『この度はこのような事件を起こしてしまい、加えて市民の方々に不安を与えてしまい、大変申し訳ありませんでした』
テレビの向こうで禿げたおじさんと眼鏡のおじさん二人が椅子から立ち上がり、謝罪の言葉を述べては深々と頭を下げている。部下の失態は上司が取らねばならないこの縦社会は見ていて苦しいなあ。
『被害にあわれた女性は、容疑者の勤務先である交番に何度も相談に訪れており…−』
淡々と原稿を読むアナウンサーの口から私の名前が出なかったことだけが幸いだ。会社の人には「あのニュースの被害にあわれた女性って私なんすよww」と自慢しながら詳細を話そう。
帽子下の正体。それは、私が何度もストーカー被害を相談していたお巡りさん、その人だった。
あまりのショックに足から力が抜けてしまったが、ベッドから弾かれるように駆け寄ってきてくれた義丸さんが私の体を支えてくれた。まさか、と思った。だってこの人は、親身になって私の相談に乗ってくれていた人。誰よりも、私の事を考えて行動してくれた人だったのに。
「知り合いか」
「…葵衣さん、顔色悪いですよ」
「お前!葵衣さんとどういう関係だ!」
「この人、ま、前、話した…!私の相談に乗ってくれてた、人…!」
「葵衣は俺がいなきゃダメなんだよ!葵衣は俺の助けが必要なんだ!葵衣が怖がってるとき、俺が葵衣の傍にいてあげなきゃいけないんだよ!だから葵衣の力になってやったのに!なんで俺以外の男を家に招き入れているんだ!葵衣!俺を裏切るのか!」
「ひっ…!」
「てめぇ、葵衣の弱みに付け込んで好き放題してくれたじゃねえか!!」
あんなに頼りにしていたお巡りさんが、熱血でいい人だなぁと思っていたお巡りさんが、私のストーカーの相談を、一番最初にした人が、ストーカーの犯人だったなんて。
だがこの現実を目の前にして、悲しいことに、今までの被害がすべて繋がってしまった。手紙は、まぁ家についてきたから住所がばれたのだとして、気味が悪いからと没収された手紙は、おそらく証拠隠滅の為。念の為に部屋の中を見ておいてもらった時、部屋に上がったのはこの人だ。そのあとに隠しカメラを見つけたし、その際に盗聴器も回収されたんだろう。ついでに引っ越しすると伝えたときに私はこのあたりだと住所を教えてしまった。それは本当に信頼していたからだし、今回近所になる交番のお巡りさんにも頼ることになるかもしれなかったからだ。そりゃぁ引っ越しても、被害が止まるわけないわな。
怒りに体を震わせる義丸さんを抑えておかねば暴力をふるいかねないので、とりあえず網問くんと重くんにはいったん水軍館に戻ってもらい、私は急ぎ警察に通報した。あっという間に駆けつけたのはお世話になっていた近所のお巡りさんであり、この人の後輩。後輩さんは縛られている先輩であるこいつの姿をみて大層混乱していたが、みるからにベテランといった風貌のお巡りさんに、事のすべてを説明した。義丸さんは心配して側にいてくれた彼氏と適当に伝えておいた。身分証見せてとか言われなくてよかったぁ…。
ストーカーの被害にあっていたということ。勝手に家に入ってきたこと。現役警察官であること。すべてがすべてヤバすぎて、ベテラン警察も頭を抱えていた。だがあの人の家を捜索したところ、大事にしまわれていた、没収したはずの手紙や、私の家の中に仕掛けた隠しカメラや盗聴器のデータなど、動かぬ証拠が出てきてしまった為、あの人は無事ブタ箱へぶちこまれることが決定した。
現役警察官の不祥事だったのでマスコミにも取り上げられてしまい、全国放送レベルの事態となってしまっていた。だがこれにて一件落着。犯人は無事捕まったし、私も会社に復帰する事ができるというわけだ。
次のニュースですとアナウンサーが原稿用紙をめくったところで、私のワンセグを覗いていた水軍の皆さんは、無事解決したことを祝ってよかったよかったと小さく拍手をしてくれた。
「しかし驚いたなぁ。黒幕は葵衣の心の支えだったやつってことだろう?」
「えぇ…」
「しかもお頭、あいつ葵衣の事は一目見た時から惚れてたらしいですぜ」
「なんだと、危ねえ野郎だな」
通報から数日たった今日、私服の姿で家を訪ねてきた後輩さん。後輩さんは本当に申し訳ありませんでしたと玄関先で頭を下げた。今回の一連の事件に気づけなかった自省の念により、他県への異動を申し出たのだという。お別れの言葉と謝罪の言葉を述べにわざわざ来てくださったとき、後輩さんは小さな声で、
「彼氏さん、男の俺から見てもかっこよかったっす…。あんなかっこいい彼氏さんいるんなら先輩じゃ横入りできないのも当然っすよ…」
と言って、帰って行ったのだった。
「いやしかし、結果的に網問の作戦大成功だったってわけだ!えらいぞ網問!」
「いやぁ、正直諦めてましたけど。葵衣さんにが無事で何よりです!」
「網問くんも重くんも本当にありがとうねー!」
そういえば、なぜあの時重くんと網問くんが海の方ではなく私の家の中にいたのかというと、義丸さんはあの朝、寝室に忍び込んできたときに、監視カメラの存在に気が付いていたらしい。眠る私の寝息のほかに、小さな小さな異音を聞いたのだという。曰く、海の中の小魚の呼吸音も聞こえるんだからこれぐらいわかる、らしい。何それ怖い。これはいつ部屋に入ってきて取り付けたんだろう。本当に怖い。
そしてこれによりきっと私と義丸さんの行動もばれているんだろうなと察した義丸さんは、出かけるって伝えてくると言って部屋に戻った時、帰ってきてからの作戦を二人に話てから戻って来たんだとか。すごい。策士だ。
「…それで?いつになったら俺への警戒といてくれるんだ、葵衣?」
「え?」
だが私は今、網問くんと重くんを両手に抱え義丸さんと距離をとる状態にある。両手に海賊。目の前にはベッドで押し倒してきた飢えた狼。状況が状況だったとはいえ、あれは本当に、その、ほら、卑猥すぎた。
「あぁでもしねえと誘き出すことできねえだろうなと思ったんだよ!葵衣押し倒して口説いてりゃ、声も現状も届いてるならすっとんでくると考えるのが普通だろ?」
「だからってあんなにフェロモン巻き散らかさなくても!!私一瞬まじで抱かれてもいいって思いましたよ!!」
「なんだ、お望みとあらば天国見せてやるぜ?」
「たすけてー!酷いことする気だこの人ー!!」
「わー!わー!お頭!!義太夫退場させてください!!」
「いくら義太夫でも葵衣さんに手を出すのはダメです!!」
「こら〜義丸!お前は船掃除して来い〜!!」
「ひでぇですぜお頭!俺は今回の功労賞じゃねえんですか!」
重くんと網問くんに羽交い絞めにしされた義丸さんは、そのままずりずりと水軍館から連れ出されてしまった。まぁ確かに義丸さんは特別功労賞を受賞されるべき存在だ。今度改めて、お礼をしよう。
「だが結局、そのすとおかあってやつは御上にしょっ引かれたんだろう?俺たちと海に出て心から鍛えなおさせるのもありだったかもしれないな」
「冗談キツいですぜお頭!葵衣に危害加えようってやつと海に出るなんて!」
「そうですよ。蜉蝣さんがそいつを海に投げ入れるところまでたやすく想像できます」
「わははは!東南風の言う通りだ!!」
「全然笑いごとじゃぬえ」
ばしばしと膝を叩いて笑うお頭さんの豪快さときたらない。
確かに、私がこの部屋に引っ越してくる前の住人たちはこの扉を通じてこっちの世界へきて、今もどこかで暮らしている人もいるみたいだし、あの人もこっちの世界で生きていけばよかったのかもしれない。神隠しにあう警察官なんてニュース出たら面白いだろうに。
「葵衣、今なんか玄関の方から音がしたぞ」
「あ、ありがとうございます鬼蜘蛛丸さん」
今日は不動産屋の人が訪ねてくる日だった。曰くつき物件に住むなら、近いうちに近況を確認しに伺わせていただきますねと言われていたのをすっかり忘れていた。
水軍の皆さんは見つかると厄介なので今だけはこっちに来ないでくださいねと言い残し扉を閉め、私は玄関へと足を動かした。
「こんにちはー市松さん。お元気そうでよかった」
「あぁ、ご無沙汰しております」
「ど、どうですかその後…。なんか、出たりしました…?」
恐る恐る部屋の中を覗きながら、不動産屋のお兄さんはそう私に問いかけた。
「いえ、特に何も?」
にっこり微笑みそう言えば、予想外の反応だったのか、お兄さんはきょとんとした顔で私を見つめるのであった。
ここは、築五年だが、駅まで徒歩五百年以上かかる家。
海が見えるし、強い用心棒と楽しい酒飲み仲間がついてこの家賃。
『曰く付き』なんて、とんでもない。
了