富松先輩を好きだと気付いたのは何時の事か。いつの間にか好きになってていつの間にか目で追ってた。目があえば心臓は喧しくはねるし、会話をすれば笑顔を作るのに精いっぱいだ。誰かこのトキメキをなんとかしてちょうだいよ。 「と、相談しに来たわけ」 「なるほどね。確かに富松先輩、忍たまでも憧れる人多いからなぁ。強いし、逞しいし」 さすが乱太郎。保健室のお天使はいつだって私の味方だ。此処は保健室だから相談事はよそへあたれと部屋から追い出すクソ西先輩とは大違い。くのたまの連中にこんな話をすればきっとからかわれるか、過剰なまでのお手伝いとやらをされると思って、私はとりあえず乱太郎に相談することにした。運よく新野先生もクソ西先輩もいないし、部屋には私と乱太郎の二人だけ。あのねと口を開けば乱太郎はうんうんと親身になって聞いてくれた。 「そう、富松先輩かっこいいよね…」 「でも、恋に落ちた理由は覚えてないんだね」 「いつの間にかこの心は奪われてた…」 「あはは、恋っていうのは突然なんでしょ?私には良く解らないけど」 いつ富松先輩に恋に落ちたか。本当に覚えてない。ただいつもふと視界に入るだけで心拍数は大きく上昇するのだけは解っていた。日々鍛錬に励む姿とか、迷子の先輩追いかけている時の必死な顔とか、なによりも後輩からの絶対的信頼。あの人になら私の全てを捧げてもいいと、私は心からそう思った。 「でもね、私きっと富松先輩に、「女」としてはみられていないと思うわ」 「ふぅん?それはどうして?」 「いつも逢う度にお菓子くれたり、テストで良い成績とれたって報告したら頭撫でてくれるの。これって妹みたいな扱いなんじゃないかしら」 「あぁ、それはちょっと、その可能性もあるね」 口をもごもごさせながら、乱太郎は私の言葉に使用済み褌を切る手を遅めた。 そう、問題は此処だ。私の富松先輩に対してのこの想いは確実なる恋愛感情。だけど富松先輩が私に対して抱いているのは、委員会の後輩故の妹的感情だろう。無理もない。三年も一緒の委員会に所属して一緒に活動していたのだから。力と知識不足で私は富松先輩に頼りっぱなしだった。だからこそ、おそらく私は妹目線で見られていること間違いなしだろう。あぁっ、なぜもっと早くアピールしておかなかったんだ。私みたいなどこにでもいるような平々凡々の女の子を、あのみんなの憧れ富松先輩が好きになってくれるわけないじゃないか。 「今日もこんにちはって挨拶したらおうって言って頭ぽんぽんしてくれたのよ。でもこれって妹みたいなもんでしょう?」 「そうだねぇ…」 「これやるよーってお菓子もくれたし……」 「そう、だねぇ…」 あぁやっぱり、私は富松先輩に、『一人の女』として見られてはいないようだ。 「それならさ、今からアピールすればいいんじゃないの?」 乱太郎がそう言って手をぽんと叩いた。 「今から?」 「そうだよ!遅いってわけじゃないだろうし、今から富松先輩に名前ちゃんが女の子らしいところアピールすればいいんじゃない?」 乱太郎は包帯を作るのを一旦止めて、私へ身を乗り出すようにして言った。女として見られていないのなら、今から意識するように仕向けてみればいい。乱太郎はきっとそう言いたいのだろう。 「どういうこと?」 「ううん、簡単な話、色仕掛け的な?」 「イロジカケ?」 「女の子っぽいところを全面的にアピールしたらいいんじゃない?普段と違うお化粧とか、喋り方とか…」 つまり、今まで私はあまりにも子供っぽ過ぎたということなのだろうか。だから富松先輩は私を女として見ずに妹として見ていたのかもしれない。富松先輩富松先輩と後ろをくっついて歩いていたからそうだったのか。なるほど、大人っぽい私をアピールして、一人の女として見て貰えばいいのか。だけどそうはいっても私は何をすればいいんだろう。お化粧なんて学園内じゃ必要ないからしないし、喋り方なんて急に変えたらそれこそ友人がおかしいと気付いてしまうかもしれない。 しかもここで私はとても大変な事に気が付いた。私と富松先輩の共通点って用具委員会所属ってだけ。富松先輩とお逢い出来るのは委員会の時だけ。偶然廊下とか食堂で会うというのは次屋先輩と神崎先輩の御都合上零に等しい確率でありえない。つまり私が何をしたところで、ご本人には委員会の時ぐらいしかあえないのだから何を慕って無駄という事だ。催眠術でもかけない限りあの人はじっとはしていられないだろう。 「現実は厳しいわ乱太郎…」 「落ち込まないでよ名前ちゃん。まだ何か方法はあるよ」 そもそも富松先輩に私を好きになってもらうこと自体難しいのではないか。妹と思われているだろうに一人の女として見てくれだなんて。無理に決まっている。今は確実に片想い。それを両想いにするためにはどうすればいいか。そんなの決まっている。告白をするしかないじゃないか。いや、告白をしたところでフラれるのは目に見えている。今までそういう対象で見ていなかったといわれるに決まってる。だけど私にやれることは色仕掛けでも催眠術でもない。 「…解った乱太郎。私、告白してくる」 「え!?急に!?」 「私解った。恋愛ってこうやって仕掛けないと前に進まないんじゃないかって。色仕掛けなんて時間の無駄よ。好きなら好き。嫌いなら嫌い。そうはっきり言ってもらった方が、私は楽だわ」 「ちょ、名前ちゃん!早まらないで!」 乱太郎の制止も聞かず、私は富松先輩を探して忍たま長屋を駆け回った。だがしかしこういう時に限って本当に見当たらない。庭で鍛練をしているわけでもなければ迷子先輩を探しているわけでもない。用具倉庫にもいないし、六年の教室にもおられない。一体何処へいかれたのか。 「名前」 「あ、次屋先輩。こんにちは」 「はいこんにちは」 後ろから声をかけてきたのは迷子先輩の片割れである次屋先輩で、私がぺこりと頭を下げると次屋先輩も真似して頭を下げた。 「誰か探してる?」 「あ、えっと、と、富松先輩を…」 「本当?俺も作兵衛探してんだけど、いつの間にか六年教室まで戻って来ちゃって」 いつも通りの方向音痴だこと。次屋先輩は周りをきょろきょろ見回しながら腰に巻かれている縄をぶんぶんと振り回し始めた。おそらく切れたのだろう。三年前に比べたら体も大きくなられているし、力もついているが故のこの縄の惨事。いつの日か富松先輩が強い縄ができたと喜んでおられたのは記憶にあるが、おそらくこの亡骸はそれだろう。南無阿弥陀仏。 「名前は?急ぎ?」 「急ぎっちゃ急ぎ、かもしれないです、けど…」 「…作兵衛呼び出す方法、俺知ってるよ」 「へ?」 「その代り、ちゃんとあとで慰めてね」 「え、あ、ちょ、次屋…先輩?」 次屋先輩の傷だらけのゴツゴツした手が私の頬に触れて、まるでこれから口づけでもされるんじゃないかって感じに顔を両手で包まれた。上を向かされ、戸惑う私を知らんぷりか、次屋先輩は本当に口づけするつもりなのか、徐々に私に近づいてきた。一体何を血迷っておられるのか。戸惑うも逃げられぬこの状況にただ黙って目を固く瞑ったのだが、それは突然のドン!という大きな音によって阻止された。 何かが落ちたような鈍い音。するりと私の顔から手が離れた直後に鳴り響いた鈍い音を確かめる為恐る恐る目をあけてみると、次屋先輩は誰かにジャーマンスープレックスよろしく投げ飛ばされてた。 「えぇっ!?つ、次屋先輩!?」 相手は曲者かとも思ったのだが、よく見てみれば深緑。次屋先輩を廊下に沈めたのは、探し求めていた富松先輩だった。 「大丈夫か名前!!へ、変な事されてないか!?」 「え!?と、富松先輩!?」 「さっささssっさss三之助に口づけされてねぇよな!?み、未遂だよな!?」 「え!?あ、はい!だ、大丈夫です!」 「そ、そうか!よ、よかった…っ!!」 次屋先輩は本当に気を失ったのか一向に言葉を発しない。し、死んだんじゃあるまいな。 「でもお前もお前だ!なんで逃げねえ!三之助に手え出されたらどうするつもりだ!」 「えっ、そ、それは…。し、しかし…」 「然しも案山子もあるか!!俺はお前が……っ!」 其処まで発して、富松先輩は口をあけたまま顔を徐々に徐々に赤くしていった。まるで茹蛸。続きは、一体何を言おうとしていたのか。 「と、富松先輩…?」 「お前は!!だから…!!その…!いいいいいい委員会の後輩だろ!?な!?そうだろ!?ちげえか!?」 「ち、違くありません!」 「そ、そうだろ!?よし!そうだよ!そうなんだよ!」 な!?と何度も確認時て、富松先輩は次屋先輩の腰ひもを引っ張って、赤い顔を隠しながら何処かへ行ってしまわれた。 …え?い、今のはなんだったの?富松先輩は今、私に何を言おうとしていたの? 富松先輩は私が何?なんだったの?どうして赤い顔をしていたの?どうして言葉を続けてくださらなかったの? 「あの言葉の続き、知りたいか?」 「か、神崎先輩…!」 「まぁ心配するな!近いうちに続き聞く事できるだろ!安心してまってろ!」 後ろから現れた神崎先輩の言葉に私はさらに心臓をどきどきさせてしまった。 あの方は、私が今一番望む言葉を伝えてくださるというのだろうか。 神崎先輩が富松先輩方が走り去っていった方向とは違う方向へ行こうとしているが、それを阻止する余裕もない程に、私の頭の中は今、あの人の、耳まで赤い顔でいっぱいになっていた。 |