目が覚めてからようやく気付いた。これもう朝ですやんけ。頭を抱えながら昨日の事を思い返してみた。そういえば昼飯を食べた後は水軍さんたちと酒盛りを始めたんだった。ビールワンケースなんてあっという間になくなるし、水軍さん方はこっちの酒を大層気に入ったのか一升瓶すらも瞬時に飲み干した。一人暮らしだったのだからそんなに酒が常備されているわけがなく、私の手持ちは0。そうなれば今度は水軍様の出番よと、出てきた酒樽はかなり強い酒だった。こっちほど酒の造りがちゃんとしていない分、エゲつない程、そして遠慮のない度数。何杯か飲んでいる間は問題なかった。あれはあとから来るタイプのものだったのか、徐々に記憶が薄くなってきている。
待てよ?昼から飲んで次の日の朝まで目が覚めなかったってか?私は有給を凄い贅沢に消費してしまったんじゃないか?
「…頭痛い…」
とはいえ体は素直。自力で部屋に戻っておいてよかった。ベッドから這いあがりキッチンに向かい、やっとこさコップ一杯の水を飲みこむことができた。菓子パンだが軽めの朝食もとり顔も洗い、なんとか元の自分に戻ることができた。とはいえ、昼から寝ていたらそりゃぁ変な時間に起きるもんで、時計を見ると午前四時。日はギリギリ昇っているが、こんな時間じゃどこのお店もしまっているだろう。服やら食材やらを買いこもうと思っていたが、まぁそれは時間が経ってからという事で。先に残りの部屋の片づけを済ませてしまおう。
しかし、扉の向こうが別の世界というか、過去の世界というか、とにかく別の場所に繋がっているなんて、変な感じ。この部屋の契約者は私で一人暮らしなのだから、此処には一人しかいない、ということなんだけど…。向こうには団体様が、しかも海賊様がいらっしゃるんだもんなぁ…。変な感じ。今一度現実がどうかと確かめる為、小さく扉を開いてみたが、そこには誰もいなかった。あ、でも木造だ。こりゃ夢じゃない。
「あれ、葵衣さん!遊びに来たんですか?」
「あーえっと…」
「白南風丸です!葵衣さん大層酔っておりましたから、覚えてなくて当然ですよ。あ、昨日は御馳走様でした!おつまみからお酒から…」
「あ、白南風丸ね。ごめんねあんまり記憶なくてさぁ」
どうぞどうぞと言われ、私は素足のまま水軍館内にお邪魔することにした。白南風丸さんは食器を片づけている途中のようで、私も手伝うよと山積みにし持っていた皿を半分受け取った。
「っていうか、まだ明け方じゃない。水軍さんたち、もしかしてもう漁に行ったの?」
「えぇ!日の出前に出て、日が昇ったら引き上げてきますよ!んでもう一回、捕った魚で軽く朝食です!」
「大変だねぇ」
「俺はその魚を持って、町に売りに行くんで、飯は帰ってきてからなんですけど」
全て皿を洗い終え、白南風丸は手を洗いながら山の方を指差した。どうやらこの山の向こうに町とやらがあるらしい。
「へぇー。近いの?」
「まぁ、荷車担いで四半刻ってとこですかね」
「わぁ、ちょっと遠くない?」
「そうですか?」
そうか今とこちらじゃ時間の価値観も違うか。歩いて30分なんてこっちからしてみたら遠い事この上ない。だったらタクシーを呼ぶか近くにバス停がないか調べてしまう。こちらにはそんな移動手段なんてないから、歩きが当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「あ、もしよかったら葵衣さんも行きます?」
「え!本当!?いいの!?」
「楽しいですよ朝の市!新鮮な野菜やらがいっぱい揃ってますから!」
「楽しそう!い、行きたい!」
じゃぁ一緒にと、白南風丸はクソ可愛い笑顔で微笑んだ。やったぜ。こっちの世界の町にいけるなんて楽しみだ。あ、でもこっちのお金持ってないや。まぁ別にみるだけでもいいか。十分楽しめそうだし。一度部屋に戻り着替えて化粧も済ませ、裸足のまま砂浜へ出て、岩の上で私は水軍さん方の帰りを待った。しかし本当にこっちの海は綺麗だなぁ。青く透き通る海。近くを泳ぐ魚。海の向こうの水平線には
「おーい!葵衣ー!」
「お頭さーん!おはようございまーす!」
ふわふわ泳ぐ大きな船。海賊さん方がお帰りになられた。私が丁度乗っかっていたな岩場が丁度船の停まる所だったようで、船はぴったりと岩の横で停止した。
「お頭さん、お魚いっぱい捕れましたか?」
「捕れた捕れた!大量だぞ!」
「葵衣、昨日は馳走になったな。今度は天下の兵庫水軍がお前をもてなしてやるぞ。館に来い、新鮮な魚いっぱい食わせてやる」
「きゃー!鬼蜘蛛丸さんおっとこまえー!」
「………ぉえっ」
「え!?!?!??」
忘れてた。鬼蜘蛛丸さん陸酔するんだった。口元を押さえる鬼蜘蛛丸さんの背中をさすってあげると、なんとか正気を取り戻してきたのかぐぐぐと背筋を伸ばして必死に館に向かって歩き始めた。もうそんなんなるなら船の中で過ごせばいいじゃないの。
「おはようございます葵衣さん!」
「おはよー網問くん。もう傷大丈夫なの?」
「えぇもうすっかり!重も絶好調だったって!今船の中にいますよ!重ぇ!葵衣さんきてるよー!」
「まじで!あっ!葵衣さん!おはようございます!」
「おはよー!」
鬼蜘蛛丸さんが手ぶらで歩いている中、後ろから網を担いだ方々が続々と降りてきては私の頭に手を置きおはようと言って追い抜いていった。くそっ、本当にここの海賊さん顔面偏差値高ぇな。朝の挨拶だけでときめくって乙女ゲーかよ。
鬼蜘蛛丸さんと一緒に館に戻るともうさっそく他の人たちは魚を捌く係と、町へ持っていく物へ分ける係に分断されていた。館の中は魚だらけで潮の匂いが充満しているからか、鬼蜘蛛丸さんも徐々に体調を取り戻していった。もう二足歩行に支障はなさそうだ。
「あちゃぁ…海栗が交じってらぁな」
「えっ、美味しいじゃないですか」
「こいつがいると魚が傷つくからなぁ」
「あぁ、それで義丸さんそんな苦い顔して」
「まぁな。傷ついた魚はここで食うからいいんだけどよ。葵衣は海栗好きか?食うか?」
「ぎゃー!大好きです!」
「良し良しまってろ!」
素手で海栗持ってなんだかよくわかんない道具で割ってくれるとかサバイバルか。ほれと差し出された美しすぎる橙色。やばい。美味しい。酒が欲しい。
「お頭、この後町に…」
「おう!頼んだぞ白南風丸!」
「そのことなんですが、」
私が義丸さんから餌付けされている間、後ろで白南風丸が私を町に連れて行ってくれることを相談していた。だが相談時間はほんのわずか。私がいいなら連れていけと、お頭さんはすぐにOKサインを出してくださった。ならば俺も行こうと義丸さんも立ち上がり、東南風もついていくと魚を担いだ。そういえば私ずっと裸足だった。靴履いていこ。魚をつんだ荷台に、ついでにと私も乗っけられ、荷車は山道を進んでいった。えぇ、野生の兎出るんだここ。昔感やばいな。やっぱりこれは現実じゃぁないのか。しばらくがたごとと揺らされて、たどり着いたのは結構大きな町だった。東南風の手に掴まって荷車から降りると、茣蓙の様な物を引いてその上に魚を並べ始めた。兵庫水軍が来たぞと町は少々賑やかになったかと思えば、もう前の前は人だかり。その魚をくれ、こっちを売ってくれ、と、魚は次から次へと売れていく。だがそんな中で、なんだか良く解らないが私は無駄に視線をあつめていた。恐らくあれだろう。兵庫水軍という男だらけの海賊が女を連れているっていうんで変な目で見られているんだろう。それで興味持って近寄ってきてくれて、魚を買ってくれるのなら私も売り上げに貢献したって事になるだろうよ。
「葵衣さん、そろそろ引き上げますよ」
「えっ、もう?残ってるこれどうすんの?」
「これは別の場所へ届けに行くんです。お得意さんがいて」
「へぇー。えっ、それついて行っていいの?」
「えぇ大丈夫ですよ。義太夫、」
「まぁ大丈夫だろ。葵衣はべっぴんさんだから」
「ちょっと何言ってんのか解んないですけど」
「白南風丸、此処は俺と東南風がやっておくから、ちょっと葵衣と町案内してこいよ」
「あっはい!ありがとうございます!行きましょう葵衣さん!」
「やったぜ!」
「はい御両人、お手を拝借」
あたまに疑問符を浮かべながら、はて何かと思っていると、義丸さんは私と白南風丸の手の上にじゃらりとお金を置いた。これはお小遣いだと言う。義丸さん好きすぎて鼻血でそう。
「やった!義丸さん大好き!」
「おっ、葵衣は素直でいいねぇ」
「行こう白南風丸!デートだ!」
「でーと?」
「えっと、逢瀬?逢引?こういうのなんて言うの?」
「あい…!?!??お、おれ、そ、んな...!!!」
「あっ、うん、そんな真面目に考えなくていいから」