかるから。こいつらの案内なら大丈夫だよ」
「もちろんいいですよ!行きましょう葵衣さん!」
「え、あ、うん!い、行く行く!」
右手を乱太郎くんと繋いで、私は手を振る義丸さんたちを背に歩き始めた。忍者の専門学校を見学できるなんて凄い事だ。光栄すぎる。どうやら今は休み時間中らしく、三人は厠の帰りなのだという。案内と言っても短時間しかできないけどとしっぽを垂らした犬の様な彼らを金で買えるなら三人とも買いたいと思ったぐらいには可愛かった。性癖おかしくなりそう。魚を下すのもそう時間のかかることではあるまい。とりあえず君達の教室までの経路だけで十分だと伝えると、三人は笑顔で校舎内に入って行った。後者と言っても、凄い綺麗な旅館にしか見えない。木造だし、庭の花やら木やらも凝ってて美しいとしかいえないなぁ。こんな場所で勉強できるなんて最高じゃないか。
「それで、ここが私たちの教室です」
「一年、は組…」
「土井先生と、山田先生っていう担任の先生がいるんです!」
「へぇー」
「葵衣さんも授業参加しちゃえばいいのに」
「んー、時間なさそうだし、また今度来てもいいかな?」
そう聞けば三人は嬉しそうに頷いて教室の中へ入っていった。扉が閉まるのと同時に部屋の中から「そろそろ席につけー!」というイケボが響き、外ではカーンと心地の良い鐘の音が聞こえた。お、これが授業開始の合図か。さて困ったもんだ。行きは良かったが帰り方が解らん。食堂ってどっち行けばいいんだっけ。乱太郎くんたちに案内されて四方八方を見渡しながら来てたから、道順がさっぱり解らん。えぇっと確か此処を右に曲がって…。
「おっ、痛っ」
「おっと、……あれ?見かけない方ですね。どちら様で?」
「あー、ごめんなさい前見てなくて。えぇっと兵庫水軍の義丸さんたちと一緒に来た者なんですけど」
「兵庫水軍の?」
「すいませんけど、食堂までの道のりを教えていただければ幸いなのですが…」
曲がり角を右折した時、目の前から来た人に気付かずに激突してしまった。イケメンだなぁ。さっきの三人も可愛かったけど、この学校顔面偏差値高すぎるんじゃないの。
「自主学習なので部屋に戻ろうとしていた所です。食堂は道中ですのでご案内致します」
「あーっ、助かります、ありがとうございます」
イケメンの彼の横を歩いていく私。イケメンすぎてホストの同伴しているみたい。イケメンすぎて横を歩くのも申し訳ないので三歩後ろを歩こうと思ったのだが、少し速度を落とすと彼も落とし私の真横をキープし続けた。もしかして忍者だから俺の後ろに立つんじゃねぇ、的なそういうのがあるんだろうか。だとしたらそれに従うしかあるまい。忍者の卵だもの。私が変な事をして殺されても文句は言えないもんね。気を付けよう。
「あそこが食堂です」
「おーい葵衣さーん!帰りますよー!」
「あ、はーい!案内ありがとうございました!では!」
「お気をつけて」
あ、イケメン消えた。凄い。本物の忍者だ。かっけぇ。名前だけでも聞いておけばよかったなぁ。今度お礼しに来よう。
「帰るぞ葵衣。荷車に乗れ」
「ウィッス」
私は荷物。もう慣れた。そうだ、帰ったら今度は向こうの買い物に付き合って貰おう。今度は私の世界を案内しよう。うん、そうしよう。まぁ少人数しか行けないけど。
「ただいま勘右衛門」
「おかえり兵助。なんだよ便所長かったな。大?」
「いやなんか一年の教室付近から見知らぬ女性の気配を感じて気になってさ。変な格好してたから警戒してたんだけど、道案内頼まれちゃって」
「え、なにそいつ曲者?」
「いや、兵庫水軍の付き人だったみたい。間抜けそうな感じだったよ。隙があれば簡単に殺せそうなぐらいの」
「じゃぁくのいちではないな」
「町娘とかかなぁ。町中の豆腐屋の匂いがした」
「気持ち悪いなお前の嗅覚!」
「それが結構美人だったんだよ。すらっとした感じで。多分勘右衛門の好み」
「おいふざけんな一気に気になったわ」