「なんだまたあの扉からの客人か。悪かったな姉ちゃん。えぇっと…」
「こちらこそ大声出してすいません。葵衣です。市松葵衣」
「葵衣か、可愛い名前だな。俺は義丸。何とでも呼んでくれ」
「すまんな葵衣、俺の部下が」
「いえいえ、お頭さんこそ助けていただいてありがとうございました」
私は今、海賊に取り囲まれている。こういう言い方をすると何やら物騒な物言いに聞えるが、実際はそういう意味じゃない。あの扉から出てきた久しぶりの人間。それも前までとは違ってまともに会話ができるような人だからと近寄って来られている。っていうか、今までの人はどれだけ自己中心的な人物だったんだろうか。まぁさっきの網問くんたちの話を聞く限り、まともな人たちではなさそうだし、曰く付物件なのに面白そうだと契約するんだもの。普通の人じゃぁないわな。
「あ、そうだ重くん網問くん、包帯あるから、さっきの傷見せて」
「えっ、いいですよそんな」
「僕らこんなの慣れてますから」
「そうはいかないよ。なんか見た目痛そうだったもん。ほら遠慮せずに」
私の部屋へ一度戻り救急箱を持って水軍館に戻った。ぱかりと開けた救急箱の中身に海賊の皆さんは興味津々。私は消毒液と滅菌ガーゼ、それと包帯を取り出して二人に向き合った。少し沁みるよと前置きはしたにも関わらず、二人は初めてであろう刺激と匂いに大きく体を揺らした。
「はい終わり。お風呂はいる時にでもとってね」
「わぁ、ありがとうございます!」
「凄い…上質な布ですけど…。いいんですか?」
「何を遠慮するかね。こんなのすぐ手に入るから気にしないで」
救急箱を私の横に、今一度兵庫水軍の皆さんに自己紹介をした。向こうも一人一人名乗ってくれたし、一応名前も憶えられたはずだ。まぁ自己紹介をしたからといってこの部屋に何か変化があるわけでもないだろう。だけど行ったり来たりできるということは、何かしら今後関わっていくこともあるかもしれない。一応水軍さんは全員男。私は女。何か間違いが起こることはない……と言い切れないのは、義丸さんの初対面が悪かったからだろう。本当はこんなに盛ってるヤツじゃないと鬼蜘蛛丸さんが教えてくれたけど、はたして真実やいかに。
それにしてもこの海賊さんたちは顔面偏差値が異常に高い。おじさまからお兄さんから若者まで。これはそこら辺のホストクラブかと勘違いするほどじゃないか。ホストクラブ「兵庫水軍」。これは売れるわ…。
「そうだ葵衣さん。俺たちの事探してたんですって?」
「あ、うん。お昼ご飯作ろうと思ってたから……」
そこで私は一旦口を塞いだ。向こうに招こうと思ってたのは重くんと網問くんだけ。今それを口に出せば、おそらく水軍さん全員を一度に招かなければいけないことになるかもしれない。良い物件だったから部屋のスペース的には何も問題はないのだが、テーブルも椅子も足りない。床で食べてもらうのも申し訳ないし…。
「…水軍の皆さんの分も作ろうかなぁって」
今回はちょっと、遠慮してもらおう。
「本当ですか!?」
「いいんですか!?」
「まぁ大したもん作れないけど。如何でしょうかお頭さん。一応まともなものは作れますよ」
「いいのか?しかしこいつら良く食うぞ?」
「大丈夫です!私の友人も良く食うやつらなんで慣れてます!」
「はははは!そうかそうか!じゃぁ頼むな!」
豪快に笑って私の肩を叩くお頭さんの心の広さよ。室町時代のこんな世界で、見ず知らずの女の手料理を喜んで食ってくれるなんて凄い人だなぁ。とはいえこの大人数。お昼ご飯だけど捕鯨から帰ってきているんだからお腹は減っているはず。お昼からカレーでもいいかなぁ。歴史に弱い私はこの時代にカレーなんてものがあっただろうかと疑問に思いつつもカレーで良いかと聞けば、みんな拳を上げて喜んでくれていた。この時代にカレーは伝わっていたのだろうか。ううん、良く解らないけど。
「おう葵衣!じゃぁ肉は鯨の肉使えや!」
「えっ!?凄い贅沢!!良いんですか蜻蛉さん!!」
「どうせ腐っちまうんだ!とっとと処理した方がいいんだよ!」
「鯨は捨てるところがないからいいんだが、保存がきかなくてなぁ」
ついてこいと言われぞろぞろと館の外に出ていく兵庫水軍の皆さん。一度部屋に戻ってサンダルを持って、再びあの砂浜に降り立った。うん、良い潮風だ。だがさっきと違う光景が目の前に広がっていた。そこに、見たこともない大きさの鯨が横たわっていたからだ。水族館の模型でもこんなに大きくない。昔はこんなに大きな鯨が海を泳いでいたのか。自然って本当に凄いなぁ。
「ここが一番いいだろ。ほら持ってけ!」
「うわぁ凄い…!こんなに沢山いいんですか?」
「わはは!こんなちっぽけな量に遠慮するな葵衣!お前は良い子だなぁ!」
良い子、とは言われるような歳でもないのだが。蜻蛉さんが切り取った大きな肉の塊をお頭さんが何やら上質な布で包んでくださった。洗ってお返ししよう。と、いうわけで私は部屋に戻ってカレーを作ることにした。出来上がったらそっちに持っていきますからと言い残して鯨の肉を部屋へ運んだ。ううん、この量だったらあの人数の海賊相手に残るわけがないな。久しぶりに大鍋で料理するか。ルーは二箱ぐらい使うかな…。米も大量に炊いておこう。はたしてカレーに鯨の肉があうだろうかとも考えたけど、どこかの軍艦カレーにありそうだし、不味いわけがないだろう。野菜もごろごろとしたまま鍋にぶち込んで米も早炊き設定にし、カレーはあっという間にできあがった。
「あ、あのー…葵衣さん」
「あれ、重くん。どしたの?」
「お、俺何かお手伝いしましょうか。別に!そっち、行きたいからとかじゃ!な、なくて!」
コンコンと控えめに叩かれたドア。ゆっくり開いた扉からひょっこり顔を出したのは重くんで、どうやら料理を手伝ってくれるらしい。こうは言っているが、おそらくこっちに早く来たいのだろう。まぁ其処まで言うのなら断る理由はない。
「うん、じゃぁ是非手伝ってほしいな」
「!」
ぱっと可愛い笑顔に変えて、重くんはこっち側の世界に入ってきた。来て早々前後左右上下をきょろきょろ見回して「凄い凄い」とつぶやいていた。
「何でもしますよ!何します?」
「あとはおつまみでも作ろうと思ってたけど…鍋かきまぜてくれる?」
「はい!任せて下さ……え、これ火ついてないですけど…」
「あ、うん。火を起こす必要ないの、こっちの世界」
「凄い、ですね…!凄いですね!!」
その言葉は私ではなくIHを発明した人に言ってほしい。重くんは私に言われた通り、鍋に引っかかっていたおたまを持って、カレーをぐるぐるとかきまぜた。私はその横で酒のつまみでも作ろうと思っていた。おそらくあの連中は、かなり飲むとみた。
「ところで葵衣さんは、今日此処に引っ越してきたって言ってましたね」
「うん、ストーカーが酷くてね。前の所から引っ越してきたの」
「すとーかー?」
「えっとねぇなんて説明したらいいんだろう…。見知らぬ男の人から好きですって書かれた手紙が家にいつも届いててね。気味が悪くて」
「それは怖いですね。これからは俺たちもいますから、なにかあったらなんでも言ってくださいね!」
「あはは、ありがとう。まぁ相談にのってくれてる人もいるし、引っ越したから今後は何もないだろうけどね」
くそ!可愛い!守りたいこの笑顔!歳をきけば重くんはまだ17歳とか!なんだよ未成年に心配されちゃったよ!情けないぞ私!成人済みのくせに!
「はいできあがり!お手伝いありがとう。お米も炊けたし、水軍さんたち館に集めて来てくれる?」
「はい!解りました!」
重くんはおたまを置いて、扉をくぐって走っていった。私は大鍋を担いで扉を蹴りあけ、誰のだかは解らないけど座布団を鍋敷き代わりにして炊飯器も運んだ。戻ってくると同時にいい匂いだと腹を空かせた兵庫水軍の皆さんは私の方へ飛びつき、我先にとマイ皿を持って待機した。
「食べれるだけ、好きなだけよそってください。おそらくおかわり分はあると思いますから」
「すまないな葵衣!しかし本当に美味そうだな!」
「いえいえ、お口にあえばいいんですけど。お頭さんも食べてください!」
「おう!ありがとうな!」
「ほらよ葵衣、おめえの分だ」
「わ、すいません疾風さん、ありがとうございます」
余っていたのか客人用か、疾風さんは私の分までよそってくださった。一緒に食べちゃまずいかなと思って私は一人で部屋で食べる予定だったのに。くそぅ、ここの人たち私が想像している海賊と違う!義理と人情にあつい人たちだ!めっちゃ良い人たち!
大声で響いたいただきます。私もそれに合わせて食事を始めたが、あっちこっちからうめぇうめぇと言ってくださる声が聞こえてとても心が穏やかな気持ちになった。うん、こんな有給休暇も悪くない。
「あぁ食った!ごちそうさまでした!」
「はいお粗末様でした!」
食器はこっちで洗うからと回収され、私は鍋と炊飯器を持って部屋に戻った。
「じゃぁ、私はこれで失礼しますね」
「あ!なぁ葵衣!まだこっちにいろよ!そっちの世界の話聞かせてくれや!」
由良四郎さんがそう言って、一歩部屋に入った私を引き止めた。それもそうか、急いで部屋に戻る必要なんてない。しいて言えば鍋を洗うことぐらいしか用事はないのだから。
「……じゃぁ、お口直しといきますか?」
鍋と炊飯器をその場において、引っ越し祝いにと同僚にもらった一升瓶とテーブルの上でこの時が来るだろうと思って待機させておいたつまみを取り出すと、海賊さんたちはそれを待っていたと言わんばかりに「宴だぁああ!」と叫んだ。
「あぁそんなんじゃ足りねえ!誰か倉庫いって酒樽持ってこいや!」
「鯨の肉まだあんだろ!つまみに持ってこい!」
「若えのは鯨の処理してからこっちこい!」
「葵衣は結構いけるクチかい?」
「いやだなぁ義丸さん、私結構ざるですから」
「ほう!いいねぇ!よし俺と飲み比べだ!」
「望むところ!冷蔵庫の酒全部持ってきますね!」
「れいぞうこ?」
昼間から海賊と酒を浴びるように飲む。そんな有給休暇。うん、現実離れしてるけど、最高じゃないか。